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気になる蘭子は止まらない  作者: きら
異世界からの留学生

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3/87

蘭子、本領発揮

 チャイムが鳴って、1年C組の面々はそれぞれの席に座った。

ざわついた教室が静まり返ったと同時に教室の扉が開く。


 入ってきたのは若い男性教師だった。

手にコーヒーを持ち、髪はボサボサ、服にはややシワがあり、目の下にはクマができている。

どう見てもあまりやる気は感じられない。


「はい、おはよー。担任の加賀見(かがみ)です。担当教科は社会。今日からよろしく。以上」


 あまりに簡潔な自己紹介だったので、クラスメイトの誰かが「えっ終わり?」と呟いた。

「時間があるからとりあえず自己紹介でもしてくれ。窓側の列から行こか。じゃ、前から順によろしく」

そして、あまりにやる気のない担任教師の適当な号令で1年C組の自己紹介が始まった。


 窓側の前から三番目、つまり三人目の自己紹介で静かに姿勢良く立ち上がった人物。

「……黒江タカヤ。……よろしく」

 濃紺の短髪、藍色の瞳で鋭い目つき、制服をビシッと着こなす真面目そうな男だ。


「え、なんか……めっちゃかっこよくね?」

「顔めっちゃ整ってんだけど」


 クラスメイトの女子達がヒソヒソと話している。

ここで、葵は初めてその存在に気がついた。

(あいつ、同じクラスだったのか)

すぐに蘭子の方へ振り返って小声で尋ねた。

「さっきのタカヤっていうのはあいつの事か。真面目そうな奴だな」

天真爛漫な蘭子のお世話役ともなると、これくらい真面目な男でなければ務まらないのだろう。

しかし、蘭子は一旦頬を膨らませると、「フンっ!」と言った態度で腕を組みながら答えた。

「でも、真面目すぎて面白くない。わたしはもっとこう、自由になりたい」

どうやらタカヤとは意見が合わなそうな感じだ。

(この子のお世話は大変だろうな……。同情するぜタカヤ)

会って数分でうんざりしている葵は、尊敬の念を込めてそう思っていた。

今のままでも十分に自由だろうに……。

 

 その時、何かに気がついたように声を上げたのはヒロシだった。

「あっ! さっき一緒に葵を助けてくれた人じゃん! ……ってことは、蘭子ちゃんと同じ留学生だよね?」

ヒロシの言葉に「えっ? 留学生? すごい!」「どおりでなんか私たちと雰囲気違うと思った」などとクラスメイト達がざわつき始めた。

すると、担任教師の加賀見がやる気なさそうに喋り出した。

「あー、そうだったな。このクラスには留学生が二人いる。言葉は通じるから心配するな。仲良くやれよ」

そう言って椅子に座るとコーヒーを啜った。

色々大丈夫かなこの教師……。


 だが、当のタカヤは教室の空気を無視するように席に座り直し、平静を装って窓の外を見始める。

「なんかあのミステリアスな感じ、いいよね」「ちょっと気になるかも」「どこから来たんだろうね」

しかし、クラスメイト達は謎に満ちた留学生に興味津々の様子だった。

(何故だ……。目立ちすぎてしまった……)

あまり目立たないように、余計な事を言わずに自己紹介をしたつもりだったが、タカヤは想定外の反応に内心は動揺していた。


 そんなタカヤの様子を見ていた静香は、やはり普通の男子生徒ではなさそうだと感じていた。

葵とヒロシ、いや、クラスメイト全体の反応がその証拠だ。

(自己紹介が始まるまで、私と、恐らく蘭子ちゃん以外は彼の存在に気がついていなかった)

彼は気配をコントロールする術を持っているのだろう。

しかし、それが仇となり、逆に"異質さ"を際立たせてしまった。

(気配が、全然馴染めてない……)

彼女の言う気配とは、"存在感"のようなものに近い。

それが普通のクラスメイトとは明らかに違う。

自然なものではない。

(違う……。あれは、模索してる?)

周りとの距離感を測るように気配を強弱させている。

(あんた、一体何者なの?)

静香は、タカヤの行動に疑念を抱きながらクラスメイトの自己紹介を聞いていた。

 

 

 窓際から数えて三列目の先頭。

颯爽と立ち、爽やかすぎる笑顔でヒロシが自己紹介を始めた。

「風間ヒロシでーす! サッカーと野球をやっていて、スポーツはだいたい何でも好きっす! この学校にはスポ選で入りました! 勉強はあんま得意じゃないけど、どうぞよろしく!」

"スポ選"という言葉に、クラスメイトの男子数名が反応した。

「風間って、あの風間か?」「マジで? あいつとプレーできるの?」「もっと強いとこ行くと思ってた」

 中学の頃、ヒロシは地元でよく知られたスポーツマンだった。

本来ならば、部活動がもっと強い学校に通えたかもしれない。

しかし、この学校のサッカー部と野球部は、県大会でベスト8に残れたら大健闘といったレベルだ。

それでもこの学校を志望したのは、親友の葵と同じ学校に通いたかっただけなのだ。

 ちなみに、面接で「サッカー部と野球部を兼任します」と言って、面接官の教師をザワつかせた伝説も持っている。

女子達は「かっこいいかも」「笑顔爽やかすぎ」「でもちょっとチャラくない?」と、ヒソヒソ話をしており、驚く男子達とは違う反応をしていた。

クラス中の注目を浴びたヒロシは調子に乗って続ける。

「最近の悩みは……『親友の葵に春がきたらどうしよう!?』ってことかな~!」

そう言って、ヒロシはニヤリとしながら葵の方を見るのだ。

「やめろ。マジでやめろ」

ヒロシの視線に合わせてチラホラと葵の方を見るクラスメイトが居る。

目立ちたくない葵は、耳を塞いで下を向きながらヒロシの自己紹介が早く終わることを願っていた。

「俺にも早く春が来て欲しいと思ってます!」

だが、葵の願いも虚しくヒロシは無駄話を続け、その一言で緊張感のある空気を一気に明るくしていた。


 その中で約一名、ヒロシジョークについていけていない奴がいた。


「あおい、さっきからあいつは何を言っているんだ?」

 

 蘭子である。


 背中をトントンと叩かれた葵が振り返ると、右手の人差しを顎に当て、上目遣いで葵を見つめていた。

「……いや、気にするな。あいつの言う事はほとんど聞き流していい」

ちょっとしたかわいい仕草にドキッとした葵は、そう言ってその場を凌いだ。

ヒロシのやつ。あとで覚えておけよ。

 

 ヒロシの列の最後尾。

そこに座る静香はスッと立ち上がり、礼儀正しく自己紹介を始める。

「三原静香です。趣味は古武道の稽古とカフェ巡り。少し不器用ですが、よろしくお願いします」

まるで大和撫子のような気品に、クラスメイトの男子数名が「めっちゃ美人じゃん……」「クール系だ……」とすぐに心を奪われていた。

 そして、別の意味で心を奪われていている男子生徒が1名いた。


 タカヤである。


(あの女、なぜこの空気に馴染んでいる? どうやって合わせているんだ?)

 彼女の存在を感知してからどうも上手くいかない。

妙な焦りが湧いてきて、抑えつけようとすると余計に焦ってしまう。

(調子が狂う……)

この世界で蘭子を守り抜くことができるのだろうか。

彼は1人孤独に不安を感じ始めていた。

 

 

 順番が巡り、次は葵の番だ。

本当はみんなの前で喋るのは苦手なのだが仕方がない。

めんどくさそうに立ち上がると、少し早口で自己紹介を始めた。

「三崎葵です。特技や趣味は特にないです。割と凡人寄りだと思います。よろしく」

ヒロシの自己紹介のせいで期待されていた雰囲気を感じてはいたが、幸いにも特に周りからの反応もなく、流されるように自己紹介が終わった。


 だが、このあとが問題である。


葵が座った直後だった。


 蘭子が机に両手をついて「ダーン!」という音を立てながら勢いよく立ち上がったのだ。


 「蘭子・アールバード・エルトリア・ザ・セブンスです!」


机に両手を乗せたまま、前のめりのような姿勢で元気よく自己紹介を始めるが、教室の空気は一瞬にして元気を失っていた。

 

 

シーン……。


 

蘭子が「あれ?」と冷や汗を流しながら固まっていたところで、教室にはタカヤの咳払いが響き渡った。

 

「あっ……、間違えたっ! 名前は空風蘭子です! でも蘭子って呼んでね! あと、タカヤと同じ留学生です! 好きなものはお菓子!  特にマカロンとチョコとクッキーと、あとあと!」


そして、再び蘭子は早口で楽しそうに話し始めた。


 「……それと、あおいと友達になることっ!」

 

驚愕の一言付きで……。

 

(なんでだよ……)


 葵は座ったまま力なく崩れ、机に頭をぶつけている。

今日何度目かわからない項垂れタイムがやってきた。

だが、教室の空気は葵のテンションとは逆に盛り上がっていく。


 「は!?」「なんか始まったぞ!?」「指名キター!」と無責任に騒ぐ声と、「なんか、すごい名前言ってなかった?」「名前間違えたってどう言うこと?」「空風って本当に本名?」と言った声が混ざり、ヒロシはお腹を抱えて「蘭子ちゃん最高!」とか言いながら笑っている。

 ここにきて今日一番の盛り上がりを見せる1年C組の教室だが、ただ一人、葵だけが死んだ魚のような目で机に突っ伏していた。

(やめてくれ……。俺は平凡に、平穏に暮らしたいんだ……)

残念ながら、葵が求めていた日常は、蘭子がお菓子と一緒に食べてしまったようだ。


 コーヒーを啜っていた担任の加賀見は、全員の自己紹介が終わるとダルそうに教壇へ立った。

「なんか、個性的な奴らが集まってるけど……。ま、いいか。元気があってよろしい」

出席簿をパタンと閉じながら、割とカオスな状況をすんなり受け入れているようだ。

「じゃ、このあとは入学式。体育館な。教室に戻ってくるのは昼前くらい。忘れ物すんなよー」

そして特に締まりもなく、再びコーヒーを啜りながらフラッと教室を出ていってしまった。


 教室の空気が一気に緩んだのを感じ、葵はほっと一息ついた。

(ふわっふわな教師だな……。ていうかこの学校、大丈夫なのか?)

あまりに個性的な教師で心配になってきた葵だったが、その時、制服の背中を指先で「ちょいちょい」と何度も引っ張られる感触があった。

振り向かなくても誰かはわかるが、体ごとくるりと後ろを向いた。


蘭子は真剣な顔で言う。


「あおい、入学式って……なんだ?」


葵は芸人みたいに椅子からずっこけた。

先生のコーヒーはコンビニのレジで入れるやつです

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