静かな火花
教室の窓側、前から三番目の席。
そこに座るタカヤは姿勢こそ正しているが、その視線はずっとある一点を鋭く見つめていた。
葵と、金髪の小柄な少女、蘭子。
出会ったばかりとは思えないほど自然に並ぶ二人の姿が、タカヤの目にどう映っていたのかは表情から読み取れない。
けれど、ただ静かに座っているように見えて、そこには何か"怒り"と"苛立ち"のようなものが滲んでいた。
さっき吹き飛ばした男子生徒に謝れと叱ったものの、このような展開は予想していなかった。
恐らく、謝ったところで彼に怒られるだろう。
留学早々に他人を吹き飛ばすなんてとんでもない話だが、やってしまったものは仕方ない。
最後は自分が出て行って丸く収めれば良い。
そう思っていた。
だが、蘭子は笑っている。
あの様子だと彼と上手く仲直りをしたようだ。
普段からよく笑う子だが、あんな笑顔は久しぶりに見た気がする。
(……距離が近すぎる)
しかし、本来ならばあの笑顔は自分に向けられるものだったはずだ。
幼い頃から一緒に過ごしてきた蘭子の事を、一番知っているのは自分なのだ。
嫉妬なのか悔しさなのか、思わず拳を握りかけたその時、タカヤはふと、背後からの気配に気づく。
静かに、それでいて鋭く、じっとこちらを見ている視線。
タカヤが顔を向けた教室の最後列。
蘭子の左隣に座っている黒髪でロングストレートの女子生徒が、腕を組みながら彼を見つめていた。
彼女は真正面から怯えや迷いもなく、その目を逸らさない。
タカヤの眉がわずかに動いた。
(この女……。俺の気配を読んでいるのか?)
一方、窓際に座る男の視線に気がついた三原静香は、彼から感じる違和感に警戒し、本能的に彼を見つめていた
静香とタカヤ。
お互いに言葉は発しない。
だが、視線の交錯だけで何かしらの情報を探り合っているかのようだった。
タカヤがこっちに興味を示したことを感じ、静香は心の中で呟いた。
(こいつ……。見た目は高校生だけど、気配が完全に違う。それに、あの眼……。只者じゃないわね)
葵と蘭子の会話から、彼が同行してきた留学生なのだろう。
しかし、背筋を通した姿勢、無駄のない視線の動き、そしてその眼差し。
静香はこれまでの人生で『本物の危険』を見てきた。
タカヤはその『感覚』へと確かに引っかかっているのだ。
(でも、現時点では何もわからない。”ただの留学生”って顔してるし)
葵とヒロシの幼馴染である静香は、二人に言えない秘密がある。
三原家に代々伝わってきた剣術を磨き、何をしているかは言えないが、裏の組織で暗躍している。
だから彼女は周囲にどんな人間がいるのか、本能的に警戒してしまうのだ。
そしてその中で、タカヤだけは明らかに”ただの生徒”として無視できない存在だった。
そして、タカヤも視線を交わしながら思う。
(この女……。本当にこの世界の人間か? それとも……)
言葉に出すことはないが、お互いにどこか”似た者同士”の空気を感じ取っていた。
しかし、静香にとってはまだ様子見だ。
蘭子という新しい女子生徒の奇天烈な振る舞いと、それに巻き込まれる葵の姿に苦笑を浮かべながらも、心のどこかで静かに構えていた。
幼い頃、泣き虫だった葵を姉のように慰めていた日々を思い出しながら。
(……いざというときは、私が守る。葵だけは、私の居る世界に触れさせない)
蘭子を通じて、あの男が葵に何かするかもしれない。
そんな緊張感が高まったその時、頭を抱えたヒロシが騒ぎだしたので思わず一喝してしまう。
珍しく落ち込んで自分の席に戻っていく彼を見ながら、ちょっと強く言い過ぎたかなと思ったが、すぐに隣の席の女子生徒に話しかける様子を見て反省するのをやめた。
うるさい金髪男の騒ぐ声が唐突に響き渡った。
数人の笑い声が起こり、空気が一気に緩んだのを感じる。
その"日常"のノイズが、タカヤを現実に引き戻していた。
(……俺は、何をしている)
少し、油断していたかもしれない。
この世界は、自分の世界のように争いや闘いが日常ではない。
だからこそ、争いが嫌いな蘭子はこの世界を選んだ。
事前に調べた情報通り、ここでは平和な日常が当たり前のようだ。
自分のように闘うことを生業とするような人達は、この平和な日常の中には居ないと思い込んでいた。
しかし、まさかこんなに身近に、入学早々に、自分と似た気配を持つ奴に出会うとは思っていなかった。
ほんの一時の感情に流された結果、自分の正体を知られてしまう危険を冒してしまった。
(任務を忘れるな。俺の務めは蘭子の護衛。余計な感情に支配されてどうする)
この学校には蘭子を見守る為に入学した。
蘭子だって『この世界の友達が欲しい』と言っていたではないか。
あれはその第一歩ではないか。
そう。蘭子が危険な目にあったわけではないのだ。
むしろ、いきなり吹き飛ばすという危険な目に合わせた張本人なのだ。
(あんな弱そうな男が、あの蘭子の友達になれるはずはない)
彼はゆっくりと呼吸を整えた。
左手を握りしめ、机の下でそっと震えを抑えるように。
ほんのわずかに視線を外し、目を閉じる。
心を整える術を、彼はすでに何度も戦場で学んでいた。
(問題ない。やり直せる。しばらくの間、あの男の動向をただ観察すればいい……。 それよりも注意すべきは——あの女だ)
タカヤは再び、無表情の仮面をまとって窓の外を見るふりをした。
タカヤのその仕草まで見ていた静香は、彼から溢れ出していた敵意が収まったことを感じ安堵していた。
(ひとまず、心配はなさそうね。でも、しばらくの間、あんたを監視させてもらうよ)
通学鞄から大量のお菓子を出して机に並べ出した蘭子と、それを見ておでこに手を当てながら項垂れている葵を見ながら、この奇妙な関係を見守ることにした。
そして、密かに殺気だっていた1年C組の教室は、ヒロシによって救われていた事を本人は知る由もない。
お願いですからシリアスな展開にしないでください。
ギャグやりたいんです。
あと、蘭子の鞄にはポッキーとプリッツ、きのこの山とたけのこの里が入ってます。




