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気になる蘭子は止まらない  作者: きら
ゴールデンウィークって何だ?

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18/71

蘭子と静香

葵とタカヤが居るファミレスから程近い路地裏。

人気の少ないレトロな喫茶店で、蘭子と静香は話をしていた。

店内では静かにジャズが流れており、カウンターにはサイフォンが置かれている。

ここは静香の行きつけのお店だ。

2人は、年季の入った小豆色のソファーがある窓際のテーブルで向かい合って座り、談笑しながら注文したデザートを待っていた。

 

「お待たせしました。ホットケーキセットでございます。……こちらは、ホットコーヒーとホットココアです」

黒いベストに蝶ネクタイ姿が似合う渋い喫茶店のマスターが、ホットケーキを静香と蘭子の前に並べた。

続けてコーヒーを静香の前へ、ココアを蘭子の前へと丁寧に並べると、手書きの伝票をテーブルの隅へ置いた。

蘭子は目の前に置かれたホットケーキを見て目をキラキラさせている。

それは、流行りのフワフワなホットケーキではなく、小さい頃に食べたような、どこか懐かしい感じのするホットケーキだった。

四角く切られたバターが程よく溶けて、ホットケーキを覆うように流れ出しており、バターの良い匂いが漂ってくる。

お皿の脇には、メープルシロップが入ったステンレス製の小さなカップが添えられた。

蘭子が待ちきれないといった様子で「ゴクリ……」と生唾を飲むと、その姿を見たマスターが微笑みながら話しかけてきた。

「三原さんがお友達を連れてくるなんて珍しいね」

いつものように、マスターは優しく接してくれる。

「マスターのホットケーキ、友人にも食べてもらいたくて」

そして、静香もマスターと同じように微笑んで返事をした。

「そんなに珍しいものじゃないよ。おいぼれジジイの作ったただのホットケーキだ」

マスターは少し照れながら冗談で返す。

「それがいいんじゃない」

そのマスターの冗談にも静香は優しく微笑んで返した。

お世辞ではない。

ここのホットケーキは本当に美味しいのだ。

「いつもありがとうございます。では、どうぞごゆっくり」

そして、マスターはニコリと笑ってお辞儀をすると、蘭子にも微笑みを見せて静かにカウンターの方へ去って行った。

店内に響く心地よいピアノの音が、去っていくマスターの渋さを際立たせている。

「しずか、あのダンディーな給仕は何者なんだ?」

蘭子は、マスターの背中を見ながら静香に尋ねた。

「ここのマスターよ。ここは彼が1人でやっている喫茶店なの。私はここの雰囲気とマスターの淹れたコーヒーが大好きでよく来るの」

そう言って静香はコーヒーを一口飲んだ。

「そうか。なるほどな。わたしはコーヒーがあまり得意ではないが、ここの喫茶店のコーヒーは匂いが良い。なんだか飲んでみたくなる匂いだ」

蘭子は鼻をクンクンさせながら右を見たり左を見たりしていた。

「ふふ。それ、ホットケーキの匂いじゃない?さ、冷めないうちに食べましょ」

ジャズのリズムに合わせるように、2人のナイフとお皿がカチカチと音を鳴らし、ニコニコしながらホットケーキを切り分けていく。

そして静香は上品に、蘭子は子供のように勢いよく食べ始めた。

一口目を食べた蘭子は、フォークを咥えて頬を膨らませながら目を星にして驚いてる。

「んー!おいしい!……これ、すごく美味しいぞ。しずか!」

そう言ってすぐに、切り分けたホットケーキをパクパクと口の中へ次々に運んでいく。

「ほら、蘭子ちゃん。落ち着いて食べないと喉に詰まるわよ」

あまりにも勢いよく食べるので、静香は母親のように笑いながら注意をする。

あっという間にホットケーキを平らげた蘭子は、テーブルの隅にあるステンレスケースに入っていた紙ナプキンを1枚取り出して口の周りを拭った。

そして、静香がホットケーキを食べ終わった所を見計らって、蘭子はココアを両手で包みながら、静香に向かってポツリと呟いた。

「なぁ、しずか……。どうしたら、しずかみたいに大人っぽくなれるんだ?」

聞かれた静香は少し驚きつつ、微笑んで返した。

「大人っぽく?ふふ……急にどうしたの?」

蘭子は真剣な表情で続ける。

「実は……な。わたし、この前……、あおいに、自分の気持ちを言ったんだ。自分の気持ちから逃げたくないって思って。それでな、そのあと、これからの事、色々考えたんだ。……あおいとしずかと、これからもずーっと一緒に居たいって思って。でも……わたしはいつか帰らなければならないだろ?タカヤのこともあるし、現実はそんなに甘くないなって気が付いて、『わたし、いつまで子供みたいなこと言ってるんだろう』って感じたんだ」

拙い言葉で、考えながら自分の気持ちを伝えた。

静香はコーヒーカップを見つめ、少し間を空けて返事を考えている。

カウンターからカチャカチャとマスターがお皿を片付けている音が聞こてくる。

「私は、自分のことを大人っぽいなんて思ったことはないわよ。それに、蘭子ちゃんは、ちゃんと成長してると思う。自分の気持ちに向きあうって、そう簡単に出来ることではないわ。だって、それが大人になるための第一歩って私は思うの」

蘭子は静香の話を聞くと、俯きながら返した。

「……でも、わたしの幼稚な考えのせいで、誰かが傷ついたらどうするんだ……?タカヤはずっとわたしを守ってくれてる。本当は、タカヤの気持ちも知ってるんだ。でも、そのことを素直に喜べない自分がいる……」

静香は優しく微笑み、テーブル越しに蘭子の手に触れた。

「いい?蘭子ちゃん。選択と言うのはどちらを選んでも間違いではないの。前に言ったこと覚えてるかしら?

『人間はそれぞれ考えが違うから生きていればぶつかる事もある。大事なのはこれからどうするか』ってこと。だから、どっちを選んでも、それを正解に導くのは自分の行動次第よ。そして最後まで自分が持っているものが本当に必要なものなんじゃないかしら?」

蘭子は少し怯えた表情で静香の目を見て言う。

「選ぶ……か。わたしに、できるのかな?」

「大丈夫。そうやって乗り越えたこともあるじゃない。迷っても悩んでも、蘭子ちゃんは蘭子ちゃんよ。それに、支えてくれる人がそばにいるんだから」

店内に流されたジャズがテンポの良い明るい曲に変わった。

その雰囲気に合わせたように、蘭子の表情に明るさが戻る。

「……ありがとう、しずか。わたし、少しだけ強くなれた気がする。……でも、わたしもいつかしずかみたいに大人っぽい女性になりたいな」

そして、ちょっと照れながら、カップを再び両手で包みモジモジしていた。

静香はそんな蘭子を見て小さく笑って肩をすくめると、少し困った顔をして言う。

「蘭子ちゃんが私みたいになっちゃったら、ちょっと寂しいかもね」

「えっ?」

蘭子は目をぱちぱちさせながら話の続きを促した。

静香がコーヒーカップをソーサーに置く「カチャ」という音が2人の間に響く。

「入学式のこと覚えてるかしら?私はね、あの日出会った天真爛漫な蘭子ちゃんに魅力を感じたの。だから、蘭子ちゃんには蘭子ちゃんらしくいて欲しいかな?葵もきっと同じ事を言うと思うわよ」

そう言われた蘭子は、ハッとした表情のあと、すぐに優しい笑顔になった。

「……ありがとう、しずか。でも、わたしらしくって何だ?どうすればいいんだ?」

いつものように人差し指を顎に当て、首を傾げて『なんだなんだモード』のポーズで静香に尋ねる。

「そうね……、例えば……、蘭子ちゃんはお姫様よね?」

「そうだ。わたしは『蘭子・アールバード・エルトリア・ザ・セブンス』。エルトリア王国の姫で7代目の王位を継承するんだ」

静香の質問に、蘭子は堂々と胸を張って答えた。

その瞬間、この喫茶店独特の優しい匂いがふわっと香ってきた。

答えを聞いた静香は話を続ける。

「うん。立派よ。でも、その姫や王女の立場を『こうあるべき』とか『こうじゃなきゃダメだ』って、周りから言われたらどうする?」

「それは……」

続けて問われた蘭子は、困ったように俯いて言葉を失ってしまう。

「ね、困っちゃうでしょ?だって、それは蘭子ちゃんの意思ではないから。だからね、『蘭子ちゃんらしく』っていうのは、蘭子ちゃん自身がどうしたいか、どうでありたいか。それを自分で判断して決めるということだと思うの。それが出来る人を私は『大人』だって思ってるわ」

静香は優しい表情のまま語りかけると、蘭子は少し考えてこう言った。

「……なるほどな。そうか……。選ぶことってそういうことなのか。それなら、もう少しだけ今のままで頑張ろうと思う。子どもっぽいかもしれないけど、わたしなりに、ちゃんとみんなのこと考えてみるよ!」

何か吹っ切れたように、自信に満ちた表情で決意を表明する。

「うん。その気持ちがあれば十分よ」

「ありがとう!やっぱりしずかに相談して良かった」

「いいえ。私も、蘭子ちゃんに頼ってもらえると嬉しいわ」

カウンターでは、マスターがカップを拭きながら2人の会話を微笑みながら聞いていた。

マスターと目が合った静香は少し恥ずかしそうに目を逸らすと、突然、ある違和感に気がついた。

マスターの視線以外にも自分達に向けられた視線がある事を。

恐らくそれは店の外。

視線は窓の向こうから感じているが、具体的な場所はわからない。

しかし、今のところ敵意は感じられない。

(なんなのこの気配?誰かが私たちを見てる?)

だが、静香は確かに普通ではない違和感を感じていた。

(少し……試してみようかしら)

心の中でそう呟いた静香は、自分の気配を急激に最大限まで高め、自分達を見ている何者かに警告した。

しかし、気配を強めた途端、その何者かがすぐに遠ざかっていくのがわかった。

(怯んだ?なんなの一体?)

すでに冷たくなってしまったココアを飲んだ蘭子が、窓の外を怪訝な顔で見つめている静香に気がつく。

「しずか?どうかしたか?」

一瞬だけ見せたあの顔は、きっと裏の仕事の顔だったのだろう。

そんな静香の様子に、少し不安そうにしながら蘭子は尋ねた。

静香はそんな蘭子を安心させようと、慌てて笑顔を作る。

「何でもないわ。タカヤが遠くから見てるのかと思ったの。気のせいだったわ」

そして、とりあえずタカヤのせいにしてその場を凌いだ。

「む、あいつならやりかねん」

蘭子はあり得るかもしれないと思って、むすっとしながら窓の外を見た。

とりあえず誤魔化せたようだと静香はホッとしている。

(本当に誰だったのかしら?タカヤと似ていたけれど違う。それに、明らかに私の気配に反応していた)

静香は、姿が見えない謎の気配について考えながらコーヒーカップを口に運んだ。


「ねぇ、蘭子ちゃん?あなた、こっちの世界に来てから誰かに付けられたりとかしたことある?」

少し間を空けて再びコーヒーカップをソーサーに置くと、静香は念の為に蘭子の身の周りについて確認することにした。

突然物騒な話を振られて怪訝な顔をする蘭子だが、静香があまりにも真面目な表情で言うので、きちんと質問に答えた。

「正直に言うと、ある!ほとんどの場合は心配性のタカヤだが……、実はな、私には『親衛隊』が居るんだ」

蘭子は苦笑いをしながら打ち明ける。

「っ!?親衛隊!?」

思いもよらぬ答えが返ってきたので、静香は驚いて少し大きな声で反応してしまい慌てて口をつぐんだ。

マスターも少し驚いた様子で一瞬静香の方を見た。

「うむー。いつの間にか、『蘭子親衛隊』なる者達が編成されていてな、わたしが学校で1人困っている時とかに現れて助けてくれるんだ。なんか気軽に近づいてはいけない掟みたいなものがあるらしくてな、時々付けられたりするんだ。あ、クリームパンをくれるのはその人達だぞ」

蘭子は少し戸惑いながら説明した。

「そうだったのね……知らなかったわ」

蘭子の意外な人脈を聞いて、静香は引き攣り笑いをしている。

(あれはそんな気配じゃなかった。もっと普通じゃない何か……)

しかし、心の中では視線の主について考えていた。

だが、今ある情報だけではその正体を探る事が手詰まりになってしまい、蘭子との会話に意識を戻す。

「蘭子ちゃんが親衛隊の事をどう思っているかわからないけど、もし彼らの事で困ったことがあったら遠慮なく相談してね。……無礼者は成敗しちゃうから」

「しずか。目が笑ってないぞ……?」

親衛隊の存在を知った静香は笑ったつもりで言ったが、得体が知れないだけに警戒心が顔に出てしまっていた事を蘭子に指摘されている。

「でも、ありがとな。アイツらは多分、悪い奴らじゃないと思う。ただ、度が過ぎる時はしずかにお願いするよ」

そして、色々と心配してくれる友の優しさを蘭子は素直に受け止めた。

 

2人は空になったカップをソーサーに置くと、同時に窓の外を見た。

まさに今、空の色がオレンジ色から藍色に変わろうとしている。

「少し長居しすぎちゃったわね。そろそろ行きましょうか」

「そうだな。あまり遅くなるとタカヤが心配するしな」

静香は申し訳なさそうに言うが、蘭子は仕方がないと言った表情で返すのだった。

静香はテーブルの隅に置かれた手書きの伝票を持ち、2人で会計の為にカウンターへ向かう。

すると、気がついたマスターがレジの前に移動し、笑顔で伝票を受け取った。

「三原さんは頼りにされているんだね」

レジを打ちながらマスターにそう言われた静香は、照れながらお金を渡している。

「少し恥ずかしいわ。マスター。今日聞いた話はくれぐれも内緒にしてね」

「安心してください。ここにはいろんなお客さんが来ていろんな話をします。私は今日聞いたことも私の胸の中にしまっておきます。ここはそういう場所なのです」

マスターは淡々としながらお釣りを手渡してくれた。

「ありがとう。ごちそうさま。マスター」

「ごちそうさまでした」

そして、静香は常連客らしくあっさりと、蘭子は礼儀正しくお辞儀をして店の出入り口に向かった。

「どういたしまして。またお待ちしております」

背後からマスターの優しい声がかけられ、2人は軽くお辞儀をすると古びた木の扉を開いた。

ドアの上に設置されたカウベルが「カランコロン」と音を立て、その音色が夕暮れの街へ溶けていく。

「蘭子ちゃん、少し遅くなっちゃったから送っていくわ」

先ほどの視線の件もあり、静香は蘭子のことを心配していた。

そんな事情があるとは思ってもみない蘭子は少し拗ねたように言う。

「そんなに心配しなくても平気だ。家ぐらい1人で帰れる」

「でも、年頃の女の子が1人で歩くって、いくら平和な街でも危険なことよ。蘭子ちゃんは可愛いんだから気をつけなきゃ」

静香は余計な心配をさせないよう注意しながら、こっちの世界の心構えを話しながら付き添って歩いた。

路地裏から大通りに出ると、遠くに見慣れた背中が見える。

蘭子はその背中に気がつくと、パァーッと表情を明るくした。

「おーい!タカヤ!待て!可愛いわたしが襲われないよう一緒に帰らせろ!」

そう言って走り出した後ろ姿を見て静香は笑っていた。

周りを歩いている若い女性や、同じ歳くらいの学生、サラリーマン達もその様子を見て笑っている。

タカヤはビクッと肩を振るわせて振り向くと、走ってくる蘭子を見て顔が引き攣っていた。

そして、他人のフリをして逃げるように歩き出す。

「……あっ!コラ!待てっタカヤっ!」

そう言って蘭子は一度立ち止まって振り返る。

「しずか!今日はありがとう!ここからはタカヤが居るから大丈夫!またね!」

そして大声で言うと、再びタカヤの背中を追いかけていった。


とりあえず、タカヤと一緒ならば一安心と静香は安堵した。

しかし、喫茶店で感じた視線と気配は正体不明なままだ。

しばらく警戒していたが、あれから一切あの気配を感じられない。

(あれは……、私じゃなくて間違いなく蘭子ちゃんを見ていた。何かありそうね)

今は考えても謎が深まるばかりだ。

ここは様子を見てタカヤに伝えるまでしかできないと思った静香は、路地裏を睨みつけてもう一度気配を飛ばした。

しかし、何も反応はなく、夕暮れの冷たい風だけが静香の髪を揺らすのだった。

私、サイフォンで淹れたコーヒーって飲んだことないのよね。


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