第三十五話 魔王の遺産
それは異様な光景だった。
月よりも遥かに大きく見える星が、夜空の闇を隠すように、天を覆っている。
しかし、邪竜はまったく同じような空を見たことが、否、視たことがあった。
レンの視覚を共有して視た、遠い遠い過去の空。
つまり、かつて世界を滅ぼしかけたという、遠い宙の果てから飛来した星が、今まさに落下しようとしている時の光景と、まったくといっていいほどに同じだ。
「あの星は、オレが召び寄せた。魔法でな」
そうこともなげに言うレンを、邪竜はふたたび見下ろす。
その顔に、先程までの勝ち誇った様子はなく、明らかに狼狽しているのがレンにはわかった。
「オレは最初からおまえを殺すつもりだったんだよ。そのために、シェルターにもなりそうなあの巣穴の中から、まずは引きずり出す必要があった。その後、剣で攻撃しながら逃げまわっていたのは、時間稼ぎだ」
邪竜は、瞬間的にではあるが、音よりも速く飛ぶことができる。
その飛行能力をもって、落下する星から逃げれば、とりあえずは生き残る可能性もあるとレンは判断した。
だから、星が落下をはじめ、逃げきれなくなるまでの時間、攻撃を仕掛けつつ身を隠し、邪竜の注意を引き続けたのだ。
この邪竜は、獲物や外敵を攻撃する際、周囲へ注意が極端に疎かになるのを、レンは〝過去視〟による観察を通して知っていた。
結果、目論見通り、今の今まで気取られることなく、邪竜を引き付けることに成功した。
邪竜はレンに向かって大きく吠える。
どうやら納得いかないようだとレンは察する。
人間ごときに、星を呼び寄せるなどという規格外の魔法を編み出せるはずがないと、邪竜は思っている。
よしんばそれが可能だったとして、自らの世界を滅ぼすような魔法を、いったいどんな理由で創造するというのか。
邪竜の疑念を見透かしているレンは、語り続ける。
「おまえは知らないだろうが、かつて人間は魔族と種の存亡をかける壮絶な戦を繰り広げた。その魔族の統領だった魔王、グリムエヴァールが、この終焉魔法〝滅星の墜落〟の創造者だ」
三百年前、勇者リエル・シンによって討伐された魔王グリムエヴァールは、今となっては伝説の存在だ。
すべての人類にとって魔王とは、この世でもっとも邪悪な敵であり、魔族にとっては稀代の英傑といえる。
しかし、その人物について深く識る者は、今はもちろん過去にも存在しなかった。
魔王の正体、それは、人間と魔族との混血児だ。
その出自ゆえに幼少の頃より虐げられ続けたグリムエヴァールは、人間の手で最愛の母を惨殺されたことで、人という種に強烈な憎悪を抱くようになり、その滅亡を切望した。
そんな望みを叶えるため、グリムエヴァールは研鑽を積み、力こそが絶対の正義である魔族を実力で従え、ついに魔王の地位に就くと、いずれ人類を滅ぼすため侵略戦争を開始した。
魔族は人間よりも高い戦闘能力を持っており、そいつらを統制する魔王は指揮能力とカリスマ性を併せ持っていた。
だから、当初魔王軍は破竹の勢いで人界を蚕食していった。
しかし、人の国々は連合軍を結成してそれに対抗。
また人は魔族よりも非力ではあったが、神によって〝天分〟という才を授けられており、軍略の場や戦場にて頭抜けた働きをする者が多く現われ、徐々にパワーバランスは逆転していった。
その中でも、少数精鋭のパーティーを率いて各地の魔王軍幹部を狩ってまわる勇者の活躍は目覚ましく、魔族はいつの間にか窮地に追いやられることとなる。
魔王は焦った。
このままでは、人類の滅亡という悲願を果たせぬまま、いずれは己も勇者に討ち取られることになる。
どんな手段を用いてでも人を滅ぼす知恵を得るため、魔王は文献を漁り、さまざまな分野の専門家、研究者、さらには生き字引といえるような古老を集めて話を聞いた。
その中に、太古の時代から生き続けてきたという、おそらく魔族の最長老と思われる獣人がいた。
その種族は、魔族の中では考えられない程に非力だが、寿命を持たないため、怪我や病さえ避けることができれば、半永久的に生きられるのだという。
歴史から学びを得たいと考えた魔王は、獣人がその長い生の中で見てきたすべての記憶を語らせた。
そして、かつて竜が地上を支配していたこと、天変地異によって世界が氷に閉ざされ竜が滅んだことを知った。
さらに、学者による調査の結果、竜を滅ぼすほどの天変地異の直接的な原因が、隕石の落下であることまで突き止めた。
強大な竜さえ死滅させた災害を再現できれば、きっと人類を滅ぼせる。
そう考えた魔王は、三年の歳月を費やし、ついに終焉魔法を完成させた。
しかし、魔王が研究に没頭している間に、勇者は魔王軍の最上位幹部である四天王をすべて打倒することに成功していた。
魔王は終焉魔法を発動させようとしたが、それには莫大な魔力が必要であり、準備に時間を要した。
その隙に魔王城へと乗り込んだ勇者と壮絶な戦いを繰り広げた末に、望みを叶えることなく無念の最期を迎えたのだった。
ただし、魔王はその死の直前、終焉魔法を魔王城の地下深くに封印した。
後の世に、己の意志を継ぐ者が現れ、封印を解いて魔法を発動させるという僅かな可能性に望みを託したのだ。
封印を破るには複雑な手順が必要であり、それを知る者は魔王以外にいなかった。
勇者は、終焉魔法を完全に消し去るため、仲間の賢者とともに封印を解こうと試みたが、叶わなかった。
ともあれ、魔法のエキスパートである賢者の手に負えない以上、当面の間は安全と判断し、勇者自身が封印の上に幾重もの封印を重ねたうえで、勝利の報を持ち帰るべく魔王領を後にした。
そしてそれから三百年の月日を経て、封印はレンによって解かれることとなる。
カイルたちの死を知った後、レンは長い時間をかけて邪竜を殺す方法を模索した。
その過程で、かつて竜の一族が地上を支配していたことを知り、その頂点である王の血を引く邪竜は、到底人の手には負えない上位の存在であるとわかった。
ではどんな手段をもってすれば邪竜を斃せるのかと考えた時、頭に思い浮かんだのが、三百年前に勇者によって討たれた魔王の伝説だ。
魔王がこの世界諸共に人を滅ぼそうとしていたということは今に至るまで語り継がれていたが、その方法までは伝えられていなかった。
だからレンは、〝過去視〟を使って魔王について調べ、人類を滅ぼそうとしたその手段を知って震えた。
魔王の創り上げた終焉魔法は、他でもない竜の一族を滅ぼした災害の再現だった。
それはまさに、レンが探し求めていた答えそのものだった。
魔王と勇者がそれぞれに施した封印を解く方法も、〝過去視〟で簡単に調べられた。
魔法の発動方法についても同様だが、ひとつ、大きな課題があった。
終焉魔法を発動させるための、魔力の捻出だ。
たとえ大陸中の魔導士をかき集めて魔力を供給させたとしても、発動に必要な魔力量には届かない。
だからレンは、人の命を魔力に変換する〝贄〟という邪法を、それを編み出した暗殺教団の教祖から奪い、無限に近い魔力を溜めることのできるタリスマンを教会の異端審問極東支部長から奪い、カーンベイル辺境伯の野心を利用して〝贄〟の犠牲者を集めさせ、目的を果たすのに十分な魔力を得た。
レンは、反乱軍討伐の直後に終焉魔法〝滅星の墜落〟を発動した。
呼び寄せた隕石はゆっくりとこの世界に迫り、その引力がこの惑星の自転に影響を及ぼし、さまざまな異常気象と災害を引き起こしたのだった。




