第三十三話 攻防
レンが両手に握る剣の禍々しい気配に、邪竜は一歩後退る。
「わかるかトカゲ野郎。この世界の人間にはおまえを殺す武器など打てない。だからオレは異世界から流れ着いた竜殺しの武器を探し求めたんだ。今日、この日のためにな」
レンは〝全能視〟を使って己の望むあらゆる情報を視ることができる。
その対象は異世界さえも例外ではなかった。
「求めていた剣がこっちの世界へ漂着していたのはラッキーだった。この武器ならおまえを相手にするのにも不足はない。そして――」
レンは一度口を噤み、かつてこの場で死んでいった仲間たちを思い浮かべる。
「〝失独の勇躍〟」
仲間を失った時にのみ発動できる〝勇者〟の能力だ。
喪った者の多さ、大きさに比例し、使用者の能力値を大幅に引き上げる。
本来、レンに使えるはずもないが、劣化版とはいえ〝勇者〟の〝天分〟を身に着けられる〝疑天の指輪〟を装備している今なら、行使することが可能なのだった。
「っぐぅ!」
体から山吹色の光が溢れ、身の内に力が湧き上がるのを自覚するのと同時に、全身が軋みをあげる。
身の丈に合わぬ力を無理に使った代償は小さくない。
体にかかる負荷は予想以上だ。
ましてレンは、〝疑天の指輪〟を四つと、〝覇滅の首飾り〟、他にも心身の性能を上げたり力を付与する類の魔道具を複数身に着けている。
既に肉体は、限界を大きく越えている。
この期に及んでさらにバフなどかければ、そう遠くないうちに自滅するのは明らかだった。
どうでもいいとレンは思う。
ほんの僅かな時間、邪竜と戦えさえすれば、あとはどうなろうとかまわない。
「……いくぞ」
短くつぶやくと同時に、レンの立っていた足元の地面が弾け、その姿が掻き消える。
と同時に、洞窟の上から垂れ下がるように生えていた鍾乳石が砕け、それを足場に跳ねたレンが邪竜に斬りかかる。
邪竜は肩に衝撃を受け、小さくよろける。
鈍い痛みを覚え、肩に視線を向けた邪竜は、驚愕に目を見開く。
ぶ厚い鱗が裂け、血が滲んでいた。
攻撃を受け負傷した経験など、邪竜にはなかった。
つまり、今の攻撃で初めて血を流した。
人間風情に手傷を負わされ、邪竜は屈辱に震える。
一方、鍾乳石の側面に着地したレンは、慣れぬ剣戟に手を痺れさせながらも、たしかな手応えを感じていた。
「さすがは竜殺しの剣」
本物の〝勇者〟であるカイルの、渾身の攻撃ですらかすり傷さえ付けられなかったのに、限界までドーピングしているとはいえ、己の如き凡夫が邪竜を害せるとは、やはり規格外の性能の武器だ。
もっとも、付けられた傷は浅い。
人間に当てはめるなら、紙で指を切った程度の傷だろう。
しかも、その傷は一瞬で塞がっている。
半端な攻撃など、ダメージを与えるどころか、奴の怒りを助長するだけだ。
そんな思考に応じるかのように、邪竜はレンのとり付いている鍾乳石目掛けて大ぶりの張り手を見舞う。
難なくとび避けたレンだが、跳躍したその背後に、邪竜の尾の先が迫る。
「〝起風〟」
風がレンの体を押し運び、尾の先端は標的を捉え損ねる。
「死角からの攻撃か。だが残念だったな。〝全能視〟の持ち主であるオレに視覚外からの攻撃など無意味だ」
冷静に言い放つレンに怒りの視線を向けた邪竜は、その人間の両手に握られていた剣が消えていることに気付く。
「そしておまえこそ死角からの攻撃には要注意だ」
顎に衝撃を受け、邪竜の顔が上向く。
最初に斬りつけた後に放り捨てた剣を、レンが〝武操の籠手〟で操り斬りつけたのだ。
「お次は背中」
予告に続いて、邪竜は背中に痛みを覚える。
顔を巡らせると、人間の持っていた剣がそれぞれ空中を飛んでいるのに気付く。
「そら、どんどんいくぞ」
風に乗って鍾乳石を蹴り移動しながら、レンは右手を揮う。
ふた振りの竜殺しの剣は、凄まじい速度で飛行しつつ邪竜の体を斬りつけ、その体に無数の傷を創っていく。
邪竜は痛みに呻きながらも、目でレンを追う。
剣に対処する必要はないと邪竜はわかっている。
操作している人間は脆弱であり、軽くとも一撃、掠めるだけで致命傷となるのだ。
邪竜は鍾乳石をまとめて薙ぎ払う。
レンは難なく攻撃を避けるが、その身に石礫が降り注ぐ。
「石の散弾か」
直接攻撃で捉えることは難しいと判断し、面攻撃に切り替えた。
やはり賢い、と思いつつ、〝全能視〟は石礫のすべてをあらゆる角度から捉えている。
「〝起風〟〝空烈破〟」
風で移動しつつ、別の風魔法で石礫の弾道を変化させる。
結果、すべての散弾はぎりぎりでレンを捉えることなくすり抜けた。
なんだコイツは、と邪竜は戸惑う。
何故己の攻撃がことごとく避けられる。
いっそう注意深く敵を視ようと目を凝らした邪竜に向け、レンは手を翳す。
「〝白閃光〟」
閃光に目を焼かれ、竜はよろめく。
その全身を、レンはさらに勢いを上げて斬り刻んでいく。
「そろそろ目をいただくか」
アメノハバキリを竜の頭上に飛ばすと、右目を目掛けて放つ。
しかし直撃する寸前、振り上げられた竜の尾に弾かれ、刀身が砕ける。
「なに!?」
飛び散った破片が掠め、レンの右の頬から血が流れる。
「ちっ! 目を狙うと読んでいたか」
しかも、視界を奪ったにもかかわらず剣を撃ち落とされたということは、音で剣の位置を特定したということか。
「……仕切り直しだな」
レンは岩壁を蹴り、入り前の岩棚へ戻る。
続いて、残ったバルムンクを手に戻す。
「さて、どうす――」
邪竜の様子に、レンは顔色を変える。
岩棚の反対側を向いていた邪竜がゆっくりと振り返ると、その口から炎が溢れていた。
しかも、ただの炎ではない。
先程吐いた緋色の炎ではなく、純白の光を放っている。
「内燃機関で発生させるエネルギー量を増やしたか」
通常の炎とは、熱量が大きく異なるはずだ。
己の半端な防御魔法では、焼き尽くされてしまうだろうとレンは判断する。
「ふっ、ようやく本気になったか」
引き攣った笑みを浮かべながら、レンは懐に手を差し入れる。
その間にも、邪竜はゆっくりと口を開きながら、顔をレンの方へ向ける。
レンは引き抜いた巻物を拡げると、その紙面を掌でなぞる。
「〝絶熱盾〟!」
唱えた直後、邪竜の口からブレスが放たれ、レンは熱と光の濁流に押し流される。
「ぐうぅ!」
巻物に封じられていたのは、威力に限らずあらゆる熱を遮断する高位の防御魔法だ。
発動が遅れていれば、一瞬で骨まで焼き尽くされていただろう。
ただ、熱は完全に防げているものの、竜の吐息の勢いは殺せない。
結果、レンは洞窟に至るまでの穴を押し流されることとなる。
「くっ! まあ、いい!」
いずれにせよ、洞窟内で決着をつけるつもりはなかった。
英雄ならざるこの身では、竜殺しの剣を扱いきれない。
いくら〝武操の籠手〟で斬りつけようと、致命傷は与えられないのだ。
だから、奴を本気にさせたところで、外へおびき出す必要があった。
こんな形になるとは思わなかったが、むしろ手間が省けたともいえる。
そんなことを考えているうちに、レンは山裾の洞穴から吐き出される。
勢いに乗った体は宙に投げ出され、やがて勢いを失うと自由落下をはじめる。
「〝起風〟」
風で落下の勢いを殺したレンは、背中から樹に突っ込む。
クッションとなった枝を折りながら地上に落ちると、雨を含んだ腐葉土に受け止められた。
「くっ! ここは――」
見渡すと、森の中だとわかった。
山裾からだいぶ飛ばされたようだ。
「ふは、計算通りだな」
うまく風を操り、目当ての地点に着地できたことに満足していると、遠方から邪竜の咆哮が聞こえた。
「……出てきたか」
洞穴から邪竜がとび出し、空へ舞い上がる。
その姿を見上げながら、レンが右腕を振り上げると、森の中に隠しておいた剣が、次々と空へ放たれた。




