第二十七話 仕掛け
明らかに冷静さを失っている主の様子に、副官は、まずいなと思う。
兵の士気を上げるはずが、これでは逆効果だ。
なにより、これ以上たったひとりの足止めに付き合い、王都への攻撃が遅れるのはまずい。
この場への援軍は確認できずとも、王都へ援軍が向かっている可能性は十分にあるからだ。
敵を単騎と侮った結果、既にかなりの時間を消費し、ジェナという優秀な手駒まで失っている。
これ以上、時間も戦力もここで失うわけにはいかない。
「閣下、どうか冷静におなりください! これ以上、あ奴に付き合ってはなりません!」
「うるさい! もう少しで仕留めることができるのだ! その証拠に、賢しらに己が優位を語りながらも、奴こそ我が攻撃を避けるのに精いっぱいで、何の反撃もできていないではないか! だから、今少し待て!」
「いいえ待てませぬ! 閣下は私情に流され、軍司令としての立場を見失っておられる! 他でもない奴に、己の感情を呑み込むことこそ将としての度量と言ったのは閣下ですぞ!」
「う、むぅ」
忠実な配下からの思わぬ指摘に、辺境伯はたじろぐ。
「今、我らが最優先で為すべきは、王都を陥落させることのはず! その優先順位を忘れてはなりませぬ! 奴を相手にした分だけ、我らは時を無駄にしているのです! その隙に、王国軍は着々と籠城の準備を進めておるでしょう! これ以上ここで足止めを食えば、数日で勝てる戦を何カ月も長引かせることにもなりかねませんぞ!」
辺境伯は昂った気を鎮めるように深く息を吐くと、依然としてレンの周囲に剣を飛翔させながらも、攻撃の手を止める。
「…………貴公の言う通りだ。よくぞ進言してくれた」
「恐懼の至りに存じます。どうか差し出口をお許しください」
「いや、おかげで頭が冷えたぞ。しかし、奴を放置はできぬ。迅速に仕留めるための策はあるか?」
「はっ、最初に申し上げました通り、魔法で一気にカタをつけるのがもっとも手っ取り早く確実かと」
辺境伯は顔を顰めて僅かな間黙り込む。
敵の魔道具に対する主の未練を副官は察する。
「……仕方あるまい。魔導法撃隊に伝達! 各員、合図とともに詠唱を開始し、十五秒後に〝煉熱焦爆燼〟を高台の上へ放て! どれだけ逃げるのが巧かろうと、炎熱魔法で一面焼き払ってやればどうしようもなかろう!」
「閣下! よくぞご決断なさいました!」
「ふっ、よくよく考えてみれば、冒険者風情のコレクションなどたかが知れておる。それに、王都を攻め落とせば王家の蔵が私のものになるのだ。さすれば国宝級の魔道具や継承器さえも我が手に――」
『残念だが、それらはオレが貰った』
拡声魔法で会話に割り込んだレンのセリフに、ふたりは顔を顰める。
「……は?」
「こ、こやつ、どうして我らの話を!? いや、〝全能視〟の能力か!」
「そんなことはどうでもよい! 貴様、貰ったとはどういうことだ!」
『おたくらを殲滅する報酬だよ。王都にはもう反乱軍を迎え撃つことができる戦力などない。だから、災害指定魔獣さえ討伐したオレの提案を呑むほかなかった。継承器を含め国宝級の魔道具を要求され、王も家臣も最初は激怒したが、最後は折れたよ』
「う、嘘をつくな! 継承器は王の権威の象徴だぞ!? 一介の冒険者になどわたすはずがない!」
『疑うなら継承器の正体を教えてやる。この剣は、かつて人類を滅ぼさんとした魔王グリムエヴァールを討伐した勇者リエル・シンが、魔王領のダンジョンで発見し、王家に献上した〝漂着物〟だ』
「け、剣の、〝漂着物〟だと?」
異界より流れ着いたと言われる〝漂着物〟とは、この世界では到底再現し得ないと言われるほど高度な技術をもって作られた魔道具だ。
当然、その価値は計り知れない。
それが、騎士にとっては垂涎の的である剣となれば尚更だ。
しかも、レンがこの剣と言ったのを、辺境伯は聞き逃さなかった。
上空の使い魔の目を通し、隆起した大地の上のレンを見下ろせば、たしかに、豪奢な意匠の剣を抜き払っている。
はったりの可能性も高いが、まんがいち真実であれば、得難い宝を失うことになる。
そう判断した辺境伯は、慌てて部下に命じる。
「法撃隊は攻撃を中止せよ!」
「か、閣下! 今のは攻撃をさせぬための虚言に決まっております! 信じてはなりませぬ!」
「真であれば取り返しがつかぬ! これは決して己の趣味のためではないぞ! 継承器がなければ、王権の簒奪にも支障が出るからだ! そうであろう!」
「し、しかし――」
「案ずるな! やり方は変えるが、奴のことは速やかに仕留める! 魔導部隊に〝飛翔風〟を使わせて歩兵を奴のもとへ送り込む! 私の剣と連携すれば、今度こそ――」
『もう遅い。ようやく仕掛けが発動したからな』
「なに? 仕掛けだと?」
『あんたはさっき、万の軍を相手に、オレひとりではわずかな時間足止めするのが関の山だと言ったな。そしてオレもその言葉に同意した』
「それがどうした!」
『人ひとりが万軍との戦力差を覆すなど不可能だ。ただし、たったひとつだけ数の差を埋める方法がある』
「なんだと?」
『その方法とは……時間をかけることだ』
レンの言葉に辺境伯と副官が眉を顰めた瞬間、大地が赤紫色に輝きを放ちはじめた。
瞬く間に広がった光は、反乱軍全体を包み込む。
「な、なんだこれは!? 魔法か!?」
「いえ、た、ただの魔法ではないようです!」
『副官殿の言う通り。それは裏祈祷だ』
「な、なんだ、それは!」
「たしか……祈祷師の使う呪術です! 地中に法陣を仕込んでいたのでしょう! つまりこれまでの奴の行動は、呪術が発動するまでの時間稼ぎか! し、しかし、これほどの規模の術を、ひとりの人間が仕掛けたなどとは到底考えられませぬ!」
『いや。その術は、正真正銘オレひとりの仕込みだ。十年以上もの歳月をかけ、幾度もこの土地に通って仕掛けたんだ』
「十年、だと!? で、出鱈目を申すな! 我らがこの場へ来るということが、どうして十年も前にわかっていたと――」
辺境伯はなにかに気付くと、表情を引き攣らせる。
「……ま、さか……未来を視るとは、ただの噂ではなかったのか」
その時、隆起した大地の上に、レンが姿を現す。
気付いた辺境伯は、大きく眼を剥いて見上げる。
「な!? 剣で囲んで動きを封じているはず!」
咄嗟に片眼鏡に映る使い魔の視界を確認すると、飛ばしているはずの剣がすべて地上に転がっている。
「どういうことだ!?」
『仕掛けの効果が出たんだよ。自分の体内魔力が減っていることに気付いていなかったらしいな』
「なに!?」
辺境伯が慌てて己の身の内の魔力を確認すると、大幅に減っているのに気付く。
「こ、これは……この呪術、対象の魔力を消失させるのか!?」
『違うな。吸収するんだよ。魔力と……そして命をな』
「なっ!?」
兵士たちの中に、膝をつき、倒れる者が出はじめる。
逃げようと走りだす者もいるが、すぐに力尽きて蹲る。
眼下の軍団の混乱を無感情に見下ろしながら、レンは語る。
『設置式裏祈祷術〝贄〟。かつて、オレが壊滅させた暗殺教団、その教祖が開発した邪法だ』
かつてレンは、件の暗殺教団を壊滅させることで、冒険者として大きく名を上げた。
しかし、手柄のために教団を打倒したわけではない。
その教祖が持っていた〝覇滅の首飾り〟とともに、邪法を奪うことが目的だった。
『辺境伯、オレはアンタには本当に感謝しているんだ。だから、せめて自分がどうして死ぬのか、最後に教えてやるよ』




