第二十六話 飛剣乱舞
辺境伯の肩から飛翔した隼は、レンの頭上まで舞い上がると、円を描くように旋回しはじめる。
眼下の辺境伯に向けた視線はそのままに、〝全能視〟で頭上を視認するレンは、隼が絶えず己に目を向けていると気付く。
一方の辺境伯は、口に当てていた左手を頭上に構え、パチリと指を鳴らす。
すると、周りを囲む親衛隊員らが鞘に納まったままの剣を、柄を上にして正面に掲げる。
『ジェナを斃したからといって調子付きおって。貴様に本物の強者の戦いというものを見せてやろう』
辺境伯は左手を下ろすと、今度は右腕を上げる。
その手には、漆黒に塗られた、禍々しい意匠の籠手を装着している。
色こそ同じだが、実用性を重視して設計されている鎧の中で、その右の籠手だけが明らかに浮いている。
鎧の色は、この籠手に合わせて塗ったのだろうとレンは察する。
『……そいつが〝武操の籠手〟か』
レンのつぶやきを耳にして、辺境伯は驚いたように片眉を上げる。
『本当に情報通だな……その通り、これこそ〝武操の籠手〟よ。貴様も魔道具のコレクターならこいつの希少性は理解していよう』
『べつにオレぁコレクターじゃない』
せせら笑いながら、辺境伯は右腕を振りかぶる。
『光栄に思うがいい……最期にこの籠手を使った妙技が見られることをな!』
辺境伯が右腕を振り上げると、その動きに連動するように、親衛隊員らの掲げる剣が鞘から放たれ、上空へと飛んだ。
剣を見上げながら、どうやら辺境伯は自ら己を殺すつもりだとレンは察する。
〝武操の籠手〟とは、指先から糸のように伸ばした魔力で武器を覆い、自在に操ることのできる魔道具だ。
常人であれば、自分から数歩離れた程度の距離で、剣一本を操るのが関の山だが、〝魔法剣〟の〝天分〟持ちである辺境伯は、十二本もの剣を、百歩以上離れた場所まで飛ばすことができる。
その異能は、さながら十二人の姿なき剣士を使役しているようであるため、戦場では〝不可視の十二勇士〟と呼ばれ恐れられていたという。
レンは上空の剣を数えて苦笑いを浮かべる。
『……十二本どころじゃない』
『やはり、この魔法剣技のことまで調べあげていたか! だが残念だったな! 貴様から買った首飾りのおかげで、私のあらゆる能力は飛躍的に向上した! 結果、操れる剣の本数を三倍にまで増やすことに成功したのだ!』
剣はレンの頭上を渦巻くように回りはじめる。
こいつは、自身の手で賊を始末し、配下の騎士たちに力を誇示して決戦前に士気を上げるつもりだろうとレンは察する。
それに、剣で斬り刻めば、己の持っている魔道具を回収できる可能性が高いとも思っているのかもしれない。
思考する間に、辺境伯は右手をぐるりと回すと、勢いよく振り下ろす。
すると同時に、三十六本の剣も隆起した大地の上へと急降下する。
「ちっ!」
レンは急いで後退し、辺境伯の視界から姿を消す。
『甘いわ!』
剣は地上に突き刺さる寸前でその軌道を直角に曲げ、レン向かって来る。
「くそっ!」
腰の剣を抜き払いつつ、レンは足を動かし体を揺らして飛来する剣を躱していく。
よけきれないものは剣で斬りつけ弾き飛ばした。
首元に飛来した三十六本目を、上体を反らして躱すと、大きく息を吐く。
ジェナから奪った〝疑天の指輪〟をはめておいて正解だった。
〝武威〟の〝天分〟を身に着けていなければ、すべて躱しきるのは難しかったかもしれない。
『見事だ! ひとりを相手に初撃で仕留めきれなかったのは初めてだ! ジェナを返り討ちにしただけのことはある! だが、この技が真価を発揮するのはここからだ!』
標的を貫き損ねた剣は、レンを囲うように飛び回っている。
『全方位から絶え間なく飛来する剣を、貴様はいつまで凌ぎ続けることができるかな!?』
辺境伯が右手の中指を曲げると、レンの背後から剣が飛んで来る。
側転で躱したところに、今度は左右斜め前方と背後の三方向から剣が放たれる。
直撃する寸前、レンが深く身を沈めると、剣は交差して火花を散らせながらすり抜ける。
『これも躱すか! ならこれでどうだ!?』
地上すれすれを二振りの剣が回転しながらレンに迫る。
同時に、胸を貫くほどの高さで、回転する剣とは直角の軌道で二本の剣が迫る。
さらに、頭上からギロチンのように刃を垂直にした剣が落ちて来る。
『さあどう躱す!?』
レンは十字の軌道で放たれた剣の隙間へ身を躍らせようと膝を曲げる。
が、ワンテンポ遅れて、その角度にも四方向から剣が放たれているのに気付く。
『だったら!』
大きく跳躍すると、胸目がけて放たれていた一本を踏み台にして、さらに大きく跳んで逃れる。
『ふはっ! 身を浮かせたな!』
足場を失えば、攻撃を躱すことはできない。
レンが着地する前に仕留めようと、辺境伯はふたたび別角度から剣を放つ。
『これで終わり――』
『〝起風〟』
レンが呪文を唱えると、魔法で発生した風が、彼の体を大きく押し上げた。
『なに!?』
辺境伯は意表を突かれながらも、続けて剣を放つ。
しかし、レンもたて続けに風の魔法を使い、攻撃を尽く躱していく。
『くっ、気流のせいで、狙いが定まらん!』
だが、それだけではない、と辺境伯は思う。
敵は、剣が放たれる瞬間には、既に動いている。
まさか、未来を視るというのは本当だったのではないか。
そんな辺境伯の憶測は、実のところ、外れていた。
レンは己自身の未来に限って見通すことができない。
つまり、この戦いの先行きを視ることもできない。
それでも、〝全能視〟を使いこなせば、全方位から放たれる剣を躱し続けることぐらい造作もなかった。
レンは、事前に〝過去視〟を駆使して〝武操の籠手〟の特性を調べ尽くしていた。
この魔道具は、一度に複数の武器をまとめて操作することができるものの、個別に操る際には指の動きに武器を連動させる必要がある。
だから、腕の振りだけで旋回させている剣の中から一度に放てる剣は、指と同じ五本が上限となる。
指一本を別の武器の操作へ移すために必要な時間は一秒に満たぬものの、そのほんの僅かなタイムラグを、この世界で唯一レンだけは見逃さない。
〝千里眼〟で辺境伯の指の動きを視認しながら、旋回する剣もあらゆる角度、あらゆる距離感から同時に視ることで、予知に極めて近い攻撃予測ができる。
あとは、その攻撃を躱せるように体を動かし、難しければ魔法で避けるか防げば良い。
「バカなあり得ん! 何故躱し続けられる!」
辺境伯は片眼鏡に映る俯瞰映像の中、死角から次々と襲い来る剣を難なく躱すレンの様子に目を見張る。
視界から消えたレンに対して崖下から正確に攻撃できるのも、やはり魔道具のおかげだった。
〝共眼鏡〟というその魔道具は、特定の眷族の視界を映し出すことができる。
辺境伯は、使い魔の渡隼の目で、標的であるレンを視認していたのだ。
当然、レンはそんな絡繰りも事前に調べていた。
『辺境伯、あんたも戦闘の専門家ならわかるだろう? 戦において情報がどれほど重要であるかを。オレとあんたじゃ、その取得量、精度とも、あまりに差が大きすぎるのさ』
『黙れ!』
『近接戦であれば、情報取得能力の差を身体能力や道具で覆すことができる。だから、あのジェナって女には対策を講じておく必要があった。だが辺境伯、あんたの剣を飛ばす能力は、標的を捕捉するため、情報を素早く正確に取得する必要がある。しかし、現状であんたは、上空からの鳥瞰しか情報を得る手立てがない。それで〝全能視〟を持つオレを捉えることなどできるはずがない』
『黙れと言っている!!』
飛来する剣を躱しながら己の欠点を指摘するレンの余裕の態度に、辺境伯はひどくプライドを傷付けられて激昂し、剣の操作が雑になっていく。
『先の戦乱の英雄にして、この国の新たな王となるこの私が、下賤な冒険者ごときに後れを取るなどあってはならぬ! ゆえに貴様は、ここで私に討たれなければならんのだ!!』
辺境伯の吠え声を聞き、レンは小さくせせら笑った。




