第二十四話 欺瞞
レンの指摘に、ジェナは唇を震わせながら、しらを切る。
「なにを、言っている?」
「とぼけても無駄だ。オレの〝天分〟は知っているんだろ? 〝全能視〟ってやつは本当に便利でな。過去も未来も視通すことができるんだ。まあ、後者については制限付きだがな」
「過去、だと?」
「そうだ。あんたのことを調べた際に、過去も覗かせてもらった」
ジェナは動揺のために半歩後退る。
「ところで、オレには宣託官の知り合いがいるんだが、そいついわく、世の大半の人間は〝天分〟を単なる才能か、便利な能力としか認識していないらしい。だが、〝天分〟の本質ってのは、その人間が生きていくうえでの運命みたいなものなんだとさ。つまり、非凡な〝天分〟持ちには非凡な人生が、平凡な〝天分〟持ちには凡庸な人生が……そして卑しい〝天分〟持ちには卑しい人生が運命付けられているというわけだ……だから、人殺しの〝天分〟が卑しまれるのも、ある意味じゃ当然なんだよ」
途端、ジェナの顔面が紅潮する。
「あんたのことだよ……〝暗殺〟の〝天分〟持ち、ジェナ・シーグローヴ」
「そうか……私の本当の〝天分〟を調べたのだな」
「ああ。人を殺すことを定められたような〝天分〟は、当然人から忌み嫌われる。十五で宣託を受けた直後から、随分苦労したようじゃないか。家族に捨てられ、故郷を追われ、放浪の果てにフリーの殺し屋に収まったあんたは、依頼の標的であった辺境伯に見初められ奴の配下となった。あんたの身に着けている〝疑天の指輪〟も奴から贈られたもんだろ」
「……そうだ。閣下が私に新たな〝天分〟と人生を与えてくださったのだ」
ジェナは右手で腰の匕首を引き抜く。
「本当の〝天分〟と忌まわしい過去を私は誰にも知られたくない。閣下以外で、それを知る者がこの世に存在するということを、私は絶対に認められない」
「へえ? ではオレのことはどうするんだ?」
右手の匕首を逆手に構え、左手のブンディダガーを突き出し、ジェナはレンに鋭い視線を向ける。
「無論殺す。閣下のご命令に背くことになってもな。幸い、貴様の〝疑天の指輪〟は稀少な魔道具のはずだ。特に、〝勇者〟の〝天分〟の指輪は、コレクターには垂涎のアイテムだと閣下からお教えいただいたことがある。それらを献上すれば、貴様を誤って殺してしまったとしてもお許しいただけるはずだ」
「そうかい」
「リスク覚悟で〝疑天の指輪〟を三つ装着しているからといって、一対一の殺し合いで私に勝てるなどと思うなよ? 〝疑天の指輪〟によって与えられる〝天分〟をどれだけ活かせるかは、その人間の元々の〝天分〟に大きく左右される。その点、〝武威〟は〝暗殺〟との相性が極めて良い。〝暗殺〟の〝天分〟によって与えられる常人離れした感覚と殺害対象に忍び寄るための身のこなし、〝武威〟がもたらす格闘センスと身体機能が相乗的に私の戦士としての力を高めるのだ。かたや、視覚系の〝天分〟持ちごときが、いくら戦闘特化の〝天分〟を上乗せしたところで、その力を使いこなせぬのは目に見えている」
「急に饒舌になるじゃないか」
「貴様は私にとってのタブーに触れた。許しがたい……ゆえに、己の思い上がりを自覚させ、存分に後悔させてから殺さねば気が済まん」
「なるほど。だがあんたこそ思い違いをしているぞ」
「なに?」
「戦いの勝敗ってのは、必ずしも〝天分〟に左右されるわけじゃあない」
そう言ってレンが小さく持ち上げた右手の内に、なにかが握られているのにジェナは気付く。
あるいは、彼女が隆起した大地の上へ上がって来た時点で、既に握っていたのかもしれなかった。
「魔道具か?」
「どうかな?」
「はっ! 使ってみるがいい! だがそれが通じなければ、次の瞬間に貴様の命は終わると知れ!」
ジェナには躱すか先手を取る、あるいは凌げるという確信がある。
魔法系の魔道具でも高威力のものは、発動になんらかの予備動作が必要となる。
先程使った〝局地隆起〟の巻物であれば、呪文の記載された紙面を手でなぞってから魔法を唱えるという動作をとっていた。
それだけの隙があれば、己であれば一気に間合いを詰めて首を刈れるとジェナは考える。
予備動作の不要な低級魔法であれば、元より問題はない。
プロテクターの下に着用しているボディスーツもまた、アンチマジックの効果を持つ魔道具だからだ。
躱すのが理想だが、直撃を食らっても威力のほとんどを打ち消せるはずだ。
そして、魔道具でないただの武器であれば、もはや警戒に値しない。
動体視力、反射神経、身のこなしと足の速さ、そのすべてがふたつの〝天分〟によって常人離れしたものに強化されている己に、偽の〝天分〟によって強くなった気でいる目が良いだけの男の攻撃を避けられぬ道理はない。
だが、レンの手から放られた物体を視認し、ジェナは戸惑いのために眉根を寄せる。
なんだこれは。
「〝点火〟」
殺傷力のない最下級の火炎魔法をレンが唱えた瞬間、凄まじい破裂音が鳴り響き、ジェナの体が一瞬強張る。
火花を伴った破裂音は数秒間続いてから唐突に止み、後には、地面に転がるレンの投げた物体の残骸と、大量の白い煙だけが残された。
「大陸東にある重慶という国を訪れた際に手に入れた、爆竹という道具だ。小さな筒の中に特殊な薬剤と金属粉を詰めて作る。着火すると爆発するが殺傷力はなく、祭りや慶事を祝うために使われる」
レンが説明する間にジェナの顔色はみるみる蒼白となり、呼吸が乱れて喉をおさえる。
「〝暗殺〟の〝天分〟持ちのあんたは、殺気を込めた攻撃には無意識に反応する。裏を返せば、殺意がなければ反応は鈍るし、あれだけの爆音を鳴らされれば、一瞬とは言え驚きで周囲への警戒も薄れる」
口の端から白い泡を吹き溢し、ジェナは膝から崩れ落ちる。
仰のけになった彼女は、呼吸ができず、苦しみに喘ぐ。
歩み寄ったレンは、足元の女の顔を覗き込みながら、鼻まで覆ったマントを引き下げる。
その口に、小指よりも短く細い筒が咥えられている。
レンは筒をつまんで口から離すと、瞳孔の開いたジェナの目の前に差し出してみせる。
「魔道具は爆竹じゃなくてこっちの方な。〝虫笛〟っつってな、その名の通り虫を自在に操ることのできる笛だ。しかも、こいつの音色は人の耳には聞こえない。一方、虫には爆音が鳴っていても届くってことは、事前に確認済みだ」
痙攣するジェナは反応を返さないが、レンはかまわず説明を続ける。
「爆竹の破裂音で聴覚を遮った状態で、事前に放っておいた毒蜂に背後から襲わせたのさ。爆竹のせいで羽音は聞こえず、相手が虫じゃ殺気も感じなかったろ? しかも、あんたは過去に一度その蜂に刺されている。暗殺の専門家なら、蜂の毒は二度目がヤバいってのは知ってるよな?」
彼女が以前、同じ蜂に刺されていたというのは、〝過去視〟で確認済みだった。
レンはアナフィラキシーショックを狙い、同種の蜂を周囲の草陰に潜ませていたのだ。
「ふっ……随分と恨みがましい顔じゃないか」
既に体の自由は利かないようだが、ジェナの表情はレンへの憎悪に歪んでいる。
「あんたも過去には数え切れないほどの人間を、金や辺境伯のために殺してきたんだ。自業自得だろ」
軍属となり〝天分〟を偽ったところで、辺境伯の走狗であるこの女の本質は紛れもない殺し屋だ。
殺そうとした相手に返り討ちにされる、こんな末路が嫌ならば、〝天分〟などにとらわれず、市井の民として慎ましく生きれば良かったのだとレンは思う。
「ま、オレとしちゃ好都合だったよ。あんたがひとりでオレを捕らえに来たのはさ。まあ、そうなるように仕向けたんだけどな」
過去の辺境伯の行動パターンを分析したレンは、〝局地隆起〟で馬の登れぬ地形を作れば、まずこの女を嗾けるだろうと予想した。
自分がかかわる以上〝未来視〟ができないので確実ではなかったが、予想は見事に的中したのだった。
「さて、じゃあ戦利品として目当てのもんはいただく」
レンは身を屈めると、ジェナの手をとり籠手を脱がせると、薬指から指輪を引き抜く。
「〝武威〟の〝天分〟を得られる〝疑天の指輪〟……今回のお目当てのひとつだ」
摘まみ上げた指輪を見つめ薄笑いを浮かべるレンを見上げ、ジェナはどうにか手を伸ばそうと腕に力を込める。
返せ。
それは、あの御方と私を繋ぐ絆だ。
そう心の内で唱えるも、やはり体は言うことを聞かず、間もなく酸欠で視界も白み始める。
「……安心しなよ。指輪の礼に、あんたのことは辺境伯に届けてやるからさ。まあ喜びの再会ってわけにはいかないだろうけどな」
そんなレンの声を耳にした直後、ジェナは意識を手離した。




