第二十三話 刺客
まるでテーブルマウンテンのように、地上から大きく突き出した大地の上で、レンは待ちながら考える。
辺境伯が己を無視できないことは読めていた。
魔道具に対して強い執着心を持つあの男は、以前売った〝覇滅の首飾り〟と、〝局地隆起〟の巻物から、己が他にも貴重な魔道具を保有していると判断した。
そして、魔法攻撃を行うことでそれらが損なわれるのを避けるため、断崖の上の己に対し刺客を送るという選択をくだした。
レンは自分自身にかかわる事象については〝未来視〟できないが、それでも、今のところは先を見通したかのように、計画通りことが運んでいる。
唯一の誤算は、辺境伯の護衛に元冒険者が紛れていたことだ。
あの男の側近までは概ね調査済みだが、護衛にまでは気がまわらなかった。
「特級冒険者としての己を知っているということは、十年前までは冒険者だったはずだ」
〝天分〟を使って顔だけは確認したが、顔見知りではなかった。
だが己は特級認定されてから顔が売れたし、自分の方では十三年前から他人への興味が薄れているので、一方的に知られていてもなんら不思議はない。
後で余裕があれば、〝過去視〟で素性を調べてみても良いだろう。
「まあ、まずはこいつの対処が先だな」
つぶやくと同時に、崖の下から黒い影が高く跳ね上がり、空中を滑空するように己へ向かって来るのをレンは視認する。
「ルパート・カヴァーディルの私設部隊、〝猟犬〟の筆頭騎士にして、プライベートでは奴の愛人でもある女、ジェナ・シーグローヴ。おまえが嗾けられるのも想定済みだ」
騎士といっても実際には格闘戦を得意とし、戦場では馬を降り、跳ねるように騎兵の首を刈りまくる姿から、〝バネ足〟の異名で恐れられているという。
その戦闘スタイルは、彼女の〝天分〟に由来するものだとレンは知っている。
「ナディーンと同じ〝武威〟の〝天分〟持ちを公言するその腕前、まずは見せてもらおう」
ジェナは落下しながら腿の鞘に納めてある獲物を引き抜き両の手に構える。
「ブンディダガーか」
剣や槍のような、刃から直線で伸びる柄を握って振るうのではなく、刃の左右から後方へ伸びるバーに通された柄を握ることで、拳を突き出すように扱える武器だ。
刃が根元から三又に分かれており、敵の斬撃を受け止めたり、逆に剣で受け止められても、相手の得物を絡めとったり、得物ごと押し込んで攻撃することもできる。
レンは腰の剣に伸ばしかけた手を引っ込める。
剣戟で敵う相手ではない。
「シッ!」
ジェナがくい締めた歯の隙間から息を吐くのと同時に刃を突き降ろす。
体を開いて躱したレンの頬を、左に向かって伸びた刃が掠める。
おいおい命令は生け捕りじゃなかったか?
そう内心でツッコむ間もなく、地面に降り立ったジェナは着地の衝撃を膝を深く曲げることで殺し、反動で跳び上がりつつ刃を振り上げる。
背後へ跳び退ったレンの前髪が千切れて宙に散る。
続けてジェナは回し蹴り放ち、それも躱されると遠心力を利用し弧を描くような軌道で刃を振る。
すべての攻撃を紙一重で避けながら、レンはいずれの攻撃も躱されるのを承知で放たれているのを見抜く。
彼女の戦いぶりは、〝過去視〟で幾度も目にしてきた。
格闘戦においては、絶え間ない連撃を繰り出し反撃の隙を与えぬまま、相手が体勢を崩すなどして隙を見せるのを待ち続けるのが彼女のもっとも得意とする戦法だ。
つまり、このまま攻撃を躱し続けたところで、スタミナで劣る己がバテるまで、延々と攻められ続ける。
となれば、まずは一度攻撃を途切れさせないことには埒が明かない。
レンは〝全能視〟を使い、視界に映らぬ足元の地面を視る。
すると、後退る先に、地面から突き出た石を発見する。
レンはわざと石に踵を引っ掛け、バランスを崩してみせる。
好機と見たジェナは、殺してしまわぬよう右のブンディダガーを放り捨てると、レンの鳩尾目掛けて掌底を繰り出す。
「〝魔障壁〟」
「なっ!?」
ジェナの攻撃は、突然レンを包むように出現した、薄緑色の魔力の壁に弾かれる。
後方に吹っ飛ばされた彼女は、空中で身を捻って勢いを殺し着地する。
足元から立ち昇る砂埃をちらと見て、ジェナの眉間に小さく皺が寄る。
身のこなしに絶対の自信があるからこそ、攻撃を防がれたうえに荒い着地を余儀なくされ、自尊心が傷付いたのだろう。
「……なるほど、話に聞いた通り得体の知れん男だ」
ジェナは冷たい目でレンを見据えながら、声を発した。
「得体が知れない?」
ジェナの評価に、レンは含み笑いを漏らす。
それはマントで口元まで覆っていても見てとれたようで、ジェナは眦を釣り上げる。
「何が可笑しい」
「オレは一方的に攻められていただけだ。それでどうしてそんな評価になる」
「私の攻めを躱し続けたことが、まず驚嘆に値する。貴様は視覚系の〝天分〟持ちなのだろう? それなら攻撃を見きられたとしてもおかしくはない。だが、どれだけ目が良くとも体はついてこないはずだ。私のように、格闘特化の〝天分〟でも持っていなければな」
「〝武威〟の〝天分〟か?」
ジェナは目を眇める。
「知っていたのか?」
「辺境伯を止めようとするんだ。当然、側近のことぐらい調べる」
「どうやって……いや特級冒険者なら、その程度の伝手はあるか……貴様の言う通り、〝武威〟を持つ戦士の攻撃を凌ぐなど、同じような、あるいはより上位の戦闘系〝天分〟持ちでもなければ不可能だ。そのうえ、貴様はわざと隙を見せた後に、一瞬で防御魔法まで使ってみせた。あの速さ、私を難なく弾き返した堅さ、魔法系の〝天分〟を持たねば発動さえできまい」
「その通りだ。当然だが、種も仕掛けもある」
そう言ってレンは、左手を掲げてみせる。
その人差し指から薬指までに並んだ指輪を目にした瞬間、ジェナの体が強張る。
「そ、れは――」
「〝疑天の指輪〟という、史上もっとも有名な、欠陥魔道具さ」
明らかにたじろいだ様子のジェナにかまわず、レンは続ける。
「四十年ほど前、気鋭の魔道具職人がこの指輪を発明し、そいつと契約していた会社が量産して市場に出回った。その効果は、はめるだけで特定の〝天分〟を身に着けられるというものだ。ただし、その効能はオリジナルの〝天分〟の四割程度が限界とされた。それでも、自分の欲した〝天分〟を得たいと考えた者たちが手に入れようと殺到したらしい。しかし、たとえオリジナルの〝天分〟に遠く及ばずとも、素養のない力を扱うための装着者の負担は作り手の想定をはるかに越えて大きかった。偽の〝天分〟を行使する最中に大怪我を負ったり、あるいは急死する者まで続出した。さらに、〝天分〟の〝宣託〟を売りにしている教会が黙っているはずもなく、〝天分〟を与えてくれた神を冒涜する道具だとして販売元を廃業に追いやり、開発者の職人は異端審問によって火刑に処された。そして指輪も教会によって回収され鋳潰された」
レンは翳した手を自分の眼前まで降ろす。
「しかし、完全には回収しきれず、今も時折闇ルートで出回ることがある……この三つの〝疑天の指輪〟も非合法的に手に入れたもので、得られる〝天分〟は〝法力〟に〝魔導〟、そして〝勇者〟だ」
以前、犯罪シンジケートを壊滅させた際にまとめて入手した魔道具だ。
組織は、あらゆるイリーガルな商品を扱うブラックマーケットを運営していたため、他にも貴重な魔道具を複数得ることができ、〝天分〟以外は凡人のレンが戦力を強化するのに大きく役立った。
「……なるほど、先程私の攻撃に対応できたのは、戦闘特化タイプの〝天分〟の最上位である〝勇者〟の指輪のおかげというわけか。さらに、〝魔導〟によって魔法も即座に発動できたと……くだらんな、それが特級冒険者の正体というわけか。〝疑天の指輪〟は効能以上にハイリスクだ。ひとつ装着しているだけでも心身への負担は甚大。それを三つも身に着けるなど、命を削るも同然だ」
「随分と詳しいな」
指摘され、ジェナは口を噤む。
「ふっ……無論、覚悟のうえだ。命なんて、目的を果たすためなら惜しくはない。あんたもそうなんだろ?」
「なんの話だ」
「とぼけるなよ。あんたがその籠手の内側、左の薬指にはめているのも、〝疑天の指輪〟だ。得られる〝天分〟は〝武威〟。あんたが己の〝天分〟と嘯いているのは指輪によって得られたものだ」
ジェナの顔から血の気が引く。
「つまり、あんたは本当の〝天分〟を偽っている」




