第二十二話 反乱軍
ヤール王国の首都オーレンへと至る平野を、反乱軍を率いて進んでいたカーンベイル辺境伯、ルパート・カヴァーディルは、前方に目を凝らし、手綱を引いて馬を止めると、右手を挙げ、兵たちにも停止するよう促した。
傍らの副官が、怪訝な顔をルパートに向ける。
「閣下、どうされましたか?」
辺境伯が無言のまま前方を顎で示すと、その肩に乗った猛禽が甲高い声で「ピイ」と鳴いた。
示された先に視線を向けた副官は、人気のないはずの平野に、何者かが佇んでいるのに気付く。
「誰でしょう。講和の使者……には見えませんが」
「知った顔だ」
ルパートはまわりを親衛隊でかためつつ前へ出る。
漆黒の全身鎧の騎兵の中央で、ひと際厳めしい甲冑で身を固めた辺境伯が兜のバイザーを引き上げると、モノクルをかけた四十がらみの男の顔が覗く。
端正な容貌ながら、吊り上がった眦に不遜な人となりが見てとれる。
辺境伯は見下ろした男に冷たい笑みを向ける。
「久しいな商人。半年ぶりか」
反乱軍の進路上で待ち構えていたレンは、口元まで覆ったマントを引き下げ、顔を見せる。
「御無沙汰しております閣下。その節は、商品をお買い上げいただきありがとうございました」
レンの顔を見た親衛隊員のひとりが息を呑むが、ルパートは気付かず話を続ける。
「貴様から買ったこの首飾り、見立て通り素晴らしい魔道具だった。おかげで、悲願であった王政の打倒を前倒しして為し遂げることができそうだ」
辺境伯の顔からは、曇りのない自信とともに、自己に陶酔していることが伝わる。
魔道具〝覇滅の首飾り〟は、装着した者の能力と魅力を大幅に引き上げる。
その全能感に酔っているのだ。
「そのことについてですが、閣下――」
「ん?」
「閣下にお譲りしたその魔道具ですが、装着すると呪いに近い副作用を引き起こすということが判明いたしました」
「なに?」
辺境伯は眉根を寄せる。
「どういうことだ」
「その魔道具は着用者の欲望を肥大化させるとともに理性を奪います。こうして国に反旗を翻していることこそがその証拠です」
「違うな。私はもとより兵を挙げ王制を打倒するつもりだった。この魔道具はそれを少し後押ししただけに過ぎん」
「魔道具に精神を支配された閣下のお言葉を鵜呑みにするわけにはまいりません。お支払いいただいた金子は上乗せしてお返しいたしますので、その魔道具をお引渡しください」
そう言って手を差し出すレンに、辺境伯は嘲笑を漏らす。
「ふっ、なるほど……売った後でこの首飾りが惜しくなったか。それで出鱈目を並べて私を丸め込み、取り戻そうという魂胆だな」
辺境伯の意を汲んだ親衛隊のうちの二騎が前へ出る。
合図ひとつで己に襲い掛かるつもりだとレンは察する。
「閣下は誤解されていらっしゃる」
「そうは思わんな。ところで、これほどの魔道具を保有していた貴様のことだ。他にも貴重な品をいろいろ持っているのではないか?」
親衛隊員が左右に馬を進める。
念のため己の反撃を警戒し、別方向から同時に襲い掛かるつもりだとレンは察している。
「私を謀ろうとした罰だ。命をもって償うがいい。ついでに、貴様の持ち物は私が役立ててやろう」
辺境伯が言い終わるのと同時に、騎馬が駆け出す。
レンの〝未来視〟は、己のかかわる未来を視ることができない。
が、それでも概ね予想通りだと内心で思いながら、レンは懐に忍ばせていた巻物を素早く広げると、紙面に当てた掌を走らせつつ唱える。
「〝局地隆起〟」
レンの足元が大きく隆起し、接近していた親衛隊員たちは馬ごとひっくり返る。
激しい振動に馬たちが嘶き、辺境伯の肩の猛禽が羽ばたいてバランスをとる。
「これは!?」
数秒で、辺境伯たちの前の大地が城壁並みの高さにせり上がった。
眼前に出現した絶壁を見上げ、辺境伯は忌々しげにつぶや。
「大規模魔法のスクロールとは……思った通り貴重な魔道具を持っていたな」
「閣下! お退がりください!」
悲鳴のような副官の進言を耳にし、辺境伯は親衛隊とともに兵たちの元へと引き返す。
「お怪我はありませんか!?」
地形を操るほどの魔法に面食らった副官は、戻って来た辺境伯の身を気遣う。
「問題ない。しかし進路を塞がれるとはな」
「あ奴は何者ですか?」
「ただの商人、というわけではなさそうだ」
「王国軍からの差し金ではありませぬか?」
「閣下、発言をお許しください」
辺境伯と副官は、横から口を挟んだ親衛隊員に視線を向ける。
「どうした」
「私は、おそらくあ奴を知っております」
「ほう? 何者だ」
「他人の空似でなければ、おそらく特級冒険者のレンです」
「なんだと?」
辺境伯と副官は、顔を見合わせる。
「そういえば、おまえは元冒険者だったな」
「はっ」
「レンか……聞いたことはある。たしか、災害指定魔獣をたて続けに討伐して名を上げたとか」
「非常に稀少な〝天分〟の持ち主で、嘘かまことか未来まで見通すとか」
「その通りです。ただ、現実離れしすぎた能力と、あまりに急激に評価されたことから、同業の冒険者の中には奴をペテン師と考える者も少なくありません」
「なるほど。だがただの詐欺師などではあるまい。私に売りつけたこの魔道具はもちろん、先程の巻物も封じられていた魔法の威力を鑑みれば、金に換えれば小城が建つほどの値打ちものだろう。少なくとも、魔道具の蒐集家としてはかなりの目利きのようだ。私と同じくな」
副官と親衛隊員が先程レンの消費した巻物の価値に驚く一方、辺境伯はほくそ笑む。
内心では、あの男のコレクションを自分の物にしたいと考えている。
以前、魔道具を売り付けられた時は、単にものの価値のわからぬ三流の骨董商かと思ったが、先程使った魔道具と本人の肩書きを考慮するなら、冒険で得た貴重なアイテムを蓄えていると見て間違いあるまい。
「し、して、いかがいたしましょうや。前方の大地がああも高く隆起したのでは予定の進路で軍を進めることはできませぬ。迂回なさいますか?」
「あれだけの威力の魔法を封じた巻物を持っていた相手に高所をとられたまま対処しないというのか? 狙い撃ちにされれば大きな被害をだすことになるぞ」
「では、始末なさいますか」
「そうだな……いや、できれば生け捕りにしたい」
「あの上へ兵を送り込むのは容易ではありませんぞ。魔法を撃ち込んだ方がてっとり早いのでは?」
「論外だ。それでは奴の所持品も壊れてしまうではないか」
だから捕縛して奪い、どこかに保管しているアイテムでもあれば、拷問してでもその場所を聞き出したいと辺境伯は考える。
一方副官は、主の悪癖が出たと、内心辟易している。
辺境伯は稀少な魔道具を手に入れるためであれば、軍事行動中に作戦を変えることさえ厭わない。
先の戦争でも、敵将の持つ魔道具を手に入れるため、かなりの無茶をしている。
ただし、辺境伯の武装には複数の魔道具が含まれており、その収集癖が彼の武力を引き上げているのも事実なため、あまり強く諫めることもできない。
「とはいえ、現実問題として目の前の断崖を登り奴を捕らえられる手駒となると限られるな」
辺境伯は少しの間考えると、首を捻って背後の部下を呼ぶ。
「ジェナ!」
「はっ!」
親衛隊のひとりが進み出る。
「奴を私の前まで引きずり降ろせ」
「御意」
ジェナと呼ばれた騎士は、鎧を纏っているとは思えぬ身軽さで、馬上から跳び下りる。
続いて、鎧の金具を数カ所外すと、装甲が次々剥がれ、けたたましい音を立てて地面に転がる。
中から現れたのは、黒いボディスーツと薄いプロテクターに身を包んだ細身の女だった。
短い髪は黒く、瞳は鳶色、肌は褐色で、整った顔立ちではあるが、切れ長の目と薄い唇は見る者に冷淡な印象を与える。
「それでは閣下、少々お時間をいただきます」
辺境伯に一礼してから崖に向かおうとする女に、元冒険者の騎士が声をかける。
「ジェナ殿! 奴は〝全能視〟なる天分の持ち主だという! 未来を視るなどというのはハッタリだとしても、攻撃を見切る程度はお手のものだろう! くれぐれも油断なさるな!」
「見切ったところで避けられなければ意味はない。そして〝武威〟の〝天分〟を持ったこの私の攻撃速度についてこられる者など、そういない」
元冒険者にそう返すと、ジェナは駆け出す。
崖にとり付いた彼女は、僅かな凹凸に手足を引っ掻け、見守る兵たちが息を吞むような速さで登っていった。




