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全能視覚の冒険者  作者: 囹圄
第二章『闇墜ちと蒐集』

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第二十一話 呪い

「あ? なんだと?」


 教会は神職の棄教(ききょう)を許さない。

 それが教会の権威の象徴たる宣託官となればなおさらだ。


「そんな真似をすれば、追手を差し向けられ、粛清(しゅくせい)されるぞ」

「でしょうね。だからレンさんが護ってください。その代わり私は、旅の間に築いた資産とコネクション、それと私の〝天分〟、そのすべてをあなたに投資します」

「資産?」

「ええ。私は、教会の施設を出て自分の脚で世界を巡る中で悟ったのです。宣託と信仰だけでは救えない人が、あまりに多すぎると。だから密かに、そういった教会には救いきれない人々に手を差し伸べるための準備を整えてきたのです」

「それをオレのために使うと?」


 ソフィーナは神妙な顔で頷く。


「あなたの〝全能視〟を活かすための組織を創るのです。私の上級宣託官としての〝天分〟と経験を使えば、才能を活かす場を求めていて、かつ私たちの活動に賛同してくれる有能な人材も容易に確保できるでしょう」

「活動ってのは、人助けか?」

「ええ、もちろん。災害から犯罪まで、あらゆる不幸を事前に察知し未然に防ぐ非営利団体です。この世界は理不尽にあふれていますが、それを無くしたいと思っている人は私だけではないはず。きっと後ろ盾となってくれる富豪や権力者も現れるでしょう。レンさんさえいれば、いずれは教会や冒険者ギルドをも凌ぐ規模の組織にできます」

「……前言を撤回するよ」

「え?」

「十三年前から変わってないってさっき言ったろ? 変わったよあんた。はじめて会った頃から酒に酔ってヘラヘラしていたが、あの頃のあんたは他人のことなんておかまいなしのひどく冷淡な性格だった。オレを誘ったのだって、あの時は自分のためだったはずだ」


 仲間を失った直後の己にも、この女はおそろしくドライだったとレンは思い出す。

 握っていたレンの手を放し、ソフィーナは乗り出した身を引く。


「あの頃の私は、修道院という隔絶された場所から解き放たれて浮かれていたのです。まだ世間知らずの小娘でした。でも十三年も各地を放浪すれば、成長ぐらいしますし、社会性だって身に着けますよ……貧困や戦火で苦しむ弱者だって何度も目にしました。そんな人たちを助けたいって思うようになるのは当然じゃないですか」

「……はは」


 レンの口から乾いた笑いが漏れる。

 随分と人間ができたものだ。

 堕ちるとこまで堕ちた己とは真逆ではないか。


「だからレンさん、私と一緒に、この先不幸に見舞われる大勢の人たちを救って――」

「無理だな」


 にべもない返事に、ソフィーナは慌てて言葉を言い添える。


「も、もちろん、レンさん自身にも見返りをお約束します! それに、あなたはたくさんの人を救った英雄として歴史に名を残すことができますよ!」

「そういう問題じゃない……そんな活動は絶対にうまくいかないんだ」

「どうして! やってみなければ――」

「まだ起きてもいない犯罪や災害を防いだとして、それをどうやって証明するんだ?」


 レンの指摘に、ソフィーナは言葉に詰まる。


「……そっ、それは!」

「事が起きた後で助けになるからありがたがられるんだ。起きてもいない不幸から人を救ったところで、それを証明する手立てがない限り、誰も喜んだりしないんだよ。むしろ、未来に起きる不幸を自分が防いだなんて吹聴すれば、胡散臭がられるだけだ」

「でも、せっかく……せっかくレンさんの〝天分〟を使えば、たくさんの人を救えるのに!」

「いずれにせよ、オレはオレの望みを叶える以外の目的で〝全能視〟を使うつもりはない。無論、あんたと組むって話もお断りだ」

「……目的?」


 ソフィーナの目に憐みの色が浮かぶ。


「やっぱり……あなたは今も、お仲間の死に心囚われているのですね?」

「だったらなんだ」


 悲しげに目を伏せ、ソフィーナは首を振る。


「もういいじゃないですか……大切な人を失う悲しみや無念を引きずる気持ちは理解できます。でも、人はその気持ちを過去のものとして、未来に向かって進まなければならないんです。しかも、あなたは未来を切り開くことのできる〝天分〟を得たのですよ? 実際、レンさんは夢を叶えることだってできたじゃないですか。いい加減に前へ進みましょうよ」

「夢?」


 言葉の意味がわからず、レンは首を傾げる。


「……って、なんの話だ?」

「大陸最高の冒険者になるって、十三年前そうおっしゃっていたじゃないですか。特級冒険者となった今、あなたは間違いなく夢を叶えたと言えるはずでしょう?」


 しばし頭を捻った末に、レンはかつて抱いた夢に、ようやく思い至る。


「……ああ。そんなのに憧れてた時期もあったな……忘れてたよ」

「わ、忘れ、て?」


 かつてのレンに限らず、特級に認定されるほどの高みに登り詰めることは、すべての冒険者にとって実現することの叶わぬ夢であるはずだ。

 それを、まるで関心がないように語るレンが、十三年前に出会った若い冒険者と同一人物であるとは、ソフィーナには思えない。


「どうでもいいんだよ、そんなこと。それより、生憎だがオレにとって過去は過去じゃないんだ」


 そう言ってレンは、己の目を指差す。

 一瞬、眉を顰(ひそ)めたソフィーナだが、すぐにその意味を察し、大きく目を見開く。


「それは……過去を視られるからだとでもおっしゃるのですか?」

「そうだ。オレはその気になればいつだって、過去の出来事を今目の前に起きているかのように視られる。知ってるよな?」

「まさか……レンさんは、お仲間が殺された時の光景を、また視た……いえ、その口ぶりから察するに、一度ならず視られたのですか? 〝過去視〟で」


 〝未来視〟によって仲間が邪竜に殺されるのを視た際のレンの様子を、ソフィーナは思い出す。

 ひどく取り乱したうえ、もはや救えぬと知って己の声も届かぬほどに絶望した。

 レンにとってはトラウマになるような体験だったはずだ。

 それを、またくり返し視たということが、ソフィーナには信じ難い。

 しかし、レンからの返答を聞き、さらに耳を疑う。


「何度もというか、一日一度は視ている。さすがにここ二、三年は、吐くこともなくなったな」

「……な……なんで、そんな、自分の心を、痛めつけるような真似を」

「決まってるだろ。あの無念を忘れないためだ」


 狼狽(ろうばい)のあまり震えているソフィーナに、レンは冷笑を向ける。


「あんたのお(・)か(・)げ(・)で、仲間たちの死は、オレん中では十三年経っても〝今〟だよ。あんたが〝全能視〟について教えてくれたから、オレはあいつらを失くした悲しみを損なうことなく生きて来られたんだ。感謝してるよ」

「わ、私の……せ(・)い(・)で」


 ソフィーナは口を押さえて椅子から立ち上がる。


「私の宣託が、あなたをそのようにしてしまったのですか!?」


 顔色を失くしたソフィーナを、レンは不思議そうに見上げる。


「なにをそんなに動揺しているんだ?」

「私は、〝天分〟がその人の人生を平穏で幸せなものにすると願って宣託を下しているのです! あなたのように、憎しみや後悔に縛り付ける呪(・)い(・)にするためなんかじゃない!」

「傲慢(ごうまん)だな」


 レンは静かに席を立つ。


「平穏や幸福ばかりが人生じゃない。たとえオレが破滅に突き進もうと、あんたにとやかく言われる筋合いはない」


 レンは懐から取り出した巾着からふたり分の食事代に店主へのチップを加えた金額をつまんでテーブルに置く。


「何度再会してもオレとあんたの道が交わらなかったのは、要するに、生きるってことへの向き合い方がまるで違ったからだろう。こうして会うのも今回限りだろうが、最後に答え合わせができてよかったな」


 背を向けたレンに、ソフィーナは辛うじて声をかけた。


「ど……どこへ」

「なに言ってる。辺境伯軍を迎え撃ちに行くに決まってるだろ。おかげさまでいい感じに時間を潰せたが、これ以上おしゃべりを続けると遅刻することになるからな」


 踏み出しかけたレンは、一瞬思考を巡らせると、いま一度ソフィーナに振り返る。


「まあ、あまり落胆し過ぎないことだ。少なくともあんたがオレに〝全能視〟を教えてくれたおかげで、王都が蹂躙(じゅうりん)される未来は回避されるんだから。そう考えれば、あんたが望んだ通り、オレたちふたりの力で救えた命もあったわけだ」


 言うだけ言って歩き出したレンの背を、ソフィーナは呆然と見送ることしかできなかった。


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