第二十話 取捨選択
ソフィーナの推測を聞き、レンは一瞬惚けた表情を浮かべると、視線を落とし嘆息した。
「見縊られたものだな」
「え? 違うのですか?」
「違う」
めずらしく、ソフィーナは戸惑った表情を浮かべる。
「王やその側近を、恨んでいるのだと思っていました」
それでさっきの推測か、とレンは納得する。
おそらく彼女は、〝人見〟の〝天分〟で己の内心を見通したのだ。
「いや……たしかに、連中に対して良い感情は持っていない。オレたち冒険者のことを、消耗品ぐらいにしか思っていない奴らだからな」
カイルたちに限らず、国からの無理な指名依頼を受けないわけにはいかず、結果、命を落とした冒険者は少なくないと、レンは〝過去視〟で調べて知っていた。
「だがな、仲間が無理な依頼を受けて命を落としたからといって、依頼人を逆恨みして復讐などしていては、冒険者って稼業は成り立たない」
「では、どうして彼らを巻き込んだのですか?」
「単純なことだ。奴らがオレの求める魔道具を保有していたからだ。奴らってのは、この国の王政府のことだけじゃなく、辺境伯も含めてな」
「魔道具? それを手に入れるために、こんな、国の存亡にかかわるような騒乱の火種を起こしたというのですか?」
「そう言っている」
「あ、あなたは――」
さしものソフィーナも、声を荒げる。
「この反乱のためにどれだけの犠牲者が出たと思っているのですか!」
「少なくとも非戦闘員の犠牲はほとんど出ていない。何故なら辺境伯は反乱の正当性を主張するため、各地で王政府の政策、特に税の重さを非難してまわっているからだ。だから、辺境伯は烏合の衆の反乱軍を徹底して引き締め、略奪なども行われていない……今のところはな」
「では王国軍はどうなのです! 反乱軍に敗れ、どれだけの兵士の命が喪われたことか!」
「それについちゃ早いか遅いかの問題に過ぎない」
「は!? どういう意味ですか!」
「オレが動かずとも、あと三年もすればルパート・カヴァーディル辺境伯は反乱を起こしていた」
「なっ!? それは、〝未来視〟で視たのですか!?」
「そうだ。考えてもみろ。オレが奴に〝覇滅の首飾り〟を売ったのが十カ月前。それから奴はたったの五カ月で挙兵している。しかし、いくら辺境伯が精強な軍を有しているといっても、国に反旗を翻すのに、たったの五カ月で準備を整えるなどあり得ないだろう。つまり奴は、予てより準備を整えながら、機を窺っていたんだ。オレは、奴が行動を起こすタイミングを早めてやったに過ぎない。そして、三年後に挙兵したとして、王国軍はやはり負けることになる。むしろ、辺境伯がさらに時間をかけて準備を進めたことから、王国軍側の戦死者数は、先の戦いよりも増える。そして、王都へ攻め入るに至り、それまで猫を被って来た反乱軍は本性を現し、住民にも牙を剥く」
「まさか、辺境伯が旗下の兵に略奪を許すというのですか!? この王都で!?」
「当然だろう。辺境伯に従って来た連中の半数は山出しの山賊もどきだ。新政権の立ち上げに一枚噛めるってうま味があるから頭目の命令に従いお行儀よく振る舞ってきたが、王国軍との戦で死力を尽くしたのに目先の楽しみがないなんてことになりゃあ不満が爆発して抑えが利かなくなる。一方、辺境伯にしてみりゃ、王家の膝元の民が自分を歓迎するはずもないとわかっているから、王都民に対して懐柔策を使うつもりもない。それにここまで辿り着きさえすれば王権の簒奪は確実だしな。となれば、己に対する忠誠を高めるためにも、自軍の兵の欲求を満たすべく略奪は許可するってわけだ」
「……そんな」
ソフィーナの顔はすっかり青褪めていた。
「まあ安心しな。反乱軍はオレが一掃してやるから、このまま街に滞在しててもあんたは安全だ。王国軍の兵たちの多くは、数年寿命が縮んじまったが、その分この街の住民は助けてやるんだから、辺境伯を嗾けた件をさっ引いても、オレは責められるどころか感謝されるべきだろ」
「なに……言ってるんですか」
握り込んだ拳を震わせ、ソフィーナは大きく目を見開く。
金色の光芒が刻まれた青い瞳に非難の色が浮かんでいる。
その様子を、レンは意外に思う。
こんなことで怒るような女だったか?
「レンさんなら、辺境伯の挙兵自体を止められたはずです!」
「奴を殺してか?」
「方法は、私にはわかりません! けど大陸西部で幅を利かせていた犯罪シンジケートや暗殺教団、教会異端審問極東支部まで壊滅させたうえ、災害指定魔獣を二頭も駆除するほどの実績を持つあなたなら、どうにかできたでしょう!?」
「かもな」
「かもなって……王国軍の兵士だけで、おそらく万は死んだんですよ!? さらに、あなたが反乱軍をどうにかするというなら、また追加で万の人命が消えることになるはずです!」
「反乱に加担している連中のことか? オレが止めなかった場合、奴らがこの街でどんな非道を働くか視りゃあ、あんたの考えも変わると思うぜ?」
「でも実際には略奪もなにもせずに死ぬじゃないですか!」
「王国軍の兵は殺しただろ」
「だから、それだってレンさん次第で防げたと――」
レンは手を突き出してソフィーナの言葉を遮る。
「要するに、オレが助けられる命を助けなかったのが、あんたは気にくわないわけだ」
小さく溜息を吐き、レンは手を下ろす。
「じゃ訊くが、東の都市バレンヌと南東の港町ベニリア、あるいは北の商都フォッサ、その三カ所で同時にテロが発生し、いずれも数百人が死ぬとしよう。オレがそれを〝未来視〟で察知したとして、未然に防ぐことができるのは一カ所だけという場合、どこへ向かえばいい? 他の二カ所の数百人は、どういう基準で見限るんだ?」
「な、何の話ですか? 反乱を止めることと全然関係ないじゃないですか」
「わかんないか? じゃあ別の質問だ。今からだいたい半年後に、ここヤールの隣国であるサムサ王国で史上類を見ない規模の蝗害が発生する。国中の農地で大量の作物がバッタ共に食い荒らされた結果、最終的には十万人以上の餓死者を出すことになる」
「なっ! そ、れも、〝未来視〟で知ったのですか!?」
「そうだ。ただしオレならバッタ共の最初の発生地点を特定し未然に防ぐことができる。オレはサムサへ出向いて未来を変えるべきか?」
「あ、あぁ当たり前です! そんなの私に確認するまでもありません! というか必要であれば私から教会に援助を要請しますし、報酬が必要ということならそれもどうにかしますので絶対に止めてください!!」
「その結果、このヤール王国を滅ぼし、数十万の難民を生むことになってもか?」
「は、はあ!? な、な、なんでそうなるんですか!?」
「オレが辺境伯を討つことで、サムサと国境を接する辺境伯領の護りが手薄になるからだ。辺境伯は短期決戦で王位を簒奪し、即座に国境へ防衛軍を戻す腹積もりだったようだが、オレが奴を殺せばそんな目論見もご破算となる。結果、国境の守備ががら空きとなったうえ反乱で王国軍の大部分を失ったヤールにサムサは攻め入って来る。当然、内乱で疲弊したこの国に対抗手段はなく、侵略によって多くの人命が損なわれる。だが、実際にはそうはならない。サムサは蝗害に対処するため他国にかまけている余裕など失うからだ」
「だったら、なおのこと事前に辺境伯を排除していれば、両国とも救えたでしょう!?」
「オレは神様じゃない。サムサの蝗害について知ったのはごく最近だ。あの国に用はなかったものでな。そんな土地の未来なんて確認してこなかった。気付いたのは、今回の件で王城へ交渉しに向かうまで時間があったんで、宿に逗留している間に、周辺の国の動静を〝未来視〟で調べたからだ」
ただし、あれだけの災害を最近まで察知できなかったということは、自分が辺境伯の動きを早めたのがなんらかの影響を与えた可能性もあると、レンは考えている。
未来というのは、ほんの些細なきっかけで、信じられない程に大きく変化することもあるのだと、〝未来視〟を使う中で彼は学んでいた。
「とにかくだ、サムサとヤール、助けなかった方の民が大量に死ぬのは間違いない。オレはどっちを救えばいい?」
「そんな……そんなの、選ぶことなんて――」
俯いて頭を抱えていたソフィーナは、ハッとして顔を上げる。
「わかったか? 未来を知って誰かを救うってのは、そういうことだ。仮に反乱を未然に防いだとして、辺境伯の目論見に加担するはずだった者たちの中には、いずれ非道な犯罪行為に手を染め多数の人命を奪う奴もいた。王国軍の兵士の中にだって不正が露見して除籍となり傭兵にまで身を落とした結果、ある紛争に参加した際、村をひとつ焼き払うって奴もいた。オレが救った者が新たな悲劇を起こしても、無限に枝分かれする未来を先読みしてすべての人間を救う、なんてことは不可能なんだよ。オレには命の取捨選択をする資格も意思もないしな。無論、手の届く範囲で助けられる奴がいれば手を差し伸べはするが、人命救助を目的に未来への大きな流れを変えることはない」
未来が視えることに対するレンの考えを聞いてソフィーナはたじろぐが、表情を引き締めると、挑むような口調で反論する。
「い、いいえ、いいえそれは間違っています! 時にはとりこぼすことになろうとも、人を助けるため努力することは可能なはずです! レンさん、あなたは自分ひとりの力で全部解決しようと考えるから可能性の幅が広がらないのです」
「……徒党を組むことで、〝未来視〟の情報収集力を活かせるようにしろって?」
「そうです! レンさん、今からでも遅くはありません! やっぱり私と手を携えてくださいませんか!?」
「結局その話に帰結するのか……あんたも懲りないな」
こうして旅先で会うたびに、ソフィーナからは勧誘を受けてきた。
ただ、今まではレンが断ればすぐに引き下がったが、今回の彼女は食い下がった。
「レンさんをお誘いするのは、今回が最後です。実は先日、かつてのレンさんと同じく誤った宣託を下された最後のひとりに、再宣託を済ませました。使命を全うした私は、聖庁への帰還を命じられています。王都へはその帰途に立ち寄ったのです」
「へえ? それはおめでとう。でも、それじゃあオレを誘うような状況じゃないだろ」
「本来はそうです……でも――」
ソフィーナは身を乗り出し、テーブルの上に置かれたレンの手を握る。
「もしレンさんが応じていただけるのであれば、私は教会を捨てます」




