第十九話 監視
ソフィーナの指摘に、レンは眉ひとつ動かすことなく応じる。
「なんだそりゃ。オレが辺境伯を裏で操ってる黒幕だとでも言うのか?」
「まさか。冒険者として大陸各地を転々とされてきたレンさんに、そんな悪の権力者みたいな地位を築くような時間的余裕はなかったでしょ」
「だったら――」
「ただ、〝過去視〟と〝未来視〟で人の来し方から行く先まで見通すことのできるあなたなら、特定の人物がなにを望んでいるかを見抜いて、ある程度行動を操れるでしょうねぇ」
ソフィーナは言葉を区切り、麦酒で喉を潤す。
「……そこまで言うからには、なにか根拠でもあるんだろうな」
「もちろん、ありますよ?」
ジョッキを下ろすと、ソフィーナは顎を引き、見上げるようにレンに視線を送る。
「十ヶ月程前、あなたは商人を装い、カーンベイル領のルパート・カヴァーディル辺境伯を訪ねたでしょう。そして魔道具のコレクターである彼に、あるアイテムを売りましたね」
レンは微かに目を眇める。
「……なんのことだ?」
「とぼけてもむだですよ? 私の〝天分〟が人の本質を見抜く力だということはレンさんも知っているでしょう? 目の前の人間の嘘ぐらいわかりますよ」
「そういえば、そうだったか」
一瞬、微苦笑してから、レンは問う。
「だが何故知っている」
「それはですねぇ……レンさん、あなたが教会から、要監視対象に認定されているからです」
「監視だと?」
レンは訝しげに眉を顰める。
その顔を見て、ソフィーナは含み笑いを漏らす。
「めずらしく戸惑った反応ですね。でも無理もありません。〝全能視〟のレンさんが、尾行や監視に気付かないはずがありませんから」
その通りだとレンは思う。
〝千里眼〟を使えば、自分のまわりで怪しい動きをしている者など即座に発見できる。
そして、今朝の暗殺者のように、いつどこで命を狙われるかわからない以上、警戒は常に怠らないようにしている。
「そこで、教会は魔獣使いを使ってあなたを監視させていたんですよ」
「……ああ、なるほど」
たしかに、人間以外であれば、己の注意から外れることができたとしてもおかしくはないとレンは思う。
「それにしたって、動物が近くで不自然な動きをしていたら、気付きそうなものだがな」
「虫や小鳥を主に使っていたと聞いています。クモやゴキブリ、スズメやハトなんて、さすがに気に掛けないでしょう? そのうえで、複数の魔獣使いが二十四時間体制で監視していたのです」
「オレひとりに随分と大がかりだな。教会からそこまで警戒されるようなおぼえは……」
記憶を辿ると、いくらでもあるな、とレンは思い当たる。
それでも、表立って教会と敵対したことは、そんなにない。
「そこまで警戒されているのは……異端審問の極東支部を壊滅させたのが原因か?」
教会の権威を笠に着て、亜人や異教徒狩りを公然と行っていた連中を、その被害者からの依頼で鏖殺したことを思い出す。
しかし、奴らの存在は聖庁も持て余していたため、レンの行動を黙認すると、他ならぬソフィーナを通じて確認をとったはずだった。
「たしかに、あの時やり過ぎたことで目をつけられたのは事実です。ただ、今のような監視体制を敷かれたのは、一年前ほどです」
レンは小さく息を吐くと、ふたたびバゲットサンドに食らいつく。
話の向かう先が、なんとなく見えてきた。
「二年前から約一年間、レンさんは冒険者としての表立った活動はせず消息を絶っていましたね。教会では、今ほど厳重ではないものの、当時既にレンさんの監視をはじめていました。だから、姿を消していた間、どこにいたのかも把握しています」
口の中のパンと具材を十分に噛み砕くと、スープで喉奥へと流し込む。
「旧魔王領、ですね」
「そうだ」
かつて魔王グリムエヴァールが君臨していた魔族の支配領域だ。
勇者リエル・シンが魔王を討ち取った後は、いくつかの国が支配権を主張し入植を試みたが、すべて失敗している。
魔王は死んでも、魔族が消えたわけではないからだ。
魔族は、繁殖力を除けばあらゆるスペックで人より優れ、そして人を敵視している。
〝勇者〟やその仲間のような実力者ならともかく、普通の人間が侵入すればあっという間に狩られてしまう。
ただし、魔王ほど突き抜けた実力とカリスマを兼ねそなえた指導者は、その後魔族の中に生まれておらず、人間ほどの数もいないこともあり、今は旧魔王領内で複数のコミュニティに分かれて覇を競っている。
人類側ももはや侵入を試みようとはせず、百年以上にわたって互いに不可侵を貫いてきた。
「旧魔王領で、あなたがなにをしていたのかは、わかっていません。あそこは危険すぎて、使い魔を使役する魔獣使いでは侵入することができなかったからです」
「それが、教会がオレを警戒する理由?」
「その通りです。たったひとりで旧魔王領に踏み入るリスクははかり知れません。十分な評価を得て多大な収入も得ているはずの特級冒険者が、どんな目的であんな危険地帯へ向かったのか……もしかしたら、あなたは魔族と通じているのではないか。そして奴らが人界へ攻め入るための手引きをするつもりではないか。教会上層部の中には、そんな仮説を唱える者もいたそうです」
「もしその憶測が当たっていれば、全人類に対する裏切りだな。しかし、オレがそんな真似をする同機があるか? 何の根拠もないのに随分な言いがかりだ」
「ええ。今のはあくまで、ごく一部の過剰に反応している者が危惧している最悪のケースに過ぎません。しかし、動機がわからない以上は、最悪を想定して動くべきという考えにも一理はあります。それに、内通云々ではなかったとしても、不穏な目的をもって旧魔王領に潜入した可能性はあるでしょう。あそこには、魔王軍が人類を殲滅するために開発した兵器がどこかに残されている、などという噂もありますし、レンさんがなにか過激な思想を持って、魔王の遺産を手に入れる可能性だって考えられたわけです」
「……道理ではあるな」
レンは他人事のように、納得したそぶりを見せる。
「……一年前、この国の冒険者ギルドに姿を見せたことで、教会はふたたびあなたを捕捉し、大幅に強化した体制で監視を再開しました。しかし、それからもあなたの行動は支離滅裂。まともにクエストも受けず、各地をふらふらと巡るばかりで、まるで目的がわかりませんでした。そして十ヶ月前に訪れたカーンベイル領で唐突に変装し、旅の商人だと立場を偽り、複数の伝手を頼って辺境伯と謁見し魔道具を売りつけたわけです。その魔道具とは〝覇滅の首飾り〟。かつてあなたが壊滅させた暗殺教団、ジャハマカルの教祖から奪った非常に危険なアイテムです」
レンは感心したように大きく目を見開く。
「そこまで調べがついていたとはな」
「教会の諜報機関は優秀なんですよ……〝覇滅の首飾り〟は、身に着けるだけで持ち主の〝天分〟を含めたあらゆる能力を飛躍的に向上させます。しかも、そうして得た力は、着用者に周囲の者を圧倒し魅了するカリスマまで与えるとか。それだけ聞けば破格の性能で誰もが欲する便利アイテムのようですが、実は重大な副作用もあります。能力だけでなく、着用者の自意識と欲望までも肥大化させるのです。それゆえ、持ち主の多くは欲と力に溺れて破滅に向かい、非業の最期を迎えてきたとか」
「なるほど……カヴァーディル辺境伯がトチ狂って反乱など始めたのも、オレが売りつけた〝覇滅の首飾り〟の影響だと、そう言いたんだな。そして教会は、オレが意図的にそうなるよう仕向けたのだと考えているわけか」
ソフィーナは神妙に頷く。
「だが、いったいどうして、オレがそんな真似をしたというんだ?」
「……これは、私の憶測ですが」
少し間を置いてから、ソフィーナは考えを述べた。
「十三年前、レンさんのパーティーに邪竜討伐を命じた王とその側近への復讐、ではありませんか?」




