第十八話 再会
城を後にしたレンは早々に宿を引き払うと、反乱軍の迎撃に向かうため北門へと向かっていた。
街は奇妙に静まり返っており、人通りも少ない。
反逆者たちが迫っていると住民たちが知っているなら、むしろ慌てて避難しようとして混乱状態となり、暴動でも起きそうなものだ。
そうなっていないということは、おそらく情報統制が敷かれ、外出禁止令も出されているのかもしれない。
そのあたりの事情を、レンは認知していない。
チェックアウトの際に宿の主人に訊いたりもしなかった。
興味がないのだ。
目当ての宝物を手に入れた以上、反乱軍を殲滅した後は、街には戻らずそのまま姿をくらます予定だ。
王とその家臣を半ば脅すような形で報酬を得た以上、脅威が取り除かれた状態で街に戻れば、与えた宝物を取り戻すため、奴らは罪をでっちあげて己を捕縛でもするかもしれない。
「おやぁ? レンさんじゃないですか」
考え事をしながら歩いていたレンは、思いがけず名を呼ばれ、声の方へふり向いた。
視線を向けた先には、飲食店のオープンテラスで食事をとる、ひとりの女の姿があった。
改造された僧衣を纏ったその姿には見覚えがあった。
「……ソフィーナ・ゾハル」
十三年前、レンに二度目の宣託を行い、本当の〝天分〟を教えた、教会の宣託官だ。
ソフィーナは麦酒を満たしたジョッキを掲げてレンにほほ笑んだ。
「いやあ偶然ですねぇ。こんなところで再会するなんて、やはり私たちは強い縁で結ばれているようです」
「どうだか」
彼女と再会するのは、これが初めてではない。
十三年前に酒場で別れてから、彼女はたびたびレンの前に姿を現した。
それはニ、三年に一度ぐらいのペースではあるが、旅先で何度も巡り合うなど、とても偶然とは思えない。
そして再会するたび、彼女は自分と手を組むように誘ってきた。
レンは憶えていないが、十三年前の別れ際にも、熱心に勧誘したのだという。
当然、興味はないので、その都度誘いは断った。
こうしてまた姿を見せたということは、心変わりに期待して、また誘うつもりだろうと推測できた。
いい加減、相手をするのも面倒だと思い、レンはそのまま立ち去ろうとする。
「ちょちょ、待ってくださいよぉ! 約三年ぶりの再会ですよぉ!? ちょっとお話ししていきましょうよぉ!」
「あんたと話す義理も必要性もない。それに、今急いでいるんだ」
「辺境伯軍を迎え撃ちに行くんですね? でもまだ時間的な余裕はあるんじゃないですかぁ?」
正確な指摘に意表を突かれ、レンはふり返る。
「……知っていたのか、反乱のことを」
「私を誰だと思っているのです? 教会の情報網をナメないでください」
言われてみれば当然かとレンは思う。
教会は大陸中の主要都市に支部を持ち、各地の情報を共有している。
当然、諜報専門の機関も有しているだろう。
上級宣託官として教会の命で旅をするソフィーナには、安全性に配慮し、各国の情勢などが伝えられているはずだ。
「私が知っていることは他にもいろいろありますよ? 迎撃地点まで急いで行ったところで、会敵するまでけっこう待つのでしょう? だったら、少しぐらいお時間をいただいてもいいんじゃないですか? なんならご飯ぐらいおごりますし」
レンは少し迷ってから、ソフィーナの前の椅子に腰を下ろす。
「なにを注文します?」
「水――」
だけを頼もうかと思うが、今朝から何も口にしていないのを思い出す。
「あと、適当に食えるものを」
「じゃあランチセットにしましょう。この店はベーコンがいけるんですよぉ」
ソフィーナがベルを鳴らすと、店の中から高齢の店主が出てきた。
注文を伝えると、店主は一瞬レンに怪訝そうな視線を向けてから、店内に戻って行った。
「……この状況で飲食店が営業しているとはな」
「国は戒厳令を敷き、国民の外出を禁じていますが、その一方で、商売を禁止するような触れは出されていません。どうやら御上も、そうとう混乱しているみたいですねぇ」
「戒厳令、ということは軍が動いているのか。ほとんどは反乱軍の迎撃にまわされ、やられちまったはずだが」
「憲兵ですよ。あれを見てください」
ソフィーナが顎で示した方をレンが窺うと、武装した兵士らが足早に歩いていくのが見えた。
「……第五騎士団か」
「ここ数日、彼らが街をまわり、外出中の民を見つけては家に帰しているんです。民の安全を守るというよりは、情報統制のためですねぇ」
「国民にはどこまで知らされている」
「なぁーにもですよぉ。これから逆賊が大挙して攻めて来るなんて言えるわけないじゃないですか。家に閉じ込めたのだって、国民を守るためじゃあなくて、不安に駆られた人々が徒党を組んで暴徒化しないようにとの予防策ですよ。情報を遮断して孤立させれば、とりあえずは皆大人しくしてるでしょうからね。そこまでやっておいて、いつも通りを装うため商店の営業制限はしていないんですから、なにがしたいんだか」
「住民以外は普通に出歩けているようだが」
「外から入って来る人間は門のところで厳しく制限しているみたいですけど、長期滞在者とかは放置されてますね。たぶん、単純に手がまわっていないんですよ。おかげで、こうしてお酒にもありつけるわけです」
そう言って、ソフィーナは麦酒をあおる。
「また昼間っから飲んでるのか」
「うぃー、そういえば、はじめて会った時もこんな感じでしたねぇ私たち」
「ああ……変わらないな、あんたは」
行動ばかりでなく、この女は見た目も十三年前からほとんど変化していない。
記憶違いかもしれないと考え、一瞬〝過去視〟で出会った時を視れば、やはり今とまったく同じ容姿だ。
「私は自由に諸国を漫遊して、お金にも困ったことがありませんからねぇ。気苦労を遠ざけ面白おかしく生きるのが、若さを保つ秘訣です」
「そうかよ」
「レンさんの方は随分変わりましたねぇ。初めて会った時は、童顔でかわいい感じでしたのに、今じゃすっかりくたびれたおっさんじゃないですか。十年ちょいで老け込み過ぎですよ。あなたまだ三十五より手前でしょ?」
「余計なお世話だ」
「そういえば、しゃべり方まで変わってるじゃないですか」
話している間に、店主が料理を運んで来る。
黒パンの間に、卵と葉野菜、そして焼いたベーコンが挟んである。
レンはバゲットサンドにかぶりつくと、食い千切り、機械的に咀嚼する。
「どうです? ベーコンが厚切りでなかなかイケるでしょ?」
「さあな」
適当に返事をしたわけではない。
十三年前のあの日から、レンは食べ物を美味いと感じたことがない。
なにを食しても味気なく、まるで砂でも噛んでいるようだ。
「ありゃ、あんまり口に合いませんでした?」
「そういうわけじゃあない。食いではあるし頼んで良かったとは思う」
「ならいいんですけど……でもそう思ってくださったのなら、レンさんは運がいいですよ。この店、今晩から休業するみたいなので」
「そうなのか?」
「ええ、外出禁止のおかげでお客は全然来ませんし、外から仕入れの商人も入って来られないんじゃ営業し続けるのは無理だそうです。このお店に限らず、今回の反乱は、街の住民の生活に深刻な影響を及ぼしています」
「……そうか」
短く応じたレンを、薄眼を開けたソフィーナの瞳が見つめている。
「……レンさん」
「なんだ?」
「さすがに心が痛むのではありませんか? それとも、この期に及んでなんの罪悪感もありませんか?」
唐突な問いかけに、レンは小さく肩を竦める。
「なに言ってる? どうしてオレがこの状況について後ろめたく感じなきゃならないんだ」
「またまたぁ、とぼけちゃってぇ」
ソフィーナはへらへらと笑ってから、薄めた目を微かに開き、光芒の刻まれた瞳でレンの顔を凝っと見つめる。
「だって、辺境伯に反乱を起こさせたのって、レンさんでしょ?」




