第十七話 交渉
「せ、殲滅?」
レンの言葉に、王をはじめ、その場の全員が呆気にとられた表情を浮かべる。
「なにを、言っている……反乱軍がどれ程の大群かわかっているのか?」
「数万だろうな。まあ五万には届かんだろう。それがどうした?」
「それをひとりで? 正気とは思えんな」
内務卿の呟きに、レンは冷めた目を向ける。
「冒険者の仕事の半分は、モンスターの駆除だ。それを専門で請け負っているような奴も珍しくはない。そしてモンスターってのは大きな群れを作るような種も多い。軍隊でもないのに、千や万の群れを滅ぼすため、オレたちはさまざまな工夫を凝らしてきた。それを人間に適用すればいいだけの話だ」
内務卿はレンの眼光の鋭さに怯んでおし黙るが、代わって近衛団長が続ける。
「それにしても、万の軍を単独で殲滅せしめるなど聞いたこともない。どのような手段を用いるのか説明してもらいたい」
「手の内を明かすつもりはない」
「では信用など――」
「いいか?」
レンは近衛団長の言葉を遮る。
「ソロになって以降、オレが冒険者ギルドで受けた依頼の達成率は百パーセントだ。災害指定魔獣を討伐したことだってある。あんたたちはオレを雇うかどうかだけ決めればいい。オレに任せるのであればこの国は救ってやるし、信用できないということならば好きにすればいい。ただし――」
レンは己の右目を人差し指で指す。
「オレが介入しない場合、あんたたちの中で生き残る奴はひとりもいない。戦って死ぬ者、捕縛され首を落とされる者、どんな最期を迎えるかはそれぞれだが、反乱軍が王都を陥落せしめてから十日も経った頃には、この場の誰ひとり生きちゃいない」
内務卿らはその言葉をただの脅しと受け取るが、レンの噂を知る者は、皆背筋に悪寒が走るのを自覚する。
〝全能視〟の〝天分〟には未来を視通す力があるという。
普通なら子どもだましにさえならない話だ。
だが、特級冒険者がそんな力を匂わせると説得力を感じる。
それどころか、未来を視通せるのなら、若くして冒険者のトップに上り詰めたことも、万の軍を滅ぼすと啖呵を切ってみせたのも、納得できる気がした。
「……よかろう。貴公に任せよう」
王の言葉を聞き、内務卿ら一部の家臣は驚愕する。
「お、お待ちください陛下! 私にはこの者を信用することが――」
「黙っておれ! もう決めたことだ!」
王に一喝され、内務卿は青褪め、口を噤む。
「特級冒険者、レンよ。反乱軍の進撃を阻止してもらいたい。この依頼を達成せしめたのなら、国家予算の一割を支払おう」
王の提示した報酬に、家臣一同息を呑む。
個人に支払う金額としてはあまりにも破格だ。
しかし、レンは首を振る。
「金はいらない。それよりも、国の所有する宝物をいくつかいただこう」
「宝物? なにを欲するのだ」
「これにリストをまとめておいた」
そう言ってレンは懐より取り出した紙を差し出す。
宰相が受け取り王に渡すと、ふたりは畳まれた紙を開いて目を通す。
その顔が、みるみる紅潮していく。
「こ、これは……王家に代々受け継がれてきた神器ではないか! 継承器である王剣まで! 欲深いとは聞いていたがこれほどとは!」
家臣団も一斉に非難の声をあげるが、宰相が手を挙げて制すると、不満を顔に張り付けながらも鎮まる。
「……特級冒険者、レンよ。貴公の要求した宝物は金に換えられるものではない。先に陛下が提示した報酬を受け取るのだ」
「話を聞いていなかったのか? 金は要らない。何度も言わせるな」
「そなたには過ぎた宝だと言うておるのだ!」
「それはこっちのセリフだ」
「な、なに!?」
「たとえば、王剣とやらだが、そいつは〝漂着物〟だろ」
聞き慣れない言葉に、家臣の大半は怪訝そうな顔になる。
すると、意味を知る近衛団長が小声で説明する。
「……ダンジョンなどから発掘された魔道具の中で、この世界の文明レベルを超越した技術で作られたとされる魔道具のことだ。学者の多くが、異世界より漂着したという説を推していることから〝漂着物〟と呼ばれている」
宰相は苦々しげに顔を歪める。
「その通りだ……そしてたしかに王剣は〝漂着物〟。だが、それは公表していない情報だぞ。一介の冒険者が、何故知っておる」
レンはふたたび自分の目を指差す。
「オレの〝全能視〟はすべてを見通す。その剣が、かつて魔王グリムエヴァールを討伐した勇者リエル・シンからの献上品ということも、この城の宝物庫に保管されているということも、なんならあんたらの知らない剣の起源だって知っている」
ほとんどの家臣さえ知らない情報をレンが口にしたことで、王と宰相は息を呑む。
「〝漂着物〟である王剣は、武器として破格の性能を有している。それなのに、使われることもない王の継承器にしておくなど、まさに宝の持ち腐れだ。他の宝物にしても、使い方を知るオレが有効活用してやると言っているんだ」
宰相はいま一度王の手の中のリストに視線を走らせる。
たしかに、要求されたのは魔道具ばかりだ。
宝飾品や芸術的な価値しかない宝はひとつも含まれていない。
「それでも譲るつもりはないというのなら、好きするといい……辺境伯が城から奪った後で、連中から奪うだけの話だ」
王は深い溜息を吐くと、恨めしげな視線をレンに向けながら言う。
「良かろう。反乱軍を退けた後、望みのものを授けよう」
「ダメだ。先払いだ。それもすべてな」
「な、なにを言うか! 宝だけ持って逃げるつもりではないのか!」
「そちらこそ、後払いにすれば、なんだかんだと理屈をこねて出し渋るだろう?」
「ぶ、無礼な!」
「おい。今この瞬間も、反乱軍は王都に迫ってるんだぞ? この状況であんたらに交渉の余地なんてないってこと、いい加減理解したらどうだ」
「ぐっぅ!」
言葉に詰まる王に、今度はレンが溜息を吐く。
「……さっきも言ったが、オレは今まで一度受けた依頼はすべて完遂してきた。だから特級なんだよ。心配しないでも、払うもんさえ払えば、脅威は速やかに消してやるさ。完全にな」
王はなにか言葉を返そうと、レンに向かって何度か口を開きかけるが、やがて諦めたようにうな垂れると、傍らの宰相を見上げて命じた。
「……この者の望むものを、用意せよ」
宝物を受け取ったレンは、玉座の間を去ろうと背を向けるが、歩きだそうとするも、一瞬の間を空けて、ふり返った。
「最後に、ひとつ訊いておきたいことがある」
「な、なんだ?」
戸惑った様子の王に、レンは微かに低めた声で問う。
「十三年前、あなたからの依頼で災害指定魔獣である邪竜の討伐に向かった冒険者パーティーのことを憶えているか?」
王は考えるそぶりを見せるも、すぐに首を横に振る。
「いいや。王家より各地のギルドを通して冒険者に出される指名依頼は、毎年少なくとも二桁になる。それに、王の仕事は他にも山ほどあるのだ。十三年前に依頼した冒険者のことなど、記憶に残ってはおらぬ」
「……そうか」
一瞬、レンの表情が暗く沈んだように見え、王はおそるおそる訊ねる。
「そ、その者たちは、貴公の知り合いなのか?」
「…………いや」
レンはふたたび王に背を向けると、歩きだしながら短く答えた。
「なんでもないんだ、忘れてくれ」




