第十六話 特級冒険者
秘書官から報告を受けた宰相は、大きく目を見開き、おもわず大声を出す。
「なに!? それはまことか!?」
驚愕の表情を浮かべた宰相に、皆の視線が集まる。
「なにごとか」
王に問われ、宰相は一瞬迷った表情を見せながらも答える。
「それが……陛下への謁見を求めて、冒険者が訪ねて来ていると」
「なにを言うておる」
王は不快げに顔を顰め、蠅でもはらうように手を振る。
「なぜ余が一介の冒険者などと会わねばならぬのだ。まして、この非常時に」
「それが……訪ねて来ているのは、特級冒険者とのことでございます」
「なに?」
王の顔色が変わる。
家臣らの反応はまちまちだ。
冒険者のことなどよく知らぬ者は、王の反応と宰相の反応に戸惑っている。
一方、冒険者について一定以上の知識を有している者らは、やはり戸惑いながらも、それ以上に訪問者の肩書きに驚いた様子だ。
知識を持たぬ者のため、宰相が説明する。
「特級冒険者とは、冒険者ギルドが規定する最上位の冒険者、一級のさらに上、まさに特別な存在の冒険者だと言える。冒険者ギルド発足より百七十余年を数えるが、特級に選ばれたのはわずか九名だ」
「はあ」
「特級冒険者は例外なく特別な〝天分〟を持っており、中には単独で軍隊並の武力を発揮する者もいるという」
「は? 冗談でしょう?」
「冗談を言えるような状況ではなかろう。そもそも特級でなくとも規格外の武力を持った冒険者は少なからずおる。少人数でのモンスター狩りを日常的に行っているような連中だぞ」
「で、であれば、最初から冒険者ギルドに加勢を依頼すれば良いではありませんか!」
「冒険者ギルドとの取り決めでな。国家間の紛争や内戦など、軍事作戦をクエストとして依頼することは禁じられている」
「しかし、今は非常時ですぞ! 陛下の御名のもと、国内で活動する冒険者共を徴発すれば、戦力になったのではありませんか!」
「それこそ、ギルドごと冒険者すべてを敵に回しかねん。それで反乱軍側につかれでもしたら、かえって状況は悪化することになる」
「な、なるほど」
ただ、冒険者が軍事作戦に不干渉という取り決めは、ギルド側ばかりでなく、国側の都合も反映したものであると、宰相や近衛団長は知っている。
たとえば〝勇者〟のような強力な〝天分〟を持った冒険者は、国家間のパワーバランスを崩しかねない。
つまり冒険者を軍に雇い入れるような状況は、紛争の火種になりかねないのだ。
だからこそ、軍は他国の侵略や自国内の反乱分子、犯罪組織から国家や国民を護り、冒険者はクエストの一環としてモンスターなどから人々を護ると、役割分担ができている。
「ゆえに本来ならギルドへの依頼というかたちで、反乱軍との戦いの加勢を募ることはできなかった。ただし、冒険者が自発的に加勢を申し出るのであれば話は別だ。それが特級冒険者ともなれば、反乱軍への対抗手段ともなり得るかもしれん。無論、ギルドは良い顔をせぬだろうが、それは冒険者当人とギルドの間の問題であって、我らの知ったことではない」
実際には、国が直接特級冒険者を雇ったりすれば、後々ギルドから抗議を受けるかもしれない。
しかし、国家存亡の危機である今、そんなことは些事に過ぎない。
あるいは、直接依頼を受けられぬからこそ、ギルドが内々にその特級冒険者へ国への加勢を命じたという可能性もあるだろうと近衛団長は憶測する。
「それで、その特級冒険者とは、何者なのだ?」
王が問うと、冒険者についてある程度の知識を持つ者たちは、宰相に注目する。
現在、現役で活動している特級冒険者は三名。
そのうちの誰が訪ねてきたかで、対応も、協力を得られた際の扱いも、大きく変わる。
皆が固唾を飲むと、宰相は一拍の間を空けてから短く述べる。
「〝全能視〟のレンでございます」
その名を聞いた途端、冒険者について識る者たちの表情が曇る。
「むぅ……よりにもよってか」
その反応を、冒険者について詳しくない者たちは訝る。
「どういう、者なのですか?」
内務卿に問われ、宰相が説明する。
「十数年前から急激に頭角を現した冒険者でな。ギルドに受注されるクエストの中には、条件がシビアすぎて誰にも達成できず、塩漬けになっている依頼が多くあるのだが、そ奴はそれを片っ端から引き受け、凄まじいペースで完遂していったのだとか。そのおかげで、ギルドから最年少で特級冒険者に認定されたという」
「それは……頼もしいかぎりではありませんか」
「実力的には申し分ないのだろう。だが、指名依頼に際しては、必ずといっていいほど、無茶な報酬を吹っかけることでも有名でな。ついたあだ名が〝強欲のレン〟。それ以外にも、いろいろと黒い噂が絶えず、評判はすこぶる悪い」
「さ、さようで」
「裏を返せば、人格面に問題があっても目をつぶられるほどに有能という見方もできる」
宰相は王に向きなおる。
「陛下、貴奴とお会いになられますか?」
「……む、無論だ」
王は無意識に玉座から身を乗り出す。
「このまま反乱軍との決戦を迎えれば、取り返しのつかぬ犠牲を払うことは必定。ぜ、〝全能視〟がなに用で謁見を求めて来たのかはまだわからんが、奴を巻き込めば盤面を覆すことができるやもしれん。そのためであれば、どれだけ吹っかけられようが安いものであろう」
「御意に」
宰相に命じられた秘書官が足早に立ち去ると、程なくして、兵士に脇をかためられた男が、玉座の間へ入って来た。
男の髪は乱れて目元まで覆い隠し、頬から顎にかけ無精ひげが生えている。
みすぼらしいローブを纏い、ぼろぼろのブーツを履いており、特級どころかうだつの上がらぬ三級あたりの冒険者と言われた方がしっくりくる。
腰には、大きく目を剥いた顔の得体の知れない人形が吊り下げられており、貧相なナリに不気味さまで加わっている。
その姿を見て微かに顔を顰めた王は、客を迎える前に己の側へと移動していた宰相に小声で問う。
「まことにあれがそうなのか?」
「はっ。宮廷魔導士に命じ、ギルドカードの魔力紋との照合を済ませております。間違いございません」
男は立ち止まると、膝もつかずに王に向かって声を発した。
「ヤール国王、謁見に応じてもらい感謝する」
その不遜な態度に、重臣らは顔を歪めて非難の言葉を口にする。
「な、なんと無礼な!」
「ここを何処と心得る!」
「下賤者めが! 衛兵! 跪かせよ!」
左右の兵士が慌てて冒険者の肩に手を置いた途端、バチンと音が鳴り、ふたりともその場に頽れる。
「オレに触るな」
自衛のための魔法によって無力化された兵士たちを一瞥すると、レンはふたたび王へ顔を向ける。
「礼を失していることは容赦願いたい。なにせ育ちが悪いものでな。それに、そちらとしても時間を無駄にはしていられないはずだ」
「知ったような口ぶりだな」
レンの左手側に立つ近衛団長が口を出す。
その右手は、剣の柄にかけられている。
「近衛団長のメレディス・ウェインライトだな? 〝天分〟は〝剣聖〟、か。王の護衛にはうってつけだな」
己を識る冒険者への警戒から、メレディスは微かに足を動かし、一瞬で抜き打ちできるよう構えをとる。
しかし、レンは殺気を放つ近衛団長の方を一瞥すらしない。
「やめておけ。その剣を抜けば、オレは帰らせてもらう。当然だが、立ちはだかるなら無事で済ますつもりはない」
「おもしろい。試してみるか?」
「や、やめよ!」
王が叫ぶと、近衛団長は柄から手を放して一歩後退り、主に首を垂れる。
あわや一触即発という空気が緩み、家臣団は息を吐く。
王も呼吸を整えると、レンに語りかける。
「〝全能視〟の冒険者、レンよ……貴公の言う通りだ。今、この国は存亡の危機を迎えておる。辺境伯率いる反乱軍が、この王都へ迫っておるのだ。頼みの王国軍も、既に戦いに敗れ潰走したと報告を受けた。おそらく貴公はすべて承知しておるのだろう。そのうえで余に謁見を望んだということは、我らの助けになってくれるつもりなのであろうな」
「理解が早くて助かる。単刀直入に言うと、反乱軍はオレが殲滅してやる」




