第十四話 成れの果て
野原を駆ける少年少女の背中が見える。
追いつこうと必死に足を動かすも、徐々に離されていく。
行かないでくれ、と叫ぼうとするも、どういうわけか声を発することができない。
その先は危ないんだ、戻って来られなくなるぞ。
そう伝えたいのに、距離は開いていくばかりだ。
もっと速く走らなければ。
そう考えた途端、足が縺れて体がつんのめる。
バランスを崩し、地面に倒れ込む直前、前方を窺うと、先頭を走っていた少年が振り向く。
釣られたように、彼の後ろを走っていた少女たちも、次々と振り返る。
笑みを浮かべる四人の顔に視線を巡らせながら、無理やり口を動かし、声を絞り出した。
「みんな! オレも連れて行って――」
自分の叫び声に驚き、レンはベッドの上ではね起きた。
「………………夢、か」
そう気づき、深く息を吐く。
明け方に見る夢に登場するのは、決まってかつての仲間達だ。
先程のように、子どもの頃のカイルたちに置いていかれる夢も、これまでに数えきれないほど見てきた。
悲しい気持ちになるが、今回はまだ良い方で、最悪なのは、彼らを失った時の光景を、追体験するような夢だ。
それは必ずと言っていいほど、夢とは思われないぐらいに鮮明で、起きてしばらくは震えが止まらない。
実際、あれはただの夢ではないのだろうと、レンは気付いている。
眠っている間、無意識に〝過去視〟を使っているのだろう。
そんな夢を見た日は、一日気が滅入ることになる。
相対的に、今日は比較的マシな寝覚めだ、と思う。
寝汗に湿った顔を撫で、レンは周囲に視線を巡らせる。
「……ここは」
宿泊している部屋だとすぐに思い出す。
レンは今、ヤール王国の首都、オーレンに滞在している。
部屋は広く、内装は豪奢だ。
王都でも最高級の宿なのだから、当然ではある。
ただ冒険者はこんな高級な宿泊施設など、あまり利用しない。
贅沢ができるような稼ぎを得ている者はほんの一握りだし、ハイクラスの冒険者であっても、街に滞在するのに無駄な出費はしない者がほとんどだ。
それでも、レンがこの宿を選んだのは、自衛のためだった。
宿のセキュリティが特別優れているというわけではなく、部屋が五階にあるため、賊の侵入経路が絞られる。
レンはベッドを降り、半裸の身にガウンを羽織ると、カーテンを開いてガラス戸を開け放つ。
外はまだ陽が登ったばかりのようで、空が青から薄桃のグラデーションに色付いている。
バルコニーに出ると、黒い装束に身を包んだ男が倒れていた。
うつ伏せの男を爪先でひっくり返すと、白目を剥いて絶命している。
チェックインの直後に仕掛けた罠魔法の餌食になったのだと、レンにはわかった。
念のため〝千里眼〟を使い、屋上や部屋の周囲を視てまわる。
どうやら、昨晩の曲者は足元で死んでいる男ひとりだったようだ。
今のレンにとっては、すべて毎日のルーティーンだ。
賊が何者なのかには興味がなかったが、一応、自分の安全にかかわることゆえ、〝過去視〟で男の来し方を視る。
まずは、ここに至る直前から遡る。
どうやら、屋根伝いにやって来たらしい。
さらに過去を視ると、男の出自が判明する。
「……暗殺教団、ジャハマカルの残党か」
十年以上前に壊滅させた連中だ。
宗教団体を母体とする犯罪組織であり、主に暗殺者の斡旋を行っていた。
「オレを狙ったのは、所属していた組織を滅ぼされたから……つまりただの私怨か」
教団に入る前、男はスラムの不良で構成されたギャング団の一員だったようだ。
組織の汚れ仕事を引き受けるうち、殺しの才覚を教団のスカウトに見いだされ、ヘッドハントされたのだ。
さらに以前は、スリを生業とするストリートチルドレンだった。
そのさらに以前は……。
レンは〝過去視〟を中断する。
これ以上視たところで得るものなどなにもない。
男がどんな不幸な生い立ちから殺し屋に身を窶したところで、同情もしなければ侮蔑も覚えないだろう。
死んだ殺し屋のことなど、記憶の片隅にさえ残す意味はない。
部屋に戻って荷物を漁り、雑嚢の中から巻物を抜き、広げながらバルコニーへ戻る。
巻物には魔法が封じられており、魔導師でなくてもそれを行使することができる。
ただし、高級品であるうえ、一度限りの使い捨てだ。
だから、冒険者が持っている場合は、いざという時の切り札であることが多い。
「〝葬火燼〟」
唱えた直後、男の屍が白い炎に包まれる。
炎は宿の建材には燃え移らず、遺体だけを迅速に灰へと変える。
「遺体を残せば宿に迷惑だからな」
そう独り言ちると、燃え尽き残った白い灰を、階下へ蹴り散らす。
窓を閉めたレンは、洗面所へ向かう。
備え付けの瓶から柄杓で水を掬い、水盆の上で顔を洗う。
タオルで顔を拭うと、目の前の鏡に己が映っていることに気付く。
落ち窪んだ目は濃いくまに縁どられ、無精髭に覆われた頬はげっそりとこけ、伸び放題の髪には白髪が目立つ。
くたびれた中年男だ。
実年齢よりも、だいぶ老けて見えるとレンは思う。
カイルたちとパーティーを組んでいた頃の溌溂とした姿は見る影もない。
「…………あれから、十三年」
レンは鏡に向かってつぶやく。
「あれ」、というのは、レンがソフィーナという教会の宣託官によって、本当の〝天分〟を教えられた日。
そして、己を追放したと思っていた仲間たちの真意を知り、同時に彼らを救えなかった日のことだ。
あの日以降もレンは、冒険者を続けてきた。
ただし、それ以前とは活動のスタンスが大きく変わった。
すべてはたったひとつの目的を果たすため。
それだけのために、レンは〝全能視〟を行使し、どんな冒険者パーティーにも達成不可能と言われるようなクエストをソロで達成し続けた。
結果、今のレンは莫大な資産と、他の誰にも得難い名声を手にしているが、そんなことは彼にはどうでもよかった。
鏡に映る荒みきった目の男としばしの間見つめ合うと、レンはおもむろにつぶやく。
「そんな顔するなよ……今少しの辛抱だろ」
それまでは、己の願いは脇において、冒険者として活動しつつ、その裏で暗躍し続けなければならない。
レンは踵を返すと、出かけるための支度を始める。
今日は宿を引き払ってから、王城に向かわねばならない。
そしてその後には、この王都に迫り来る危機から人々を護るのだ。
「はっ…………我ながら、とんだ茶番だな」
その乾いた声は、無駄に広い部屋に響くこともなく、虚しく消えた。




