第十三話 喪失
レンの肩に手を置いていたソフィーナが、感心したような声を漏らした。
「なるほど、ここから移動に二カ月以上かかる距離を、本当に視通せるんですねぇ。実際に視覚を共有してみると、どれほど規格外の〝天分〟かよくわかります」
彼女が席に戻ると、丁度店員が麦酒を運んで来る。
ソフィーナは礼を言って受け取ると、ふたたびジョッキを呷る。
この女、どれだけ飲めば気が済むのかと、レンは呆れつつ声を荒げる。
「ちょっと! 酒なんて飲んでる場合じゃないよ! カイルたちに危機を伝えなきゃならないんだ! 協力してくれないなら、オレはもう行くから!」
「どうやって?」
「え?」
「どうやって知らせるんですか?」
「ど、どうって――」
どうやってだ、とレンは自問する。
まだカイルたちが生きている、つまり助けられるという期待ばかりが思考を支配して、どんな方法で彼らに危機を伝えるのか、まったく考えていなかった。
「カイルさんたちは邪竜討伐を次の新月に間に合わせるため、急いで旅をしてきたはずです。腕利きの冒険者パーティーが急ぎの旅で二ヶ月かけた道のりを、これからどうやって追いつくというのですか?」
「そ、れは…………あっ! そ、そうだ! 使い魔に手紙を届けてもらえばいい!」
使い魔とは、魔獣使いや一部の魔導士によって使役されるモンスターのことだ。
「〝全能視〟を使えば、使役している使い魔で手紙の配達を請け負っている魔獣使いや魔導士を、すぐに見つけられるはずだ!」
「なるほど。飛行性の使い魔であれば地上を行くよりも比較にならぬほど速く移動できますからね。たとえば、テイムできる最速の使い魔と言われている渡隼であれば、ダカンまで十日といったところでしょうか」
「とお、か」
次の新月まで、あと七日しかない。
「でっ、でも! 使い魔に魔法でバフをかければ速度が上がるかも!」
「使い魔のテイムは簡単じゃありません。そんな使い潰すような真似を許すような人、普通はいないでしょうが、まあ大金を積めば、相手によっては引き受けてくれるかもしれません。それで奇跡的に三日縮まるとして、お友達がダカンに留まっていたなら手紙を受け取ることもできるでしょう」
レンの表情が強張ったまま固まる。
七日後にカイルたちがどこにいるのか、レンは先程未来視で確認したばかりだ。
つまり、どう足掻いたところで、カイルたちに危機を知らせる手段などない。
「……わ、わかって――」
「え?」
レンは、ジョッキを逆さにして、内に残った麦酒の雫を舌で受け止めようとしているソフィーナに、絶望に濁った目を向ける。
「わかっていたの? 最初から、間に合わないって」
「はい、そうですよ?」
「それなら、どうして……気を持たせるようなことを?」
「気を持たせる? 私はあくまで未だ未来は確定されていないと言っただけですよ。その後、レンさんに視覚の共有を試してもらったのは、〝天分〟の使い方を伝えるという自分の使命を果たすためです。ただ……カイルさんたちの様子を視させてもらったおかげで、彼らの〝天分〟も確認することができましたよ。四人とも宣託に間違いはありませんでした。いやあ、皆さんが亡くなる前に確認できてよかった。レンさんが居なければ、使命を果たすことができなかったでしょうね。感謝しますよ」
「……利用したのか? 皆の〝天分〟を視るために、オレの力を」
「利用だなんて、人聞きが悪いですね。ただのついでですよ、ついで。そんなに怖い顔しないでもらえます? お仲間を助けられないのは私のせいじゃないでしょ」
レンはゆっくりとした動作で頭を抱えると、ふたたびうなだれる。
「まあ、お気持ちはお察ししますよ。まだお仲間の皆さんは生きているというのに、邪竜に殺されるとわかっていながら、なにも為す術がないのですからね……とはいっても、現実問題としてどうしようもないのですから、もうこれは仕方がないと割り切って、レンさんはレンさんの未来へ進むしかないのではありませんか? せっかく新たな〝天分〟を得たことですし、それに、ただひとり生き残ったレンさんが大成してこそ、追放までしてあなたの命を救ってくれたお仲間に報いることにもなるのではありませんか?」
ソフィーナはそこまで語るとひと息つき、薄く開いた目の隙間からレンを窺う。
相手は身じろぎひとつしないが、ソフィーナはかまわず続ける。
「そうだぁ! よかったらレンさん、私と一緒に旅をしませんか!? 私はこの通り宣託官としての使命を帯びているわけですが、期限は設けられていませんし、教会への定期報告さえ欠かさなければ、けっこう自由なんですよ! その気になれば、冒険者の真似事もできますし、あるいは商売に手を出すことだって可能です。レンさんがこれからどうするのか知りませんけど、〝全能視〟があれば大抵のことはできるでしょう。そして、レンさんの〝全能視〟に私の〝人見〟が合わされば、さらに可能性の幅は広がると思いませんか? 〝人見〟の〝天分〟を使えば人の才能を見抜くことができますし、レンさんの〝過去視〟と〝未来視〟を利用すれば、相手の望みや弱みを知ることも容易いはず。となれば、新たに優秀な仲間をいくらでも得られるわけですよ! どうです? もう終わった人たちのことなんて忘れて、私と新たな仲間たちと一緒に、栄光の約束された未来を歩いていきませんか!?」
しかし、レンはソフィーナの提案にはまったく反応を示さず、細かく体を揺すりながら、小さくつぶやき続ける。
ソフィーナは小さく首を傾げ、その声をよく聴こうと、耳の後ろに手を当てる。
「……やだ……いやだ……いやだ、いやだ……いやだ……いやだいやだ……いやだ、いやだ……いやだ……」
「あー……」
ソフィーナは苦笑いを浮かべると席を立つ。
「まるで関心がない、というか、そもそも私の声になど気付いてすらいませんでしたか……ま、しょうがないですね。残念ですが、そいうことであれば宣託官としての責務も果たしたことですし、今日のところはお別れするしかありませんね」
ソフィーナは店員の女を呼び会計を済ませる。
その際、勘定よりも多めの金額を払い、しばらくレンをそっとしておいてほしいと頼む。
女が快諾して去ると、ソフィーナはいま一度レンに視線を向ける。
「それじゃ私は行きますが、お互い生きていれば、いずれまた会う機会もあるかもしれません。その時、もし気が変わっていたら教えてください。レンさんほどの〝天分〟持ちであれば、私はいつでも歓迎ですので」
ソフィーナが立ち去った後も、レンはうなだれたままぶつぶつと呟き続け、閉店時間を過ぎても出て行こうとしなかったため、店の店主に叩き出された。
尻を蹴られて歩道に倒れたレンは、体に付着した泥を拭おうともせず、己の宿泊している宿に向かってふらふらと歩きだした。
その翌日より、街からレンの姿は消えた。




