第十話 未来を視る
「まあ、過ぎたことを今更悩もうと憤ろうとどうしようもないでしょう。文句があるならお友達の皆様が戻られてから伝えることです」
「それは、そうだけど――」
「それよりも、〝過去視〟が成功したのですから、次は〝未来視〟を試してみましょう」
正直、もはや〝天分〟どころではなかったが、カイルたちと遠く離れている以上、追放の件で今の己にできることなどないともわかっていたので、レンは深く息を吐くと、ソフィーナの提案を受け入れることにした。
「……わかったよ。それで? 〝過去視〟と同じように、知りたいことを心に思い浮かべれば良いの?」
「間違ってはいないのですが、先程の〝過去視〟は、自分自身の体験とも繋がっている情報だったからこそ、スムーズに視ることができたのです。〝過去視〟でも自分と関わりの薄い情報ほど、いつ、何処で、といったことを明確にイメージする必要があるのだとご理解ください」
「あ、ああ」
「そして〝未来視〟では、それがさらに重要になります。なにしろ現時点では実際に起きるか不確定な出来事を視ようというのです。小さな要因でさえ、未来を大きく変えてしまう可能性があるので、視る対象の情報はかなり正確に認識する必要があります」
わかるようなわからないような話だとレンは思う。
ただ、いずれにせよ、自分の視たい未来は決まっている。
「カイルたちが邪竜を討伐する未来を視ようと思う」
「なるほど。場所は邪竜の巣、クレタ山中腹の洞窟とわかっていますからねぇ。しかし、いつかはわからないのでは?」
「次の新月の晩だよ」
レンが言い切ると、ソフィーナは首を傾げる。
「そんなこと、どうしてわかるのですか?」
「あいつらの移動速度は誰より把握している。距離を考えると、今頃フェニムラ手前の宿場町あたりのはずなんだ。急げば新月に間に合う」
そして、強い力を持ったモンスターを討伐する際、タイミングを合わせる余裕があるなら、新月を選ぶのが冒険者のセオリーだ。
月が満ちるほど魔獣は活性化し、狂暴になる。
理由としては、地上に充ちる魔素量が増えるからだというのが通説だが、正確なところはよくわかっていないらしい。
ともあれ、災害指定魔獣が相手であれば、万全を期して新月に襲撃をかけるはずだとレンは確信する。
「それに、たしか邪竜は昼行性の魔獣だったはず。夜襲すれば寝首をかける」
「なるほど。だから次の新月の晩、ですか」
ソフィーナは微笑むと両の掌を打ち合わせる。
「素晴らしい! さすが、お友達のことをよくわかっていらっしゃいますねぇ。それでは、早速〝未来視〟を試してみてください」
「う、うん」
レンはたった今整理した情報を強く意識しながら、未来を視たいと強く念じる。
すると、周囲の景色が凄まじい速度で流れ始めたかと思うと、視界が店の外へ飛び、空へ舞い上がり加速し始める。
眼下では地上の景色が滑るように移ろい、昼と夜が数秒で流れ去り、すぐに光の明滅しか認識できなくなる。
「うっ!」
情報の洪水に酔い、レンの意識が遠退きかけるが、唇を強く噛んだ痛みによってどうにか気絶するのを耐える。
すると、唐突に視界が固定され、その光景にレンは息を呑む。
「こっ……これは」
レンは天空から地上を見つめていた。
意識を空に向けると、視界も上向く。
夜空には星が瞬いているが、月は確認できない。
「つまり、新月の晩か」
ふたたび視界を地上へ向ける。
世界は闇に包まれているが、〝全能視〟の恩恵で、レンには昼間と同じように景色を見わたすことができる。
ただ、〝過去視〟に比べると、どこか視界に膜がかかったような、微かな違和感がある。
それに、耳元を通りすぎる風の音も、くぐもって聞こえるような気がする。
〝未来視〟の方が扱いが難しいと言っていたソフィーナの言葉をレンは思い出す。
たしかに、情報の取得精度が他の能力よりも落ちるのかもしれない。
ただし、不都合と感じるほどではないし、〝過去視〟よりも魔力を食っているようにも思えない。
未来を視るのに支障はない以上、今は能力の把握よりも、ここがどこなのかを知るのが先決だ。
そう考え視線を巡らせる。
「……ここは」
ほぼ眼前に、巨大な山がそびえている。
左右対称の独立峰で、頂上付近は槍の穂先のように尖っている。
その特徴的な地形から、レンはここがクレタ山であると断定した。
「つまり、今あそこで、カイルたちが邪竜を討伐している、のか」
レンは口内の唾液を呑み下すと、視界を山へ寄せていく。
まるで猛禽になったような速度で急降下し、ふたたび酔いかけ、おもわず口をおさえる。
実際に飛んでいるわけではないとわかっていても、体は視覚情報に反応してしまうものらしい。
「うっぷ……邪竜の、巣は――」
すぐに、山の中腹あたりに巨大な洞穴を発見する。
あれなら、竜の巨体でも出入りは可能だろう。
「……間違いなさそうだな」
レンが洞穴の中へ意識を向けると、視界が高速でその中へと吸い込まれる。
管の中を流れるように移動する間、洞穴内に無数に転がるモンスターの死骸を認める。
どうやら邪竜以外にも多くの魔獣が棲み着いていたようだ。
侵入者であるカイルたちを排除しようと襲いかかったものの、返り討ちにされたのだろう。
やがて洞穴を抜けた先には、ドーム状の空間が開けていた。
その広さにレンは驚く。
街がひとつ余裕で収まりそうだ。
おそらく、自然にできたわけではあるまい。
元々あった洞窟を、邪竜が掘り拡げたのではないか。
「そんなこと考えてる場合じゃないな。カイルたちは――」
『いやぁあぁああああああああああああああ!!!』
洞窟内に響き渡った悲鳴に、レンは身を竦める。
「なっ…………なんだ?」
声の方に意識を向けた瞬間、今度は洞窟を震わせるような咆哮があがり、そのあまりの音量と恐ろしい響きに、全身が硬直する。
「…………い…………今、のは?」
間違いなく、邪竜が吠えたのだとわかった。
声が放たれたのは、悲鳴と同じ方向のようだった。
体は硬まったまま動かないが、視界は自由に動かせる。
声の方へ視界を飛ばすと、洞窟の奥は、今まで視点を固定していた場所よりも大きく窪んでいるのだとわかった。
その窪みの下に、禍々しい姿の魔獣をレンは発見する。
「あれが、邪竜ニーヴルーン、か」
全身を漆黒の鱗と鎧のような甲殻に包まれた巨大な蜥蜴だ。
背中には折り畳まれた四枚の翼が生えており、目は血のように赤く、不気味な光を放っている。
もっとも特徴的なのが腕で、身長に近い長さであり、拳を地面に突いて上体を支えている。
体高は独眼鬼の倍以上はあるだろう。
こいつからすれば、人間はネズミぐらいの大きさに見えるはずだ。
ひと目見て、レンはカイルが正しかったと悟る。
己の手に負える相手ではない。
戦闘に参加すれば、間違いなく足手纏いになっていたはずだ。
「そ、そうだ、カイルたち、は?」
一瞬、彷徨わせたレンの視線が止まり、眼前の光景を認識して頭が真っ白になった。




