第九話 戸惑いと反発
『あいつの〝天分〟は戦闘向きじゃねえ。災害指定魔獣との戦闘にゃついてこれねえだろ』
『まあ……オークにさえ苦戦するぐらいだからね』
『しかし、斥候としては優秀だ。〝遠見〟で偵察だけしてもらって、あとは後方に待機してもらえば――』
『それだよ』
ナディーンの提案を、カイルは途中で遮る。
『あいつ、自分が戦力としちゃ劣ってるってことにコンプレックスでも持ってんのか、率先して前へ出ようとしやがる。やめろっつっても聞きやしねえ』
『それは、そうだが』
『昔から勝ち気だったからねぇ。喧嘩弱いのに。今回だって単独行動して死にかけたんでしょ?』
『ああ』
〝碧天の迷宮〟で巨喰蚯蚓に襲われ、カイルに助けられた件だ。
『なんにせよ、テメエだけ後ろで待ってろなんて言ったって、あいつは納得しねえ。それが危険な戦いなら尚更だ。実際、完全に足手まといってわけでもねえからな。あいつの〝遠見〟なら、死角からの攻撃に気付いて注意を促したり、敵の隙や弱点を見つけられる可能性もある。だから、強敵との戦闘であるほど、あいつが参加してくれりゃ心強くはあるんだ』
己に対するカイルの意外な評価に、レンは戸惑う。
『ただ今回ばかりは相手が悪い。魔法が使えるわけでも身体能力が優れているわけでもねえあいつは、竜の攻撃にゃ対応できねえだろう。オレらも守ってやる余裕はねえと思う。そうなると、レンが生還できる可能性はかなり低いとオレは考えてる』
『たしかに。私も同じ見立てだ』
『でも、それじゃあどうするの?』
ミーシャに問われ、カイルは溜息を吐く。
『あいつに抜けてもらうか、みんなで冒険者辞めるか、どっちかしかねえ』
『それは……』
三人はしばし言葉を失う。
『ほ、本当に、他に方法はないのかな』
『オレだって散々考えた。他に良い案があるなら出してくれ』
三人は黙り込んで頭を捻る。
『えっと……レンくんを拘束して置いてくとか?』
『乱暴だな。だが、そりゃオレも考えた。ただあいつの〝遠見〟は拘束を解くのに向いてる。普通は後ろ手に縛れば結び目は見えねえが、あいつなら視認できる。縄抜けに必要な道具とかも簡単に探せるだろう』
『では殴って昏倒させてはどうだ』
『薬か魔法で眠らせるのもあり』
『力技ばっかだな! だがあいつだって冒険者だ。しかも危機察知能力はこん中の誰より長けてる。仕掛けるなら邪竜の巣の最寄りの街の宿とかになんだろうが、オレ等がなんか企んでるって見抜けねえほど間抜けじゃねえだろ』
カイルは深く溜息を吐く。
『邪竜討伐の依頼を知ったら、あいつは意地でもついて来る。そういう奴だ。おまえらも長い付き合いなんだからわかってんだろ。仲間が命張ろうって時にテメエだけ安全圏で待っていられるような性格じゃねえんだ』
『レンの居ない間に集まったのは、それが理由?』
スーの指摘に、カイルは頷く。
『ああ。あいつを関わらせねえようにするには、依頼について知られる前にパーティーから外れてもらうしかねえ』
『で、でも、いきなり理由も説明せずにやめろなんて言っても、納得しないでしょ』
『だから、口裏合わせて、追放するようなかたちで辞めさせるんだよ。それでオレらに幻滅すりゃあ、あいつもわざわざ探ったりして、こっちの真意に気付くこともねえはずだ』
『……そんな、ウソでしょ?』
ミーシャが嘆き、ナディーンは青褪め握りしめた拳を震わせている。
『辛えだろうが聞き分けてくれ。あいつのためだ』
「なん……っだこれ」
呟いた瞬間、レンの視界がふたたび歪み、追放された直後の酒場に戻る。
『とにかく、これでレンが邪竜討伐で死ぬこともなくなったわけだ。そう考えりゃうまくいって良かったと喜ぶべきだろ。なあ』
どこか投げやりな口調でカイルが言うと、ナディーンがぐすぐすと鼻を鳴らす。
『泣くなよ。人目だってあんのによ』
『今さっきこのテーブルの周りに認識阻害の魔法をかけた。誰にも見られる心配はない』
口の端にクリームをつけたスーがそう言うと、ナディーンは耐え切れなくなったようで涙をこぼし始める。
『ありがと、スー……カイルの言うことは、わかるのだけど……やっぱり辛いし寂しいよ……あんな別れ方』
『そんなの……オレだってそうさ』
『べつにこれが今生の別れじゃない』
スーの言葉に、三人の視線が集まる。
『邪竜を討伐したら、また仲間に誘えばいい』
『あんな酷いこと言ったんだ。許してくれるとは思えないよ』
『許すか許さないかはレンが決めること。私たちは誠心誠意謝るしかない。でもレンなら、ちゃんと説明すればきっとわかってくれるはず』
『そ、そーだよね! さっすがスー! 冴えてるぅ!』
ミーシャが抱き着いて頭を撫でると、スーは顔を顰める。
『ミーシャ、暑苦しい』
『えー、いいじゃんいいじゃん』
じゃれるふたりを見て、ナディーンの表情が和らぎ、カイルが苦笑する。
『スーの言う通りだ。それに、もしそん時、あいつが既に新しいパーティーに入っていたとしても、和解はできんだろ。たとえ離れたって、オレらが幼馴染で家族なのは変わらねえんだからよ』
カイルの言葉に三人が首肯した直後、レンの視界が揺らぎ、目の前で酒を煽るソフィーナが現れる。
「おや? ようやく〝過去視〟が終わったようですね」
どこか遠くを視ていたレンの、目の焦点が合ったことで、今現在の視覚に戻ったのだとソフィーナは気付く。
「……あれが、本当に過去にあったことなの? 信じられない……オレに都合の良い幻覚じゃないのか?」
呆然とした様子で独り言つレンに、ソフィーナは首を傾げる。
「なんの話です?」
問われたレンは、しばし言葉に詰まった後、〝過去視〟で視た出来事についてソフィーナに語って聴かせる。
たどたどしい語りを終えたレンに、ソフィーナは伝える。
「間違いなく、実際に過去に起きた出来事ですね」
「なんで、そう言いきれるの?」
「あなたのお友達も、再宣託の対象なんです。だから、私はここへ来る前の街のギルドで、レンさんだけでなくカイルさんたちの行方をも尋ねたのです」
カイルたちも同じ教会で宣託を受けたのだから当然かと、レンは納得する。
「レンさんが街を出た直後、カイルさんたちも国からの指名依頼を受諾し、北西の都市フェニムラへ向かうため街を発っています。フェニムラといえば、邪竜ニーヴルーンが巣にしている洞窟がある、クレタ山の最寄りの町です」
そんな情報、当然レンが知るはずもない。
つまり、先程視たのはレン自身の願望を反映した幻覚などではないということだ。
「良かったじゃないですか」
「へ?」
「お仲間から裏切られたわけじゃなかったことがですよ。それどころか、レンさんの身を案じたからこそ、不本意にも悪辣な演技であなたをパーティーから追放したのでしょう? お友達から見限られたどころか、とても深く思いやられていたんですね」
「良かった……のか?」
思ってもみなかった真実を知ったレンの心を、安堵よりも戸惑いが支配していた。
あの酷い訣別は、己の命を守るために仕組まれた茶番だった。
それをいったいどう受け止めれば良いのかわからず、レンは追放された時のカイルたちとの会話を胸の内で幾度も反芻する。
すると、腹の内が熱く煮えたぎり、表情も自然と険を帯びる。
「……良くねえよ。なんだよ、それ」
「おや?」
「オレの意見はなにも聞かずに勝手に決めやがって! ふっ、ふざけんな!」
憤りをあらわにするレンに、ソフィーナは肩を竦める。
「だからぁ、言ったら意地でもついて来るとわかっていたから騙してまで追放したのでしょう? その反応を見るに、カイルさんたちの判断は間違っていなかったのでは?」
「くっ!」
ソフィーナの指摘に、レンはぐうの音も出ない。
実際、正直に打ち明けられたところで、ひとりで留守番など絶対にしなかったとレンは確信する。
それどころか、カイルたちが自分を拘束したり、一服盛ったりする可能性を考慮し、あらゆる備えをしていたはずだ。
場合によっては、一時的にパーティーから離脱し、現地に先乗りしたうえで、討伐時に合流するという行動さえとっていたかもしれなかった。
そして同時に、自分では災害指定魔獣とことを構えるのに、力不足ともわかっている。
だから、ソフィーナの言う通り、己を死なせないためには、カイルたちの判断は正しかったとも理解している。
だがそのすべての成り行きに、己の意思がまったく介在していないのが、レンにはどうしても納得できない、受け入れられないのだった。




