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ハルカ

その日ハルカは家で朝食を作っていた。

神楽坂かくらざか ハルカ。

18歳。

黒い髪をポニーテールにして縛っている。

この髪型はハルカも気に入っていた。

朝食作りは幼いころに母を亡くした神楽坂家にとってハルカの仕事だった。

そのため、下の弟たちにとってハルカは母親のような存在であった。

ハルカの兄弟は兄ヨシノリ、弟ヒデアキ、弟タツオの三人だ。

「姉ちゃん、腹が減ったー!」

「おなかすいたよー!」

弟たちが食事の催促をしてくる。

よほどおなかがすいたのであろう。

それにヒデアキは12歳、タツオは10歳だ。

成長期であるため、食べる量も多い。

「もう少し待っていろ。食事はみんなでいっしょに取るものだ。まったく、腹が減った、腹が減ったとまるで雛だな」

ハルカはそう言って苦笑する。

ハルカにとって弟は大切な存在だった。

ハルカの家『神楽坂家』は古い武家の家に当たる。

兄のヨシノリは勉強はできたが、運動はからっきしダメだった。

それは兄ヨシノリのコンプレックスになっていた。

それはそうだろう。

ヨシノリは生まれた時から神楽坂家を継ぐものと期待されていた。

当然、武道の道を歩まされた。

ヨシノリは努力はした。

それも常人の二倍は努力した。

だが彼には才能がなかった。

武家の家で嫡男に生まれたのに、武道の才能が全く欠如していたのだ。

ヨシノリは小さいころから勉強ができた。

それもただできただけではない。

何度も学校から表彰された。

ヨシノリは優秀な学業を修めて晴れて、晴雲せいうん大学に合格した。

この大学は入るのは簡単だが、卒業するのは難しいという特徴があった。

そのため、ヨシノリはとにかく勉強した。

ヨシノリは自分の将来を、と探究に向けた。

ヨシノリは科学者になりたかった。

そんなヨシノリに対して、ハルカには武道の才能があった。

ハルカは勉強よりは運動、中でも武道に向いていた。

ヨシノリとは才能が真逆だったのだ。

それがヨシノリとハルカの関係に影響を与えていた。

いくらヨシノリが勉強ができたとて、嫡男失格の自分と、嫡子としての才能

それは彼の見えざるコンプレックスによった。

ハルカは炊飯器からご飯を、そしてみそ汁をすくい、おかずを盛り付ける。

「よーし、できたぞー!」

「わーい!」

「腹減ったー!」

弟二人の盛大な声がとどろく。

二人ともおなかをすかせていたのであろう。

二人とも成長期、しかも男の子である。

食欲はすさまじかった。

結構食費に与える影響は大きい。

兄ヨシノリはこの場にはいない。

ヨシノリは部屋で勉強している。

ハルカにはわからなかったが何やら難しいことを学んでいるようだった。

ハルカがヨシノリの部屋にやってくる。

ヨシノリは案の定机の前で勉強していた。

「ヨシノリ兄さん、朝食はここに置いておきます」

「ああ、後で食べるとしよう。ハルカ、ありがとう」

ヨシノリは教科書を見つめたまま、はるかには振り返らない。

ヨシノリにとっては勉強の方が大切なのかもしれない。

ハルカは少しさびしくなった。

「はい、どういたしまして」

ヨシノリは必ずお礼の言葉を添えることを忘れない。

ヨシノリは感謝しているのだ。

ハルカはそれを聞くとうれしくなる。

ハルカは弟たちのもとに戻ってきた。

弟二人はリビングのテーブルに座っていた。

ハルカも自ら着席して食事を取る。

「いただきます」

「「いただきます!」」

朝食を三人は召し上がる。

弟二人の食べ方は今一つマナーにのっとっていない。

弟は二人ともパワフルでエネルギッシュだ。

二人は必ずご飯のお代わりをする。

今は成長期であるからかなり多く食事を食べる。

時にはみそ汁までお代わりすることもあるくらいだ。

ハルカは食費の多さに頭をかかえることもあるが、同時にうれしくもあった。


ハルカは食事の後、道着を着て道場で修行していた。

こうして武道を修行しているときが、ハルカにとって一番充実している時間だった。

静かな時が過ぎていく。

ハルカは木刀を縦に、横に、振るう。

それはまるで風の刃のようだった。

ハルカはもはや誰も利用しない道場を貸し切りで利用できるのだ。

ハルカは静かな道場で木刀を振っていく。

ハルカは神楽坂流の使い手である。

ハルカは考える。

本当は集中していなければいけないのだが、最近よく考えることだった。

それはヨシノリについてだった。

兄は武道の才能がなかった。

そのため、父と母はできればハルカに道場と流派を継いでほしかったようなのだ。

ハルカの父と母は病でもうなくなっている。

そのため、ハルカは幼いころから独立心が旺盛だった。

それに幼い弟二人のこともあった。

自分は満足に親に甘えられなかったが、弟二人には甘えさせてあげたいという思いもあった。

兄は超然としていた。

両親の死後兄はもはや親はいないものと考えろ、と言った。

それはハルカの胸に刺さった。

兄が難しいことを勉強しているのも、将来一家を支える存在になりたいと思っているからだ。

責任感の強い人だった。

学校の成績でも必ず上位に入っていると聞く。

すごいことだとハルカは思う。

自分には絶対にまねできない。

せめてハルカには食事の面倒を見ることくらいしか兄にしてやれることはない。

どうしてだろう。

兄と自分はいつからすれ違ってしまったのだろうか。

兄と自分はその才能のあり方が全く違った。

兄は勉学に、自分は武道に、それぞれ才能があった。

才能があること自体はいいことだと思う。

しかし、兄に武道の才がないことはその存在に深く突き刺さっている。

本当は兄も武道をやりたかったのだろう。

なぜ、そう生まれてしまったのだろうか?

神はなぜ私たちをこのように創造したのか?

すべてはそれとも遺伝やDNAのせいなのだろうか?

ハルカの頭に雑念が生じては消えていく。

「いけない。集中しないと」

ハルカは頭を振るった。

ハルカは木刀を鋭い太刀筋で振るっていく。

何度も同じ斬撃を繰り返す。

どんな斬りも結局はひたすら訓練することだ。

武道の基本は反復にある。

何度も同じ斬りを反復するのだ。

ハルカは一撃一撃の斬りを確かめつつ木刀を出していった。

こうして武道と向き合っているときがハルカの一番幸せな時間だった。


ハルカは道場での修行後、登校した。

朝ご飯作りと修業はハルカの日課となっている。

ハルカは高校への道を歩いた。

服装はベージュのベストに緑のミニスカート。

ハルカはあまりスカートは好きではなかった。

道は坂になっていて、そこを登っていかなければならなかった。

とそんな時に。

「へえ……こんなところに能力者候補がいるとはね。フフフ、初めまして」

一人の男がハルカの前に立ちはだかった。

彼は銀色のマスクをつけていた。

一目で妖しい人物だと判断できる。

服は黒い衣だ。

「? あなたは誰ですか?」

「フフフ。ぼくはネタムエル。異世界の者だよ」

「異世界!? テレビで言っていた!?」

ハルカは驚いた。

ハルカは現在月州が異世界から攻撃を受けているということを知っていた。

ネタムエルが残忍な顔を見せる。

「さて、能力に目覚める前に殺させてもらいますかね!」

ネタムエルは赤い爪を出すと、ハルカに襲いかかった。

ハルカは今は武器を持っていない。

完全に丸腰だ。

これでは戦えない。

その時。

「なっ、なん!?」

「大丈夫か?」

ハルカは目を恐る恐る開けた。

そこには青いプロテクターをつけた男性が刀を構えて立っていた。

彼の刀はネタムエルの爪をガードしていた。

「なっ、何なんだ!? おまえは!?」

ネタムエルが狼狽する。

ネタムエルにとってはこの男性の乱入は想定外だったのだろう。

ハルカにとっても意外だった。

「おまえたち対ダエモノイド専用の者だ」

男性――天馬が刀でネタムエルを斬り払う。

「安心してくれ。俺が君を守る」

天馬はニコリと笑いかけた。

ハルカの心から不安が引いていく。

ハルカは天馬が強いことを直感で気づいた。

そのたたずまいに隙が無い。

「うっ……」

ハルカはしゃがんだ。

ハルカの前に光がある。

これはエーテルの光だった。

どうやらハルカは天馬やネタムエルと接触したために、能力に目覚めつつあるらしい。

「!? まさか、能力に目覚めつつあるのか!?」

高い声でしゃべる天馬。

「くそ! そうはいくか!」

ネタムエルが爪で天馬に突き付けてくる。

天馬はそれを刀で斬り払う。

「ああああああああ!!」

ハルカの前で光がはじけた。

そしてハルカの前に一振りの刀があった。

「これは……?」

ハルカは刀を手に取る。

ふしぎだった。

まるで自分の体の一部のような感覚を覚える。

神経がつながり、感覚が一体化するかのような感じ。

「それが君の能力だ。刀を形成する力だ」

天馬が教える。

「刀を形成する?」

ハルカは刀を構える。

それから、ネタムエルとの戦いのために前に出た。

この刀があれば自分は戦える!

ハルカは光が満ちていくのを感じた。

「ハハハハハ! どうしたんだい? そんな刀一本でぼくに勝てると思ったのかい?」

ネタムエルがあざ笑う。

ネタムエルにはおもしろくて仕方がなかった。

こんな滑稽なことがあるだろうか。

力に目覚めたばかりの人間が、ダエモノイドと戦おうとするとは。

ネタムエルは自分の絶対的な優位性を自覚した。

だが、それは粉々に粉砕されることになる。

「神楽坂流・明月斬めいげつざん!」

ハルカは月のような光をまとい、ネタムエルに斬りつけた。

ネタムエルは爪でガードする。

しかし。

「なっ!?」

ネタムエルの爪は切断され、ハルカの刀はネタムエルを斬った。

ネタムエルの体から血が吹き出る。

「うそ、だろ!? 覚醒したばかりだというのに……!? このぼくが!?」

ネタムエルは信じられないという顔をして、ばたりと倒れた。

そして黒い粒子と化して消えた。


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