左団扇、その代償ということ
本日の夕食はナンなん?
なんつって。
……ヤバい。今のギャグ…………。
ウィットに富んでたな。口にするべきだった。
しかし未だに名前を知らないということが躊躇させる。メイドさんはナンに挟む具材を切り分けている。香辛料を効かせたお肉と水で戻した乾燥野菜だ。
最近この宿屋での夕食が楽しみで仕方ない。食卓にメイドさんがいるだけでこんなに違うなんて……。
発見だ。
同期が晩酌を楽しみにしていた理由も分かるというもの。ぼっち飯でも味は変わらないと強がっていた頃の自分と一席打ちたくなってくるわ。
三食付く食事は毎回メイドさんが配膳に着く。お風呂はお湯が有料で日没までの予約が必要だ。お風呂に付いているサウナは毎日大体十時頃まで言えば暖めてくれる。自分でお湯を出せるので頼んだことは無いが。
毎度メイドさんがカートを押して持ってきてくれる食事は、量は多くないが美味しい。別のメニューもあるらしく、テーブルには毎日違う料理の名前が書いてあるお品書きが置いてある。別料金。
朝食と夕食しか食べていないが、宿泊料金を払っているのも今日と明日の二泊。明日は休みを取った。昼食が楽しみだ。
働き詰めだったから、偶には宿のサービスを活用したいものだ。
そう休日。
連日働いていた俺は最近になって気付いた。
あれ? 仕事が楽じゃね? と。
これだけ連日働こうものなら、日本に居た頃は汗なのか謎の液体なのか判別がつかないものが汗腺から溢れ出て、ようやく取れた翌日の休日も起きたら終わるというものだった。
しかし今は違う。
体の疲れは早期に取れ、朝は活力に満ち溢れ睡眠が短くてもグッドバイ。高めの宿屋だというのに薬草の在庫に頼らずとも取れる採算。
とうとう俺も勝ち組に足を踏み入れてしまったのかもしれない。
左団扇だ。扇ぐ方から扇がれる方へ。
そうなってしまうと、人間とは際限なく求めてしまうもの。
狙うわ。三種の神器。
嫁、家、車。
一番入手し易い車から攻めたい。一番難しいのは目の前にあるのに手が届かない。これが恋愛……。早いとこ名前を聞かなきゃね。名前まで聞いたら結婚までは直ぐだと思うんだよな。俺のおとんが言ってた。
食事の用意が整うと、メイドさんは「それでは」と言って出ていくのが慣習だ。給仕を付けるとまた別料金。分かりやすく料理のランクも上がるが、給仕は専用の教育を受けた給仕がいるとのこと。
つまりメイドさんが来なくなってしまう。それでは本末転倒。
メイドさんは切り分けた肉を皿に盛り付け、コップを水で満たし終え、配膳を終えた。
いつものように、不備がないか確認の為にこちらを視線で伺う。他のご要望を受け取る数瞬の間。
今だ。
今、言うのだ。
名前を聞いて、明日のランチを供にするのだ。
「それでは」
「……はい。ありがとうございます」
丁寧に頭を下げるメイドさんにオジサンは返礼を返すのみ。
無情にも閉まり往く扉。
……なに。大丈夫。次のチャンスがあるさ。まだ二泊……今日合わせずとも一泊残っているじゃないか。
最終日に朝チュンだな。きっとそう。
そうと決まれば腹拵えだ。せっかくメイドさんが手ずから用意してくれた食事を残す訳にもいかない。
まあ作ってくれたのは色黒の歯だけ白いマッチョさんなんだけどな。ここのシェフなのか用心棒なのかは微妙なところ。水の販売で会った時はビックリした。ついお世話になってますって言っちゃったもんな。
食事を詰め込み、お風呂に浸かり、ジャージに着替えた俺は、灯りの魔道具を消して床に着いた。
……ここ異世界だよな?
暗闇を見つめていたら、いつも通りの平日や現代日本の自室と変化がない気がした。
やっぱり明日は外出しよう。デートに誘う、これでいくべきだ。
オジサンが異世界で可愛い子と中世デート。
うん。
とってもファンタジー。
今日も日差しが厳しいな。砂漠だもんな。
宿屋を出た扉の前で、笑顔で空気を吸い込む。日は既に昇り、街道を歩く人達は多くタープを張り出し日除けを作る時間帯。
一人。
そう一人。ぼっちとかいうクールな感じじゃない。
寂しい方だ。
言い訳をしたい。だって朝ご飯を持ってきたメイドさんに声なんて掛けられるだろうか? 良識ある大人が、どう見ても「今日は仕事」の人を誘えるだろうか?
無理に決まっている。
臆病で受け身な俺だが、今日の判断は別に腰が引けた訳じゃない。
そんな言い訳。
とりあえず気分転換に街を散策しよう。このままここに居ても迷惑だしな。
入れ替わるように白い法衣を着た人が来たので、すれ違う時に軽く会釈をして場所を譲る。
そのまま人の流れのままに足を進めて、久々の買い物へと洒落込む。
露天巡りだ。
売っている飲み物がほぼ水か酒なので、酒を買い込む。飲めないが絶対に役に立つだろ酒。そして食糧。現地の美味しい食べ物をと……思っていたのだが、最近のトレンドはミミズの肉らしい。柔らかくてジューシーなんだとか。
流石にミミズは……。
仕方ないので駱駝の肉とかにする。まあミミズよりはいいかな。変な煮物? スープ? も鍋ごと買う。いや美味しいんだわ。魔女か煮立ててそうなスープなのにな。本当のファンタジー。
何件も買い歩き、何人もの店主にハグされる。全員男性。女性の店番はいないかな?
通りをキョロキョロと見渡していると、いつもカクタス団子を仕入れるお店の店主さんを見つける。二十個銅貨一枚なんて投げ売りをしているが、需要は安定してあるそうだ。目が合ったので軽く目礼をしたら手招いてきた。
なんか酷く慌てている。この前売った水に何かあったかな?
従うままに近寄ったら、しきりに辺りを見渡すと店の陰に連れ込まれた。女性がいい、女性だったら大歓迎なのだが、カクタス団子屋の店主は変な髭のオッサンだ。
オッサン二人で陰の中。腐ってるな。勘弁してほしい。
「ヤマナカヤマナカ!」
なかなかなかなか。
「どうしました?」
万難を排すことに定評のある笑顔でご対応だ。福も来るらしいから万能だよな。
「ヤバいヨ、ヤマナカ! 魔導師ギルドが重い腰を上げたらしいヨ!」
「ほう。それは大事」
何が大変なのか全然分からない。しかし合わせるって大事。相手の慌てっ振りを見るに、ここで「何それ?」とは言えない。
真剣にコクコクと頷く団子屋の店主に驚いて見せる。
「スグに国を出た方がいいネ。ワタシの知り合いに商人がいるヨ。安全なルートで国外いけるヨ」
……んん? なんで亡命みたいな流れになっているんだ?
「ヤマナカ、外区のみんな感謝してる。殆どの家、治った。クルドも大体駆除。水も、たっぷり。雨季まで持つネ。だからみんな知らんぷりヨ。でも限界。どうも協会も絡んでて圧力が掛かったらしいネ。早く逃げるヨ」
うん。つまり仕事が無くなると言いたいのかな? 協会って何? 儲かっているみたいだから宗教の勧誘があると?
しかし国の外に出なきゃいけない程なのか? しつこい勧誘だな。
「成る程」
大体分かった。
俺もそこそこ異世界しているからな。こっちの世界の人が「ヤバい!? ずらかれ!」を合い言葉にしているのは知っている。最初の街でもそうだった。困ったら逃げるが定期。
しかし俺は現代日本からやって来ている。ご近所トラブルの解決法なんて腐る程ある。
大体は我慢。
ここは様子見することにしよう。なにせもう直ぐ結婚かもしれないのだ。
「明日の晩に隊商が発つネ。潜り込めるようにしておくから……」
「いえいえ。そこまでお世話になる訳にはいかないです。大丈夫ですよ。自分でなんとかしてみますから」
危なく出立の流れをせき止める。
「うーん……一応、手配だけはしとくヨ。使わなくても大丈夫ヨ。でも無理はよくない、わかるネ?」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
少しばかり不安そうな団子屋の店主に頷く。ここで無理に断ったら益々心配されそうだしな。しかし人が良い店主だな。騙されたりしないのか心配である。
ひとまずヒソヒソ話を切り上げ、カクタス団子を買い占める。店主は感極まって抱きついてきたが、皇都に仕事が無くなるのなら他の街に出張しなきゃいけないから買い込んだだけである。
しかし仕事が減るのはよくないよな。巡業とかも考えべきか? いや、いきなり単身赴任はヤバいよね。子供に「だあれぇ?」とか聞かれたら……あれ? 我が子だと思えば悶え死にしそうだな? オジサンはいつの間にこんなにショック耐性がついたのだろう?
考え事をしながら歩いていたせいか、またもやタープのパーソナルスペースにイン。まあ露天巡りだしいいけどね。
「い、いらっしゃいませぇ!」
おっと。いつぞやの水売りのお姉さん(年下)ではないか。やや緊張したような声を上げているのは、今日がジャージ姿だからだろうか?
上Tシャツに下ジャージは休日のオジサンスタイルである。でもこちらの服と比べると上物に入るジャージ。これで出歩くと貴族か商人だと勘違いされる。
自営業だから商人で合っているかもしれないが。
しかしこちらが覚えているのにあちらは覚えてないってショックだな。どうしたショック耐性。正式にスキルを取らなきゃ駄目なのか。
そんなオジサンを前にしてお姉さんはパタパタとブロックサイン。瓶の前でお手伝いをしていたような子供が通りへと駆け出す。
二人きりだ。人払いをして何をしようというのか。
まあ、直ぐ両隣に露天があるし普通に道から見えるんだけどね。
もたもたしている俺を置いて、他のお客さんが並んだので先を譲る。
「あ、今日はもう店仕舞いで」
「ああん? もう売り切れかよ」
「またご贔屓にー」
俺の後ろからコップを差し出した別の客にお姉さんが接客だ。
ああ。閉店だったのね。
「お、お客さん!」
踵を返そうとする俺の腕にガッチリと抱きつくお姉さん。腕が幸せだ。絶対に離さないという意志を感じた。
結婚しかないな。
メイドさんに水売りのお姉さんと、これは……モテ期と呼ばれる現象なのでは?
三十代を迎えるに当たって、部屋でヤケジュースを飲みながら「そんなん都合よくないわ!」と独身だった同僚の「来てる、モテ期」発言に嫉妬した自分を訂正したい。
来るね、モテ期。
多分俺の人生に三回もチャンスは無い筈。
ここでモノにしなければ。
「はい、なんでしょう?」
「み、水買ってきません!? サービスしちゃう!」
……閉店だったのでは?
しかしサービスという言葉の前に些細なツッコミなど霧散する。オジサンという生き物はサービスという言葉に弱い。弱点だ。しかも若い子がサービスなんか言っちゃったらそれが既にサービスだわ。
「確か、瓶一杯で銀貨二枚でしたね」
「へ? あ、うんうん! 今日はタダでもいいよ!」
なんとタダ。
しかし良いのだろうか? 流石にタダは心苦しい。適正な値段は払いたいじゃないか。
ポッケからアイテムボックスで銀貨を二枚取り出してお姉さんに渡す。
「ではこれで」
「ま、まいど、あり……」
なんだろう。前もやったやり取りなのに浮かない顔、というより焦燥感が見える。
「か、瓶そのままじゃ運び難いでしょ!? ちょっと待っ――」
「いえ大丈夫ですよ」
手間取らせまいとズタ袋経由でアイテムボックス・イン。
どや顔のオジサンに顔を青くするお姉さん。しまった。どや顔はないよな。
なんか居辛い空気になってしまった。ランチに誘いがたい。
「そ、それじゃあ」
「待って!」
オジサンが「この後、仕事ある? 食事しない」と小粋に声を掛けようと……した、した筈、したと思う、したかなぁ………発言を遮ってガシリとオジサンの手を掴んでくるお姉さん。
積極的。
特に「えーと、えーと」と言葉に迷っている感じが凄くいいよな。
「さっきの水、なんだけど……あー、えー、そ、その……少し残して貰えないかな? そ、そう! お金貰った人がいて、……いてー、えーと……こ、小分けする瓶を取りに行ってるから!」
なんと予約分があったのか。そりゃ売ったら青い顔するわな。
「構いませんよ」
再びズタ袋から水瓶を取り出すオジサン。どうせなら空の瓶もあるのだがと提案する。
「そ、その人、その瓶からしか水を飲まないの」
「そうですか」
なら待つかな。幸い今日は休日、時間もある。あわよくば食事にも誘える。ガッチリと掴まれた腕に可能性を感じるよ。笑顔にも力が入る。
待つこと十分程。
予約のお客さんではなく黒ローブくんが道の向こうから来ている。
まあこの都に住んでいるんだし、変ではないのだが。
なんだか物々しい様子。
通りを歩いている人は道の端に寄り、露天は慌てて店仕舞いをしている。
嫌われているなぁ。
黒ローブは十人以上の集団で往来をふんぞり返って歩いてくる。カーブした道の先からも来ている。いつかの再来。また喧嘩するみたいだ。
そりゃ店仕舞いもする。
この店はいいのかと、未だに腕を掴んでいるお姉さんをチラリと見る。
お姉さんはゴクリと喉を鳴らして先頭を歩いているローブくんを見つけると、スルリと手を離して駆け出した。
「あ、あたし! あたしが見つけました! ここにいます! ここです!」
ローブくんに駆け寄るお姉さん。指先はオジサンを差している。
ローブくんが懐からチャラチャラと音が鳴る小袋を取り出して投げると、それを受け取ったお姉さんが中身を確認してハシャぎながら人ごみに消えていく。
……どういうことだ?
ポッカリと穴が空いたように居なくなるオジサンの周囲。いつの間にか両隣の店もない。
オジサンの居る所にだけタープが張られ、対峙するように黒ローブ集団が距離を置いて包囲する。他の人は更に外側から距離を置いて恐々とこちらを見ている。
「逃げ足が自慢みたいだが? 使わないのか?」
嘲るようなローブくんの言葉が届く。
……これ俺に言ってるよな?
どうやら今日のターゲットはオジサンらしい。誰彼構わず喧嘩売るとか十代か。
「ジ・アビ・ウェル」
しかもブツブツと何か呟いている。若い奴ならツイートなのにオジサンになると独り言と言われるのは何故なのか?
「エヌ・ウェバナ!(土塊の飛礫)」
困っているオジサンに礫が飛来する。ローブくんの前方の空間に砂が集まり拳程の石になったかと思えば、オジサンが好きとばかりに突進だ。
モテ期、ヤバいな。
だが断る。
次元断層。
バチバチと音を立てて四つの石がオジサンの頭部にヒット。再び砂に還元される石。理に導かれたようだ。
「ハハハハハハハ! 油断したな! 貴様のような無教養な輩は知るまいが、詠唱には短縮という技術……が……」
ゆっくりと前に出るオジサン。喧嘩は無為であるとばかりに手をポッケに入れてご登場だ。凄んだりした事がないので、とりあえず笑顔だ。
抵抗は無駄だとばかりに余裕を演出。勿論、オジサンの抵抗がだ。
こんな登場をしてみたかった。しかし喧嘩はよくない。内心はドキドキしつつ落としどころを探る。
「はて、何かされましたかな?」
気にしてないよ、大丈夫だよとアピールしたつもりだったが、これは如何。言っててこれじゃない感が凄い。
焦るオジサンに焦るローブくん。
「くっ! 『合唱』だ! 詠唱を始めろ」
「い、いいのですか? 生け捕りにするのでは? 流石に街中で殺害は……」
「構わん。第一、ギルドも捕まえるように言ってるしな。抵抗した奴に、三級の俺の判断で仕方なく、だ。火系下級! ニ、一」
「「「サイス・ニード・カアチェイ――」」」
突然歌い出した集団にオジサンは困惑を笑顔で隠す。『合唱』って。歌を歌われても困るよな。なんだろう、砂漠の人って喧嘩前に歌い上げたりするのが慣習なんだろうか?
臆病で受け身なオジサンはアイテムボックスからハッカの根っこを取り出して口にする。ブレスケアがない異世界。口臭に気をつけるために先日購入した物だ。香辛料系の料理って気になるよね。
アタリメに似ている珍味だ。しかし吐き出す息はメンソール。
いい物見つけたよな。
「ぐっ!? 後悔しろ!!」
しかしオジサンの逃避がローブくん的に逆鱗。リアルにコメカミに血管が浮き出て怒髪天。
観衆が悲鳴を上げて離れていく。ピリピリと空気が張り詰めていき、細かい砂礫が浮かび上がる。
乾燥してるなー。砂漠だもんね。
「……一応、聞いておいてやる。財産を全て差し出し奴隷落ちするなら助けてやるか……考えてやろう」
うわー。全く助ける気のない提案だ。
どうやら歌は終わったらしい。言っちゃなんだがリズムもないし声の張りもない、異世界の音楽はどうなっているのか?
兎に角、喧嘩を止める気ないみたいだ。
なんて返そう。
ギャラリーにも注目されている。安全は確保しているので格好つけたいな。偶にはいい。
強気でいこう。
「敬語で喋れ」
年上だぞ?
口をクチャクチャと鳴らしながら話す俺がマナーについて注意とかヤバいよな。ローブくんの瞳孔が開いて目ん玉の血管を浮き出した。ちょっと怖い。
「……ニ、一」
「「「「パーク・エル・サドメ!(炎塊の標)」」」」
血管が切れんばかりに膨れ上がったローブくんが片手を上げてカウントダウン。
なにがしか叫ぶ黒ローブ集団の頭上に、デコボコした歪な三メートル程の炎の塊が浮かび上がる。次いでその巨体に似合わず素早くオジサンに近寄ってくる。
着弾と同時に立ち上る火柱。タープが瞬時に燃え尽きる。
「ハハハハハハハ! 悔やめ! その無知を!」
馬鹿笑いするローブくんを炎の中から見つめる。
轟々と燃え上がる炎に観衆もどよめく。
そろそろお巡りさん、来てもいいと思います。
「ハァーハッハッハッハァ! ハハハ……ハ、は?」
炎が収まると同時にオジサンがこんにちは。再び異世界アタリメをポッケから取り出してモグモグ。
観衆も静かになってしまった。そら白昼堂々と爆撃を始めたらそうなるよな。オジサンも分かるよ、その気持ち。
「ひ、火耐性の装備だ! 知らない衣装だが、俺が見るに火熊の織り糸だろう。各自で狙え! 火系以外でだ!」
ローブくんの言葉に降ろした杖を再び構える黒ローブ集団。
「う、撃て撃て!」
再び飛び交う魔法。可視化した風の刃だったり、土の飛礫だったり、水で硬度を増した岩だったりと様々だ。
これには息を飲んでいた観衆も声を上げる。
見事だもんな。
魔力が魔法を使って生活費を稼ぐ上で大切だと語っていたのに、後先考えずに魔法を放っちゃう青さ。
十代って若いよな。
しこたま魔法に被弾しながらも俺は若人を眩しそうに見つめた。
明日からの仕事って大丈夫なのか?
しばらくされるがままに魔法を受けるオジサン。
風魔法いいよな。もっと、風! って感じかと思ったけど普通に見える。やっぱり効果大事だよな効果。次は風魔法を取得しようかな。でも魔導書って気になるんだよな。ポイントないんだよなー。クルド倒してもレベル上がらないからなー。レベルを上げる為に強いモンスターと戦う………………ないな。
オジサンの柄じゃない。
「ハア、ハア……ば、化け物めっ……」
お? 終わったかな?
息も絶え絶えと這い蹲る黒ローブ集団。あー、魔力を使い切ると疲労感あるよな。……でもそんなにか? 誰も彼も死にそうな顔だ。運動不足なんじゃないのか?
いつの間にか観衆の声も消えていた。黒ローブがゼエゼエと喘ぐ声だけが虚しく響く。
さて憲兵に突き出そう。なんせ無抵抗を決め込んでいたのだ。証人も多数。まさか俺に非を唱えられまい。
早く帰ってメイドさんの配膳で昼飯と洒落込もう。
そして誘うのだ。ディナーに。
一人一人に空間振動を叩き込もう手を上げようとしたら、布地と皮の混合軽鎧を纏った憲兵さんが観衆を割って出てきた。手には槍。黒ローブ集団の倍の人数がご来訪。
ナイスタイミングだよ。
聞き取りをする班と槍を構えて包囲する班に手早く別れる。
ハンズアップするオジサンだが、観衆から事情を聞いた憲兵さんはオジサンに槍を向けない。やはり証人がいるって大切だよな。前の街では証人がいなかったばかりに牢屋行きだったもんな。
「災難でしたね。こいつらのクランはよく暴走するんです」
近寄ってきた憲兵さんが忌々しそうにダウンしている黒ローブを睨みつける。俺に対しては同情的な視線を向けてくる。
「ええ、いきなり魔法を放ってきまして……」
沈痛な面持ちでご返事だ。観衆さん、挑発したのは内緒で頼む。
「事情聴取はしますが、直ぐに解放と――」
「なんの騒ぎだ」
憲兵さんの言葉を深いバリトンが遮る。
この会話をカットするタイミングに聞き覚えのある苛立ちを含んだ声。
……本当かよ。このタイミングかよ。
現場を保存している憲兵の方々を威圧しながら、観衆の空けた道を通って黒ローブに銀糸で紋章を縫い付けた壮年のダンディーがご登場。
マジもんのクレーマーだ。
しかしここからの逆転は無理だよな。むしろ同じグループに属してるように見えるから、責任を取る立場だよな。
なのに消えない不安感。
クレーマーは押し留めようとする憲兵さんを振り払って囲いの中に入ってくる。何事か言葉を掛けられた憲兵さんが悔しそうに怯んでいる。
「……これはなんのつもりだ」
問い掛けというよりは詰問するように言葉を投げかけてくるクレーマー。
ローデック・シドガーさん。
これに、俺の傍らに立った憲兵さんが眉間に皺を刻みながら不機嫌に対応だ。
「あなたのクランメンバーが街中で攻撃魔法を行使しました。威力も規模も規定を超えています。罰金に罰則は免れません。受け渡しは中区の詰め所になるでしょう」
おお、格好いいな憲兵さん。いいぞ、もっとやれ。
「……ふむ」
チラリとローブくんを見つめるローデックさん。
「……その者は魔導師ギルドから探すように触れが出ていた気がするが?」
「騎士団にも届けは来ています。ですが、それは召喚であって手配ではないはず。賞金首でもないのに『生死問わず』など……正気ですか? 確認を取れと言うのなら取りますが?」
「あー、待て待て。誤解されては困る」
片手を上げて落ち着くように促すローデックさん。場を支配しているような立ち回りだが、そんな立場にない筈。
「勿論、魔導師ギルドがそやつを召喚するよう願っているのは分かっておる。いわば招待だ。まさか間違う訳がなかろう? しかし魔導師ギルドと我々ではそやつを追う理由が異なるのだ。そやつはな……」
観衆を意識するように溜めを作るローデックさん。注目が十分に集まったことを確認しながら再び口を開く。
「我が長年の研究成果を奪った疑いがあると見ている」
殆ど言い掛かりだな。しかし観衆はザワザワとざわつき出している。
チラリと憲兵さんを見るが、憲兵さんは信じてないのかウンザリした顔つきでローデックさんを見ている。
「それは証拠があるのですか?」
「確証が無ければ、このようなことを口にはすまい」
いやいや、憲兵さんは証拠を出せって言ったんだよ。自信があるって返してどうすんだよ。
「しかし、それでは」
「わかっておる。しかし人的被害は出てないのだ。こちらの意志も汲むべきではないか? 被害の出た建物には、我がクランが責任を持とう」
やれやれ仕方ないとばかりに顔に皺を刻むローデックさん。当たらなかったからいいじゃないかと信号無視するドライバーみたいな理屈だな。
再び言い募ろうとする憲兵さんにローデックさんが手を上げて対応する。
「あー、しかし、しかしだ。それは勿論、そやつが潔癖であるとの証明がなされたらの話だ。ここは話を穏便に済ます為にも、そやつを我がクランで取り調べたい」
「……それなら、我々の立ち会いの下」
「ハッハッハ、何を馬鹿な」
本当に人の話を遮るのが好きなクレーマーだな。
首を振り振り、全くこれだから素人はと言わんばかりの態度だ。
「我が研究成果は魔法の秘奥だ。そやつが本当に犯人なら、同じクランの者でもない限り立ち会いなど認められる訳があるまい?」
無茶苦茶だ。無茶苦茶な理論展開。クレーマー舐めてたよ。理不尽通り越してるぜ。
これに砂を噛む思いをしているのが憲兵さん。立場的には一蹴したいところだが、ローデックさんが与える影響ってのがあるんだろうな。この場に無理矢理入り込んで来たことがそれを物語っている。
仇はオジサンが討とう。
何よりオジサンも些か頭にキている。
さあ、いくぜ。
「罪には問いません」
声を上げたオジサンにローデックも憲兵さんも観衆も注目だ。
オジサンはニコニコと笑顔で対応する。
「物的な被害について、私からは何も言う権利はありませんが、少なくとも私に攻撃したことについては、私は罪に問いません」
「そ、それは」
「ほう、なかなか物分かりがいいではないか。では場所を移そう――」
「しかし私があなたがたに取り調べられる理由もありません」
散々インターセプトしていたローデックの言葉を、今度はオジサンがカットだ。
不快に感じたのかローデックの眉がピクリと動く。
「愚かな。たった今そうせねばならぬ理由を述べたであろう? これだから知恵の浅い者は……」
「愚かですね」
大仰にリアクションを取るローデックに被せてヤレヤレと肩を竦める。これにはローデックも不穏な気配を漂わせる。
「あなたに私を調べる権利はないでしょう? そもそもの話、あなたが嘘を吐いてないとも限らないのですから」
「……私が虚言を述べていると?」
「ハッキリさせる為に、取り調べを要請しましょうか?」
先程のやりとりを槍玉に上げて皮肉る。今や笑顔は嘲笑いに変わり、ローデックを見下したような態度をとる。
ピクピクと怒気を漂わせるローデックに更に後押しをする。
「勘違いしないでもらいたいのですが」
ローブくんに視点を移すして挑発だ。
「そちらの彼らの魔法は私にとって取るに足りない物だったので、罪に問わないと言ったのです。児戯に劣る魔法と呼ぶにも恥ずかしい代物でした。赤ん坊が手を振り上げたからと、攻撃されたと喚いてもなと……。あー、君。先頭の君。師は?」
「私だ」
「才能がないですね」
代わりに答えたローデックに、誰が、とは明確にせずに返答する。
今や能面のように表情を消したローデックは、いつの間にか出した杖を手が白くなるほど握り締めている。
憲兵さんも空気を読んだのか、盾を取り出して観衆の前に位置する。
「…………立て。引き上げるぞ」
しかしローデックはボソリとローブくんに呟くと撤収を促した。意外と冷静だな。
最後に一押し。
「壊した建物の責任は取ってくださいねー?」
限界まで張っていると思っていたが、ローデックはこれにも反応を示さずローブくんだけがギリギリと歯を鳴らした。
腫れ物を扱うように通りの真ん中に開けられた道を、黒ローブの集団が帰っていく。十分に距離が出来たところで、隣に立った憲兵さんが詰めていた息を吐き出した。
「ちょっとはスッキリしましたか?」
「フッ、ハハハ! ああ、スッキリしたぜ! やっこさんがあれだけ怒って帰ってくとこなんざ見たことないぜ」
そうか。良かった。俺も頑張ったかいがあったよ。
「よし、おめーら! 被害状況まとめとけ! 全部丸ごと請求してやれ!」
威勢のいい返事と共に散っていく憲兵さん。観衆にもガヤガヤと声が戻ってくる。
しかし間違いなくこのまま終わりはしないだろう。クレーマーの恐ろしさはその理不尽な発言としつこさにあるからな。
「面倒な事になったなぁ」
雑踏の先に消えた黒ローブ集団を見据えて、俺は呟く。
勿論、空気を出しただけだ。




