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魔法を扱う者ということ



 メイドさんに連れられてロビーへ。


 振り振りと振られるお尻に俺への好意を見た。誘ってやがるってやつだ。


 間違いない。押せばいける。


 とはいえ。


 ちゃんと段階を踏んでお付き合いまで持っていくのが大人のマナー。お付き合い、同棲、デキ婚の前段階。


 まずはお互いの名前を知るところから始めようと思う。


 しかしキッカケは欲しいよね。向こうから「お名前はなんというんですか?」と言われるような。


 ピンチをチャンスに。


 このクレーマー騒ぎを見事に乗り切り、お部屋で二人になった時に聞き辛そうにしている彼女に優しく促すジェントルメン、俺。


 完璧だ。


 これがプランニングなら会議で全員賛成を貰えるレベル。知ってるぜ。これがテンプレートとやら。


 ならばここは、格好良くいくべきだな。毅然とした態度。理路整然とした発言。


 見せてやるぜ三十代後半アダルティー。半袖ジャージ姿は勘弁な。


 ロビーには相変わらずハイソな人達が多い。


 某RPGで有名な商人っぽい人や金髪角刈りのイケメン青年に、質の良さそうな黒いローブを着た壮年の紳士からこれ見よがしな成金センスなご婦人。


 クレーマーは…………あれかな?


 紫色の煙が出る体に悪そうな葉巻を吸っているお爺さん。


 あれだろう。


 ロビーに憩い場所と置かれているテーブルセットの一つで新聞を読みながらくつろいでいる。片方の目には眼帯。海も無いのに海賊感だ。片手が義手なら役満だろう。


 次元断層、発動。


 念のためだ。今から行うのは話し合いだ。


 しかし異世界。ゆえのファンタジー。


 いきなり斬り掛かられる可能性だってあるだろう。しかし今日は引かないと決めている。キメてやる結婚。


 チラリと凛々しい顔でメイドさんを見るといなくなっていた。


 あれ? どこ行った?


 視線を飛ばせば直ぐに見つかった。どうやら俺が立ち止まっている間にフロントまで足を進めていた模様。先を案内してもらっていたからね。


 遅れてはならぬと駆け足気味に追い付く。メイドさんの目的地はフロントだったようで既に足は止まっていた。


 なんだろう? やっぱり支配人さんが仲介を務めてくれたりするんだろうか。


 フロントにはいつもの受付の男。頭を下げてくるのに返礼する。皆勤だよ。夜にお勤めを終えて帰ってきた時もいるんだから。ちゃんと睡眠は取っているんだろうか。


「こちらの方がお客様をお訪ねの方になります」


 フロントの受付くん?


 かと思いきや、メイドさんが掌を上げて指し示しているのは、フロントの前に居た黒いローブを着込んだ壮年の紳士だ。


 黒いローブは銀糸で縫い込まれた何かの紋章がワンポイントになっているオシャレな感じ。下に着ているインナーも黒で纏めている。身長は俺より頭一つ高く、短めの茶色い髪を七三に分け深い緑の瞳が知性を映し出しているが、今は不快げに眉間に皺を寄せ、俺を下から上まで確認すると鼻を鳴らした。


「初めまして。私、ヤマナ」


「あー、よいよい! 聞くに値せんわ」


 胸に手を当てて自己紹介をしようとしたところ、うるさげに手を振って遮られた。


 いやさ、人違いってこともあるかもしれないじゃない。確認って大事だと思うんだ。


 しかしこちらも喧嘩腰になっては話が進むまいと笑顔で堪える。


「そうですか。それは失礼を。本日は私に御用があると伺ったのですが?」


 折り目正しく対応した俺に対して、壮年の紳士はこれ見よがしな溜め息を吐いて答えのような独り言のような言葉で応えてきた。


「魔法を安売りするなど、どのような輩かと思えば……予想に違わぬ痴れ者よ。このような勘違いが魔を軽く見て周囲を巻き込み、末に果てる。故に我々全体の質を落とす……」


 残念そうな視線で見下してくる壮年の紳士の瞳は冷たい色を宿していた。


「止めよ」


「……は?」


 あ、やべ。


 紳士の眉間に皺が一本増える。


 ブツブツと呟かれた言葉がとても会話してる感じでは無かったので、つい聞き返してしまった。


 紳士の手が脅すようにカウンターに叩きつけられる。


 ビクッとなるカウンターの男。


 ビクッとなるメイドさん。


 ビクッとなるオジサン。


 紳士? 違った。クレーマーだ。


 静けさに包まれてしまったロビーでクレーマーが口を開く。


「今ここで、金輪際魔法を使わぬと、いや、魔導に携わらぬと誓え。知っていようが我が名はローデック・シドガー。真なる魔を導きし者よ」


 それが説明の全てだと言わんばかりに口を閉ざしたローデックさん。


 おおう。真なるクレーマーよ。


 こういう手合いを激発させてはいけない。どういう思考回路でそうなるのかは不明だが、最終的に暴力を振るってきて、それが当然で許されるとばかりに考えちゃったりするのだ。


 穏便に帰って貰わねば。


 まずは不快を覚えている根っこを聞き出さねば。この人、なんの説明もしてないからね。


「ご納得いける意見ではありますが、手前の魔法が何かご不興を買うような事をしましたでしょうか? ご高名な方と比べるべくもないものなので、どうかお知恵をお借りできたらと」


 ピクリと眉が上がるローデックさん。これでもまだ不快ですか。ヤバいな。こちらの言葉はなんであれムカつくといった最上級者じゃないか。社長を呼んでこいの人だ。社長が来てとしても同じ事しか言わないのにな。


「貴様、師は?」


 市? 生まれかな? 住所かな? というか異世界にもあったんだね何々県何々市。


 指名手配の可能性もある俺としては前の街の名前を言うのもヤバいよな。


「流れ者でございまして……」


 転勤族。


 通じるかな?


「大方、エリクセルからの落ち人といったところか……ふん。競争に負けた敗者が、それでも他国ならとでも考えたか。マギステライル魔法公国が魔導の頂点などという戯れ言を教育されていては仕方あるまいがな」


 知らない単語ばっかだ。メモするまで待ってくれないかな。


「よいか?」


 待ってと言いたい。


 しかし、はあヤレヤレといった面倒事を仕方なく引き受けているという態度と億劫そうな口調は、話を遮ったらまたもや怒りへと変わるのだろう。


 とりあえず粛々と頷いて話の続きを拝聴する。


「本来なら貴様は私と言葉を交わせる程の格ではない。しかし猪口才にも低級の者が足を踏み入れがたい宿屋にこもってその仕事の横槍を入れるなど、賢しらぶった涙ぐましい小者の考えのせいで私にまで話が及んだのだ。その矮小さには呆れる。しかし魔を導きし者として貴様の為に苦言を呈してやろうというのだ。阿呆のように魔法を撒き散らすのを止めよ。どのような環境で学んできたから知らぬが、魔力の枯渇には死の危険すらある。元来、魔力回復にも三日、一週間と掛かるため我々魔導師は魔法を安売りせぬ。分不相応な野心と売名目的であろうが貴様の今後の為に言葉を掛けてやろう」


 眉間に指を当てて溜め息を吐き出すローデックさん。


 やはりクレーマー。喋りたいことが沢山あるんだろう。殆ど理解できないが神妙な顔をして聞く。ネズミ退治とどう関係するのやら。


「魔導師を止めよ。貴様には才能がない」


 元よりなったつもりがないのだが……。


「随分と頑張って魔力を捻出しているようだが……私の見立てでは後二日と保つまい。直に死が訪れよう」


 言いたいことは言ったとローデックさんは愚か者を見るように俺を一瞥して帰っていった。


 なんだったのだろう。家で嫁と姑にストレスを溜めて発散するために喋りたかったねかもしれないね。


 ローデックさんが重厚な黒い扉から出て行ったのを見計らって、ロビーにいた人に頭を下げる。ご迷惑お掛けしましたー。


 メイドさんと受付くんにもお詫びとばかりに銀貨を握らせる。


「なんか美味しい物でも食べて」


 席を変えようにも流れるままに立ち話となり、受付くんやメイドさんも一緒に叱られるような形になってしまった。


 面目ない。


 次からは部屋に通してお話を聞くようにしよう。


 一段落着いたと見て俺も外への扉に向かおうとしたら、受付くんからお声掛けだ。


「ど、どちらへ?」


 え? だってもういい時間だもの。


 受付くんの問いに笑顔で答える。


「今日の仕事にいってきます」


 予約が詰まってるからね。










 トラブルが起こったのは、十二件目のお仕事先でだ。


 やや押してしまったスケジュールを間に合わせるために、移動しながら食事をして駆けつけたお家。


 デカい家だ。


 俺の主なお客様のお住まいは一DKか二Kのお家が大半だったのだが、ここはお庭付きの広いお屋敷といったところ。


 こういう建物は中区より中心の方にあるものだと思っていたのだが、どちらかというと外区の方が多いらしい。


 税金の関係だとか。


 中区は職人街的な様相を呈しているらしく、免税を受けている臣下や職人の住まいが多く、面積的に広い外区には貧富様々なお宅がある。


 しかしスラム的な雰囲気はない。すげー。流石は都。


 それでもこの手合いのお客様っていったら貴族様か金持ちじゃないだろうか? 民間の個人企業でいいのかね?


 門前で名前を告げて使用人の方に案内されてお屋敷内へ。


 応接間なのかやや広い部屋に通される。


 部屋にはお屋敷の主人らしき人がボディーガードらしき厚手の布装備の人を二人従えて座っていた。


 そして来客用の椅子には黒いローブの若者が。


 嫌な予感だぜ。


 銀糸ではないが、その白い糸で縫い込まれている紋章は何処かで見た気がする。忌々しげな視線と依頼人の前だというのに横柄な態度にも既視感が。


 デジャヴ。多分そんな魔法。


「おお! あなたがヤマナカ様で?」


 しかしご主人の方は嬉しそうに歓待の声を上げてくれる。


 そうです。私が変じゃないオジサン、ヤマナカです。


 こくりと頷いておく。状況がよく分からない。こちらのローブくんは紹介してくれないのだろうか。


 しかしローブくんは直ぐに俺から視線を切ると、まるで俺など居ないかのようにご主人と会話を始めた。


 ここは様子見だ。


「俺は依頼を受けてここにいるんだが?」


「しかしそれは間違いなく二日前にキャンセルした筈だ。その分の金はギルドに納めている」


「これだから素人は……。いいか? 数ある魔法の需要の為に、俺たち魔導師は綿密なスケジュールを組んで魔力の回復に務めている。ここには定期的な依頼の為にわざわざ足を運んでやっているんだぞ? 突然依頼を切られたらこちらもいい迷惑だ」


「し、しかし依頼はその都度出していましたし……依頼を受ける者が出る前にきちんと撤回したのに押し掛けられては……」


「あらかじめ組んでやったのだ。礼を言われるならともかく、そのような言い掛かりは止めろ」


 押し売りだ。これブッキングに見せ掛けた押し売りだよ。


「どうしてもと言うなら分からんでもないが……こちらにも予定がある。今回の依頼料である金貨一枚とキャンセル料にもう一枚、それと迷惑料に更に一枚で合計金貨三枚頂こうか」


「……何を馬鹿な」


「既に予定された資金で研究費用に使っているからな。そちらの落ち度なのだ。責任はきっちり取って貰いたい」


 論破したと言わんばかりに足を組み変えてドヤ顔を浮かべるローブくん。


 押し売りでもなかった。アレな人だった。


「そもそも……」


 チラッとこちらに視線を飛ばしフッと嘲りを浮かべるローブくん。


「本当にこのような者が魔法を使えるとでも? どのような噂に惑わされているのかは知らんが……魔力の欠片もないぞ」


 飛び火したよ。勘弁してほしい。


「……なにあれギルドにはキャンセルを出しているのだ。これ以上は憲兵を呼ぶぞ」


「はっ。どちらが悪いかなどハッキリしている。恥を掻きたくなければ余計なことはせぬことだ」


「お帰りを」


「……次は十倍の値段でなければ受けぬ。そこの詐欺師に騙されたと泣きつくことになっても知らぬぞ」


 チリンチリンと鳴らされるベルの音と共に使用人が入ってくる。舌打ちをして荒々しく立ち上がったものの、大人しく使用人に付いて部屋を出るローブくん。すれ違う瞬間に「どぶ犬が……」と憎々しげに呟かれた。


 疲れたように溜め息を吐き出すご主人。お付きのボディーガードも気遣わしげだ。


「……あのー」


 空気、声を出す。


「ああ、失礼した。どうも魔導師はプライドが高くて困る。ああいや! 決してヤマナカ様ではなく」


「大丈夫ですよ」


 慌てて手を振るご主人に笑顔で対応。営業スマイルって大事。よく分からなくともニコニコ。絶対に心の内って知られちゃ駄目だよな。でも相手も知りたいなんて思っていない筈。


 スマイルが滅茶苦茶可愛い店員さんにスマイルを頼んだ時に、あれ? もしかして俺に惚れてる? って考えが浮かぶ事が肝要だと思うんだ。そんな時に「マジたりぃオヤジだな。せめてセット頼めや。単品とか舐めてんのか」とか聞こえてきたら、上司が申し訳無さそうに頼んでくる残業超過書類に判を押してしまう。


 スマイル。現代の魔法。効果、心を覆い隠す。


 誰よりも魔法使いしてる俺はアイテムボックスからズタ袋経由で料金表を取り出す。


「では改めまして、ヤマナカと申します。主にクルド駆除や壁の補修をやっております。こちらにはサントさんの紹介で伺いました」


「これはご丁寧にありがとうございます。わたしは皇都を中心に商いをしているメドーベと申します」


 料金表を手渡すと鋭く目を尖らせるメドーベさん。何だろ? 税金は都の中に持ち込んだり生産される水以外の物品に掛かるらしいからクリアしているとは思うんだが……商人の視点でおかしいところでもあるんだろうか?


「……これは……なにか、冗談の類でしょうか?」


「……と、申されますと?」


 なんだろう。やはり商人には気掛かりな点でもあるのだろうか。


「……」


 俺の言葉に内実を探るべく再び料金表に視線を落として考え込むように沈黙するメドーベさん。


 訪問販売にいった時の奥様のような間だ。「そうねぇ」と言って考え込むのだが、大抵いらないっていうよな。


「……すみませんが、このクルド駆除の内容を説明して貰えますか?」


 ああ、成る程。そういえば明確な線引きしてなかったよな。えーと。


「そちらのクルド駆除は一匹の値段になります。水は市販されている大瓶……大体一抱え、これぐらいに一杯です。傷の方は部位欠損以外のものに回復魔法を一回、古傷も含みますが指定の傷が治ったことで達成とさせて頂きます。壁の補修は、穴の数ではなく、部屋の数で決めさせて貰っています。……三部屋が料金表の値段です」


 即興で決めたとは思えない受け答えだと思う。平均するとそのぐらい受け持ってたよな。


 内心で汗を掻きつつも笑顔を絶やさない俺。


 流石商人。本業は違う。


「料金の受け渡しは?」


「後払いです。出来高制となっております」


 最初の頃は心付けのつもりで貰ってたしね。ゴネる人もいなかった。


 俺の答えに満足したのか、視線の圧力を緩めてやや呆れたように見てくるメドーベさん。


「いやはや、それはいくら何でもお人好しが過ぎますな。これは商いをする者からの忠告ですが、見せ金ぐらいはした方がよろしい」


「ありがとうございます。早速取り入れていこうかと思います」


 ふう。なんとかなりそう。やっぱり大きいお屋敷って大変だな。料金表の更新もしなくては。


「では瓶を二十とクルドが……確か五匹、それと…………ロレーザ。この前、目をやられたろ? 欠損ではないから範疇内ですな。壁の補修は……六……七、うーむ。仕方ありませんな。少し惜しいが七部屋頼みます」


 大口注文だ。ここからが仕事だった。


「ありがとうございます。お任せ下さい」


 さあ頑張ろう。暖かい家庭(未定)と嫁(未来)の為に。














「わっはっは! 本当に専属になってもらいたいくらいですよ!」


「ヤマナカ様、この御恩は必ずお返し致します」


 仕事を終えた俺に、わざわざ門前までお見送りをしてくれるメドーベさんにボディーガードのロレーザさん。特に、白く濁って失明していた片目を治したロレーザさんの熱の入れようが凄い。


「大した事じゃないですよ。仕事ですので」


「いえ。何か困ったことがあれば相談して下さい。必ず力になります」


 ……そんなこと言われてもなー。現在進行形で困っているよ。


 盛大なお見送りだ。使用さんとか並べちゃってる。正直、大した労力じゃないし元手も掛かっていないので後ろめたい感が凄い。


 軽く手を振って別れの挨拶を口にして、鉄門を開かれながらお屋敷を後にする。門番さんも敬礼なんてしちゃって勘弁だ。やや早歩きになってしまったのも仕方ない。


 だいぶ地理にも慣れたので路地裏を通っても構うまいと横道に入る。当初からバッテン地元民の方がずっと道案内をしてくれていたが、あのお屋敷は敷居が高いとこの案件は近くまでしか案内されなかったけど、俺だってナビが無くても目的地ぐらい行ける。


 左だ。間違いない。


 段々と人通りが薄れてきたが、今は気にしていられない。


 予定が押してるのだ。次はアンバーさんの所で水の販売。アーバンさんだっけ? 一度は行ったことある場所だから大丈夫。二度だっけ?


 そんな考え事をしていたら通りの角から黒い影がスッと出てくる。


 ローブくんだ。


 道が悪いな。引き返そう。


 振り返って他の道に行こうとするも後ろからもお揃いの黒ローブを着けた団体さん。


 ローブくんだ。


 ペアルックだ。いや団体ルックだ。


 後ろから三人、前から三人。横道がない上に道幅一杯に横並び。


 学生の登下校かよ。


 各々が似たような杖を手にして歩いてくる。このままじゃ潰されてしまうぞ。女性はいないものか……。


 そんな心理を読んだかのように、一定の距離でピタリと止まる黒ローブ集団。


 どうやら最初に角から出てきたのが本物ローブくんらしい。


 勝ち誇ったかのようにニヤリと口元を歪め話し掛けてくる。


「出しゃばりが過ぎたな」


 残念ながら女性はいない。全員若い男性のようだ。


 オジサン、若い子得意じゃないんだけど。


 一人一人の顔を確認するように見ていたらローブくんが口に手を当てて吹き出した。箸が転がっても面白い年代だからね。そういうこともあるだろう。なにが面白かったかはオジサンには分からない。


「くくく、そんなに怯えなくてもよ。ただ返してくれって言いにきただけだからよ。返してくれたら直ぐ帰る、単純だろ?」


 …………え、俺に言っているんですか?


 思わず後ろを振り向くも、後ろにいる黒ローブ達は無言で杖を構えている。クネクネとした短めの木の杖で頭に荒々しくカットされた青銅? が乗っている。格好いいな。


「金貨百枚だ」


 前の黒ローブ達も懐から杖を取り出している。


 ローブくんだけ手を差し出してくる。


「とりあえず今持ってるだけ出しな。残りは後々徴収するからよ。言っとくが正当な請求だぜ? お前が出した損失なんだからな」


 分かった。これ、オジサン、タイミング悪いとこに居合わせた感じだな? 前のグループと後ろのグループで争ってる雰囲気。


 いかん。ここは一番飛ばっちりを受けるポジションだ。


 ほら、短気そうなローブくんがイライラし出しているのが分かる。


「あぁめんどくせえ! さっさと金――」


 視界跳躍。


「なあ!?」


 遥か後ろでローブくん達が動揺に声を上げていたが、オジサンは気にしていられない。


 なんせ押してるのだ。


 後は若いもんに任せてってやつだ。


 それにしても……スケジュールが詰まっている的なことを言ってなかったか? 喧嘩は別腹なんだろうか?


 若さだね。


 後ろで罵声を上げている黒ローブ集団をよそに、俺は路地裏を駆けていった。
















 フィンリクス皇国・皇都 皇区内サマナ聖教会敷地にて――


 国教とは異なる教えの教会が何故皇族のお膝元にあるのか。それはサマナ教の神官にしか使えないと呼ばれる秘術にあった。


 回復魔法と呼ばれるそれは、サマナ教では神の奇跡と教えられ、洗礼を授かった神官にしか行使が出来ない。


 しかしサマナ教は回復魔法を秘匿しなかった。それどころか教会を民間に開放し傷や病の回復を請け負っている。多額の費用は掛かるが治癒魔法とは一線を画すこの魔法を、各国の民や貴族に望まれたため各地の首都や大きな都市に教会を築くのを国は許さなくてはいけなくなった。


 勿論のこと模倣されたが、呪言を覚え同じように呪文を覚えようと回復魔法はサマナ教の神官にしか使えなかった。


 故に、独占された回復魔法をいざという時に受けるため、各国の王や貴族は生活圏に教会を建てた。


 そんな理由で、国教はヒラルヤ一神教なのに皇区に建てられたサマナ教の教会の中庭で、二人の男が対峙していた。


 砂漠とは思えない程に青々しく広がる芝に咲き誇る花。所々に青い魔石を掲げる女神像の魔道具が涼しげな空気を振りまいている。


 柱が精霊像を象った四阿に、対極的な二人はいた。


 片方は黒いローブに自分のクランが掲げる紋章を銀糸で縫い込んだ壮年の男。


 クラン『魔の源』のリーダー、ローデック・シドガー。


 対するはサマナ教の白い神官服を着こなし柔和な笑顔を浮かべる年若い男。


 サマナ教大神官『蒼き光』、ラーナガルド・バーガス。


 服も立場も表情も何もかも違う二人が同じテーブルで紅茶を飲んでいる。


 いや、飲んでいるのはラーナガルドだけだ。ローデックは顔をしかめたまま苛立たしげにテーブルを指で叩いている。


「……私の時間は貴重なのだが?」


 口を閉ざしていた二人だったが、呼び出されたローデックの方が先に音を上げた。


 本来なら皇族の呼び出しぐらいにしか応じないローデックも、流石に教会を蔑ろにするリスクは分かっていた。いずれは回復魔法に於ける秘密すら暴き、全ての魔を従えんとした野望を持っていたローデックだったが、内心を隠し、今回は教会の呼び出しに応じた。


 だからといって下手に出る気はなく、呼び出しの内容を焦らされ苛立っていた。


「余裕を広く持つことが、人を高めてくれます」


「説法でも説く気か? 俺には無用だ」


 やや悲しそうに眉を潜めたラーナガルドにローデックは舌打ちをしたい気分になった。


 ラーナガルドは紅茶を一口嗜むと、気分を入れ替えたように本題を口にした。


「あなたをこの国一の魔導の探求者として、聞きたいことがあります」


「ふん。ゴマ擦りもいらん」


「失礼。ならば早々に本題を。……市井に回復魔法の結い手がいると耳に入って来たので、あなたなら何かご存知かと」


「何かと思えば……くだらぬ。回復魔法は神官にしか使えぬ。それはお前達が一番よく分かっておろう? 一言一句間違いなく同じ呪言をなぞろうとも、多大な魔力で力押ししようとも、発動せぬ。これに私は何らかの魔法契約を負っていると考え――」


「話題が逸れていますよ。今は市井にいると言われる奇跡の代行者について聞きたいのです」


 自分の考察を遮られたローデックが鼻を鳴らす。


「馬鹿馬鹿しい。回復魔法の理を解き明かした魔導師は今はまだ(・・)存在せん。大方どこぞの三流が治癒魔法を回復魔法と語っているに過ぎまい」


「……どうでしょう」


 言い淀むラーナガルドにローデックが鼻白む。


 言葉を選ぶようにラーナガルドが顔を上げてローデックに問い掛ける。


「回復魔法と治癒魔法の違いとは何ですか?」


「なんだそれは? そんなものは魔力を持たぬ愚者ですら知っているではないか。回復量と効果の広さだ。如何なる傷や病を癒やす」


「では治癒魔法は?」


「……はあ。遠回しに神官が優れているとでも言いたいのか? 治癒は体が持つ復元能力を高めたものだ。傷は塞がるし軽い体調不良や病は治るが、欠損や大病には効かぬ。傷口が塞がり幾分楽になるくらいだ」


「そう。簡単に見分けるには古傷に行使すると判別が出来ます……」


「それがなんなのだ?」


 考え混むように口を閉ざすラーナガルドにローデックが苛立つ。


「それがなんだというのだ!」


 怒声を上げるローデックにラーナガルドは黙していた口を開く。


「八日前に戻ってきた第三皇子の私兵団を知っていますか?」


「……ああ、あの民に擦りよる皇族の……」


 ローデックも依頼料の事や冒険者との揉め事などで関わったことがあるが、いい印象は持っていなかった。しかし第三皇子は公道に出没していたと言われるサンドワームを追い掛けて討ち滅ぼしたことで、民や商人の尊敬や好意を集めている。しかもサンドワームは王種であるジャックス。素材は存分に取り引きされ仕事も増えるだろう。今や第三皇子の人気はうなぎ登りだ。


 これにはローデックも閉口せざるをえない。


「あれには我が教会も物珍しさに見物に行く者も居りまして……そこで神官の一人が私兵団の中に古傷が治っていた者がいたとの報告がありまして……」


「見間違いや他の神官が治したのではないか?」

「可能性はありますが……一人や二人ではなかったそうなんですよ」


「……ほう?」


 ローデックの瞳が鈍く輝くのを確認したラーナガルドは、手で隠した口角を僅かに上げた。


ヤマナカ「すいませんすいませんすいませんすいません! 本当にすいません! 産気づいた奥さんやら横断歩道を渡るお婆さんで世界平和なんですよほんと! あ、え? …………明日?」



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