第7話 雑魚敵
今度は、入口から順に進む通常攻略を選ぶ。
画面が切り替わると、キャラクターは石造りの通路に立っていた。
富士深淵のときのような、息を呑む広さはない。幅は四、五メートルほどだろうか。灰色の石を積み上げたような壁がまっすぐ奥へ延びていて、天井は剣を振り上げても届かないくらいの高さにある。床はおおむね平らで、足を取られそうな瓦礫も見当たらない。
松明のようなものはどこにもないのに、通路は薄明るかった。壁や天井そのものが、ぼんやりと淡い光を帯びているらしい。おかげで、少し先で通路が右へ折れているところまで見通せた。
「おお……ダンジョンって感じだ」
溶岩も、果ての見えないドームもない。ゲームを始めてすぐに潜る、最初の地下ダンジョン。そういう場所だった。作り込みは相変わらずで、石の継ぎ目の欠けまで見て取れる。でも、さっきまで赤一色の空間で燃やされ続けていたせいか、今はこの落ち着いた灰色のほうが妙にほっとした。
考えてみれば、このゲームでまともに歩き回るのはこれが初めてだ。富士深淵では、入って数秒で燃やされていたんだから。
キーボードに指を置いて、キャラクターを前へ進ませる。
鉄の剣を提げた背中が、通路の奥へ歩き出した。足音が石の壁に小さく響く。マウスで視点を回すと、カメラが後ろからついてきて、通路の先と、今来た入口のほうを交互に映した。
この先に何がいるんだろう。最初の敵は何だろう。
序盤のダンジョンを歩くときの、この感じは嫌いじゃない。どのゲームでも、最初の一体と出会うまでの通路はちょっとだけわくわくする。
通路の角を曲がった。
その先、十メートルほど向こうに、何かがいた。
子どもくらいの背丈。くすんだ緑色の肌に、横へ尖った耳。汚れた布切れを体に巻きつけていて、片手に短い刃物を握っている。こちらに気づいたのか、不揃いな歯の並んだ口を開けて、首を突き出すようにこちらを見た。
「ゴブリンだ」
見た瞬間に分かった。
ゲームでも漫画でも、もう数え切れないほど見てきた姿だ。冒険を始めたばかりの主人公が最初に戦う、いわゆる雑魚敵。細い手足は、あのドラゴンの爪一本にも満たない。持っている武器も、刃渡りの短い短剣が一本だけ。
Fランクの、一番最初に出てくる敵。
このゲームの戦闘が、どんな手触りなのか。それを確かめる最初の相手としては、ちょうどいい。相手はゴブリンだ。多少もたついたところで、負けるような相手じゃない。何回か斬れば終わるだろう。
「よし、やるか」
キャラクターを走らせる。
ゴブリンも短剣を振りかざして、こちらへ駆けてきた。足はそれほど速くない。小さな体で、まっすぐ突っ込んでくるだけだ。
こういう相手は、向こうの短剣が届く前に、こっちの剣が届いた瞬間を叩けばいい。今まで何百回とやってきたことだ。
距離が縮まっていく。あと三歩。二歩。
――今。
攻撃を入力する。キャラクターが剣を振りかぶり、ゴブリンの頭めがけて斜めに振り下ろした。
タイミングは完璧だった。今まで遊んできたどのゲームでも、これは当たる。
その刃の下で、ゴブリンが身をよじった。
振り下ろされる剣を見上げたまま、小さな体が横へ跳ねる。刃はゴブリンの尖った耳のすぐ脇をかすめて、何もない空間を切り裂いた。
「……え?」
避けた。
当たる寸前に、こっちの剣を見て。自分から。
最初の通路に出てきた、ただのゴブリンが。
呆気に取られているあいだに、ゴブリンはもう動いていた。横へ跳んだ足でそのまま床を蹴り、剣を振り下ろしたキャラクターの脇へ潜り込んでくる。短剣が、下から突き上げられるのが見えた。
避けないと。
とっさに、横へ飛び退く操作を入れる。
キャラクターの体が、ようやく横へ傾きかけた。その脇腹に、短剣が届いた。
画面の端にあるHPのゲージが、目に見えて削れる。キャラクターの体が、衝撃でぐらりと揺れた。
「は? いや、今の入れただろ!」
思わず、画面に向かって言っていた。
ゴブリンは止まらない。不揃いな歯を剥き出しにして、もう次の一撃を振りかぶっている。
とにかく距離を取る。後ろへ下がる操作を入れると、キャラクターはよろけた体勢のまま、もつれるように一歩、二歩と後退した。思ったほど下がれない。ゴブリンが、ひょこひょことその距離を詰めてくる。離れない。
振り下ろされる短剣を、今度は剣で受けようとした。キャラクターの腕が持ち上がりかける。けれど、刃と刃がぶつかる前に、短剣が肩口を斬りつけていた。
HPのゲージが、また大きく削れる。
「待て待て待て……!」
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