第8話 敗因
横へ回り込もうとすれば、キャラクターがもたもたと向きを変えているあいだに、ゴブリンのほうが先に回り込んでくる。マウスで視点を追いかけると、今度はキャラクターが見当違いの方向を向いている。もう一度剣を振ろうと振りかぶれば、その懐へ小さな体が飛び込んでくる。
指が勝手に、いくつものキーを叩いていた。下がる。構える。跳ぶ。入力を重ねるほど、画面の中のキャラクターは、何をしようとしているのか分からない中途半端な動きを繰り返すばかりだった。
どうすればいいのか、考える暇もない。
ゴブリンが一歩踏み込む。小さな体が、短剣を突き出してくる。特別な動きじゃない。さっきまでと同じ、ただの一突きだ。
キャラクターは、まだ向きを変えている途中だった。
刃が胸に突き立つ。HPのゲージが、最後まで削り取られた。
キャラクターが膝から崩れ落ち、画面が暗転する。
━━━━━━━━━━━━━━━━
GAME OVER
━━━━━━━━━━━━━━━━
数秒後には、画面は世界地図に戻っていた。
長野県の、俺の住む街の外れ。西峰ダンジョンのアイコンが、さっきと同じ場所に表示されている。
俺はマウスを握ったまま、それを見ていた。
相手は、ゴブリンだった。
あのドラゴンじゃない。一番下のランクのダンジョンの、入ってすぐの通路にいた、子どもくらいの背丈のゴブリン一体だ。
しかも、見えていた。
こっちへ走ってくるのも、短剣を振り上げるのも、突き出してくるのも、全部見えていた。何が起きたか分からないまま死んだわけじゃない。攻撃が来ると分かっていて、避けようとして、避けられなかった。下がろうとしても、受けようとしても、思ったとおりにはならなかった。
剣は一度も当たらなかった。
当たると思って振った一回は避けられて、そこから先は、ただ斬られていただけだ。
「……嘘だろ」
椅子の背もたれに、体がずるずると沈んでいく。
Lv.1でSランクのボスに負けるのは当然だった。あのときは相手が強すぎた。だから、悔しくても笑えた。
でも、今のは違う。
何十回負けても、そのたびに考えて、最後には勝ってきた。どれだけ難しいと言われたゲームでも、最後は自分の手で何とかしてきた。それだけは、少しくらい自信があった。
その手が、最弱の雑魚敵一体に、まるで通用しなかった。
カーソルを合わせれば、すぐにもう一度挑める。富士深淵のときは、燃やされてすぐに「もう一回」と口にできた。
今は、その言葉が出てこなかった。
ぼんやりと地図を眺めているうちに、頭に浮かんできたのは、悔しさよりも、さっきの通路の光景だった。
最初の一振り。
あれは、外したんじゃない。避けられたんだ。
ゴブリンはまっすぐ突っ込んできていた。だから俺は、こっちの剣が先に届く距離で振った。ああいう突進は、普通なら決められた動きを最後までなぞって、こっちの刃に自分から飛び込んでくる。
でも、あいつは振り下ろされる剣を見上げて、それから横へ跳んだ。しかも跳んだ足でそのまま床を蹴って、剣を振り終えたこっちの脇へ潜り込んできた。
避けて終わりじゃなかった。避けたあとに、こっちのどこが空くのかまで分かっていたみたいに。
あの感じには、覚えがあった。
対人のオンラインゲームで、人間を相手にしていたときだ。ランキングの上のほうに名前が載ったことも、何度かある。人間の相手は、まっすぐ向かってきていても、こっちが振り始めたのを見て動きを変える。こっちの動きを見て、その場で決めてくる。
さっきのゴブリンは、そういう相手に近かった。
もちろん、中に誰かが入っているなんてことはないだろう。Fランクのダンジョンの、最初の通路にいた一体だ。それでも、決まった動きを繰り返すだけの雑魚敵だったとは、どうしても思えなかった。
それに、おかしかったのは向こうだけじゃない。
ゴブリンの短剣は見えていた。脇へ潜り込まれたときも、すぐに横へ飛び退く操作を入れた。遅れたつもりはない。なのに、キャラクターの体がようやく傾きかけたところで、刃が届いていた。
思い返してみると、あのときのキャラクターは、剣を振り下ろしたばかりだった。斜めに振り抜いて、体が前へ流れたままの姿勢。そこからいきなり横へ跳べと言われても、人間なら、まず足を踏ん張り直すところからだ。
下がろうとしたときも、剣で受けようとしたときも、向きを変えようとしたときも、似たようなことが起きていた。
入力が遅かったんじゃない。直前に何をしていたか、どんな姿勢だったかで、次の動きに移れるまでの間が変わっていたんじゃないか。
映像がすごいのは、最初に地図を見たときから分かっていた。でも、さっきの戦闘で突きつけられたのは、そういうことじゃない。
敵は、こっちの動きを見て動く。こっちの体は、振った剣の勢いに引っ張られる。
見た目だけじゃない。戦うことそのものが、ゲームだと思って構えていたより、ずっと本物に近い。
だとしたら、ボタンを押せば技が出る、という感覚のままで勝てるはずがなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや☆評価、感想で応援していただけると励みになります!




