第6話 出発点
動き方を変えても、方向を変えても、何をしても同じだ。ドラゴンが首を上げた時点で、こっちはもう終わっている。工夫でどうにかなるとか、そういう段階にすら立てていない。
難しいゲームなら、これまでいくらでも遊んできた。
レベルが足りないまま強いボスに挑むことだってある。こっちの攻撃はほとんど通らないし、向こうの攻撃は一発もらえば終わり。それでも、敵が何をしてくるかは見える。腕を振り上げる角度、踏み込む前の溜め、攻撃が届くまでの間合い。見えるから覚えられるし、覚えれば避けられる。わざとレベルを上げずにラスボスを倒す、なんて遊び方が成り立つのも、結局はそういうことだ。数字で負けていても、見て、覚えて、操作で埋める余地がある。
でも、あのドラゴンは違った。
首が持ち上がるところまでは見える。口が開くのも分かる。その次の瞬間には、もう画面が炎で埋まっている。炎がどこから、どれくらいの速さで、どう広がってくるのか。そこがまるごと抜け落ちていて、避け方を考える材料がひとつも手に入らない。
だから岩に隠れてみた。見えないなら、見えなくても防げる方法を探せばいい。そう思って、やっと思いどおりに岩陰まで滑り込めたのに、岩ごと溶かされた。
四回挑んで分かったのは、何も分からないということだけだった。
攻略法を考える以前に、観察すらさせてもらえない。今まで遊んできたどのゲームとも、難しさの種類が違う。
「……何なんだよ、このゲーム」
呆れたように呟いた。
Sランクに最初から挑めるくせに、挑んだら一瞬で燃やされる。こっちは剣の一振りすらさせてもらえない。普通のゲームだったら、理不尽すぎて投げ出すレベルだ。
そう思ったのに。
「ふっ……」
なぜか、笑いがこぼれた。
「はは、なんだこれ」
口元が勝手に緩んでいく。止めようとしても止まらない。
だって、考えてみればすごいことだ。
この地図の上には、日本中の、世界中のダンジョンが並んでいる。数え切れないほどあるその一つの一番奥に、あんな相手が待っていた。ほかのダンジョンの奥にも、今のドラゴンみたいなボスがいるのかもしれない。
そして、こいつだ。
今の俺では、まったく歯が立たない。勝ち筋どころか、勝負の入口すら見えない。それくらい、とてつもなく強い相手が、このゲームの中には確かに存在している。
俺がずっと欲しかったのは、こういうものだったんじゃないか。
簡単には攻略できない。何十回、何百回と挑んでも足りないかもしれない。それでも、本気で向き合う価値がある相手。遊んでも遊んでも、まだ先がある世界。
一生遊べるようなゲームがあればいいのに。
ついさっき、そう願ったばかりだった。
「……見つけた、かもしれない」
画面に表示された富士深淵ダンジョンのアイコンを、改めて見つめる。
さっきまでは、ただの興味だった。どんなボスがいるのか見てみたい、それだけだった。
でも今は違う。
「いつか、絶対に倒してやる」
言葉にすると、それはもう決定事項のように思えた。
何回燃やされたって構わない。あのドラゴンの前で、剣を振るところまで行ってやる。そしていつか、あの巨体を地面に沈めてやる。
ただ、それが今すぐできないことも、もう嫌というほど分かっていた。
俺はメニューを開いて、キャラクターのステータスを確認した。
Lv.1。HP100、MP20。筋力、耐久、敏捷、魔力はすべて10。一般スキルはなし。
覚醒したときに部屋で見た、俺自身のステータスとまったく同じ数値だった。
「そりゃそうか。俺のスキルなんだもんな」
固有スキルで導入したゲームなんだから、キャラクターが俺のステータスをもとに作られていても不思議じゃない。そういうものなんだろうと納得する。
ステータスを閉じて、今度は所持品の画面を開いた。
並んでいるのは一つだけ。最初から握っていた鉄の剣だ。防具も、回復アイテムも何もない。
せめて中身くらいは見ておこうと、剣を選んでみる。
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鉄の剣
ランク:ノーマル
一般的な鉄製の剣。
特別な効果はない。
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「……だよな」
ノーマル。スキルと同じ七段階のランクの、一番下だ。特別な効果もない。見た目どおり、何の飾りもない普通の剣だった。
このステータスで、この装備で、日本最高難度のボスに挑んでいたのか。改めて見ると、さっきの結果は当然すぎて笑えてくる。
「まずはレベル上げだな」
どれだけ操作を工夫しても、反応する前に燃やされるんじゃ話にならない。少なくとも、ドラゴンの攻撃を見てから動けるくらいにはキャラクターを強くしないといけない。レベルを上げて、能力値を伸ばして、装備も整えていく。
RPGの基本中の基本だ。どんなゲームだって、最初は自分に見合った相手と戦うところから始まる。
ダンジョンの選択画面に戻る。
さっきは真っ先に一番難しいダンジョンを探した。今度は逆だ。一番簡単なところから始めればいい。
富士深淵のアイコンから、視点を北西へずらしていく。山並みを越えて長野県に入り、縮尺を上げて、自分が住んでいる街のあたりへ寄せていく。見慣れた川の形、市街地の広がり。その外れのほうに、アイコンが一つあった。
選択すると、情報ウィンドウが開く。
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西峰ダンジョン
Fランク
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「ここか」
地元の人間なら誰でも知っている、近所のダンジョンだ。
さっき富士深淵を選んだときとは、まるで違う理由でこのアイコンを選んでいる。それが少しおかしくて、少しわくわくした。
あのドラゴンまでの道は、たぶんとんでもなく長い。
だったら、ここから始めるしかない。
俺は西峰ダンジョンを選んだ。
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