第4話 禁域
地図の上には、まだ選んでいないアイコンがいくつも残っていた。どれを開いても、きっと現実と同じ名前が出てくるんだろう。
日本中のダンジョンが、ここにある。
だったら、海外はどうなんだろう。
気になって、マウスホイールを回して視点を引いてみる。地図はどこまでも滑らかに縮小していき、日本列島がどんどん小さくなって、やがて周囲の大陸が画面に収まってきた。
ユーラシア大陸にも、アメリカ大陸にも、同じようなアイコンが無数に散らばっている。試しに太平洋の向こう側のアイコンをいくつか選んでみると、海外のニュースで見たことのあるダンジョンの名前がいくつも出てきた。
「世界中かよ……」
思わず、笑いが漏れた。
これはもう、ちょっとした規模の話じゃない。
世界中の実在のダンジョンが、このゲームの中にある。それを、好きに選べる。
あれもこれも開いてみたくなる。でも、そう思ったところで、真っ先に頭に浮かんだ場所があった。
俺は視点を日本へ戻した。
日本で一番難しいダンジョン。それがこのゲームにもあるなら、どうなっているのか見てみたい。
探すまでもなかった。
本州の真ん中あたり。富士山の位置に、ひときわ目立つアイコンが一つある。
選択すると、情報ウィンドウが開いた。
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富士深淵ダンジョン
Sランク
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「やっぱりあるのか!」
日本に住んでいて、この名前を知らない人はたぶんいない。日本の最高難度とされるSランクダンジョンだ。現れてから何十年も経つのに、一番奥まで辿り着いた人は、今まで一人もいない。
今では危険すぎるという理由で、立ち入りそのものが禁止されている。国内トップクラスの探索者でさえ、自由には入れない。興味本位で近づこうとする配信者がいたところで、もちろん中に入れてもらえるはずもない。
現実では、誰も入ることのできない場所。
そんなダンジョンが、地図の上で、他のダンジョンと同じように普通に選べてしまっている。
「Sランクにも最初から挑めるのか、このゲーム……」
普通のゲームなら、こういう場所はストーリーを進めた先や、条件を満たしたあとに開放されるものだ。いきなり最高難度のダンジョンへ入れるなんて、なかなか聞かない。
いや、驚くところはそこだけじゃない。
あの富士深淵に、俺が入れる。トップの探索者でも入れてもらえない場所に、ついさっき覚醒したばかりの高校生が、マウスのクリック一つで。
ゲームの中の話だと分かっていても、口元が緩むのを抑えられなかった。
情報ウィンドウの下には、ダンジョンへ挑む方法が二つ並んでいた。
一つは、地図のアイコンと同じ、洞窟の入口の絵柄。「通常攻略」とあって、入口から順に進んでいく普通の攻略らしい。
もう一つは、角の生えた怪物の顔の絵柄だった。「ボスに挑戦」。説明には、最奥のボスへ直接挑戦する、と書かれている。
「……ボスに、直接?」
怪物の顔のアイコンを、しばらく見つめる。
現実では、入口に足を踏み入れることさえ許されない。そのダンジョンの入口も、途中の道のりも全部飛ばして、一番奥へ行けてしまう。今まで誰一人辿り着いたことのない場所へ。
心臓が、少しうるさくなってきた。
Lv.1の俺が挑んで勝てるとは、さすがに思っていない。能力値は全部10で、一般スキルもない。どう考えても無謀だ。
でも、勝てるかどうかと、見てみたいかどうかは別の話だった。
日本の最高難度のダンジョンの、一番奥にいるボス。現実では誰一人辿り着けていないその場所が、このゲームではどう作られているのか。どんな相手が待っているのか。
そんなの、ゲーマーとして気にならないわけがない。
「行くしかないだろ、こんなの」
俺は、ボスへの直接挑戦を選んだ。
画面が切り替わる。
次の瞬間、モニターに広がった光景に、俺は息を呑んだ。
広い。
とにかく、とんでもなく広い。
画面の真ん中には、何の飾りもない鉄の剣を一本だけ握った、自分のキャラクターが立っている。その背中の向こうに、果てが見えないほどの空間が広がっていた。
視点を上へ向けると、頭上は遥か高い天井まで続いていた。壁はなだらかな弧を描いて天井へとつながり、空間全体が巨大な半球の内側のような形をしている。向こう側の壁は、ここからだと霞んで見えるほど遠い。地下に、こんな巨大なドームがあるのか。
そして、その空間全体が赤かった。
ドームを覆う岩肌は、黒に近い暗い色をしている。その壁のあちこちに亀裂が走り、赤く光る溶岩があふれ出していた。噴き出した溶岩は壁を伝ってゆっくりと流れ落ち、その光が岩肌や地面を下から照らしている。天井の近くまで、どこもかしこも赤く染まっていた。
溶岩の光は、ときおり脈打つように明るさを変える。そのたびに、あたりの影がわずかに揺れた。画面越しなのに、見ているだけで熱が伝わってきそうだった。
足元はおおむね平らな地面だった。ただ、ところどころに、根元が太く先の鋭い岩が真上へ向かって突き出している。それが広い空間のあちこちに、無秩序に立ち並んでいた。
「これが、富士深淵の一番奥……」
ゲームの中の映像だと分かっていても、その場に立っているような圧迫感があった。
現実の探索者が、まだ誰も見たことのない景色。それを今、俺は自分の部屋のモニター越しに眺めている。
ゆっくりと視点を回して、周囲を見渡していく。尖った岩の林を抜けて、空間の奥のほうへ。
そこで、視点が止まった。
――いた。
ドームの奥。岩の林の向こう、ひときわ大きな溶岩の流れを背にして、巨大な何かが横たわっている。
最初は、それが一つの生き物だとすぐには分からなかった。赤い光を背負った小山のような影が、ゆっくりと上下している。それが呼吸に合わせて膨らんではしぼむ胴体なのだと気づいたとき、ようやく全体の形が頭の中で結びついた。
溶岩の照り返しを受けて鈍く光る、赤い鱗に覆われた胴体。地面に投げ出された長い尾。折りたたまれた巨大な翼。そして、地面に顎を乗せた、太く長い首と頭。
ドラゴンだった。
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