第3話 仮想遊戯
声に出したら、膨らんでいた期待が一気にしぼんでいくのが自分でも分かった。
別に、ゲームが嫌いなわけじゃない。むしろ大好きだ。ついさっきまで、一生遊べるゲームがあればいいのにと願っていたくらいだし。
でも、覚醒して手に入れた能力が「ゲームができる」というのは、さすがにどうなんだろう。
ゲームの中でダンジョンを攻略したところで、現実のダンジョンには入れない。モンスターと戦えるわけでもないし、探索者として稼げるわけでもない。就職に有利になるとも思えない。履歴書の特技の欄に「ゲームが遊べる固有スキルを持っています」と書いて、面接官がどんな顔をするかは想像するまでもなかった。
「外れ固有ってやつか、これ」
背もたれに体を沈めて、ため息をつく。
まあ、そういうこともある。固有スキルを持っているだけでも珍しいんだから、贅沢を言うなという話かもしれない。
そう思いながら、もう一度スキルの説明を眺める。
端末に、専用のゲームを導入する。
「……専用のゲームって、どんなのだ?」
現実の役には立たなさそうだ。それはもう、ほとんど確定でいい。
でも、ゲームとして面白いかどうかは、また別の話だ。
固有スキルでわざわざ導入するゲームなんて、普通のゲームとは違うのかもしれないし、拍子抜けするほど普通かもしれない。どちらにしても、やってみなければ分からない。
ゲームがあると言われて、中身を確かめずにいられるほど、俺は大人じゃなかった。
説明の下には、導入先の端末を選ぶ項目が並んでいた。パソコンのほかに、スマホなんかも選べるらしい。
迷わずパソコンを選ぶ。せっかくなら大きな画面でやりたい。
選んだ途端、モニターの隅にインストールの進行を示す表示が出た。ウィンドウとモニターが連動しているのが、なんだか不思議な光景だった。
インストールはすぐに終わり、デスクトップに見慣れないアイコンが一つ増えた。剣と盾を組み合わせた、シンプルな絵柄のアイコンだ。その下に「仮想遊戯」と名前がついている。
「普通にアイコンになるんだな」
覚醒したばかりの能力が、俺の使い慣れたデスクトップに普通の顔をして並んでいる。ちょっと笑ってしまった。
ウィンドウを閉じるように念じると、半透明の板はすっと消えた。机に向き直り、マウスでアイコンをダブルクリックする。
画面が暗転した。
一瞬の間を置いて、モニター全体にゲームの画面が広がる。真っ暗な中から、アイコンと同じ剣と盾の紋章が浮かび上がり、ゆっくりと光を帯びていく。
その時点で、俺は少し身を乗り出していた。
紋章に走る光の筋が、驚くほど滑らかなのだ。表面の細かな傷や凹みまで、角度が変わるたびに光の当たり方が変わっていく。いったいどれだけ作り込まれているんだろう。
紋章が消えると、画面がさらに切り替わった。
上空から地上を見下ろすような視点で、陸地と海が映し出される。山には稜線に沿って細かな陰影がつき、海岸線には白い波が寄せては引いている。陸地の上をゆっくりと雲が流れ、その影が山や平野の上を滑っていった。
試しにマウスを動かしてみる。視点がわずかに傾き、地形の陰影がそれに合わせて自然に変化した。引っかかりもなければ、遅延も感じない。
「……え、めっちゃ綺麗じゃん」
思わず呟く。
俺はそれなりの数のゲームを遊んできた。映像が綺麗なゲームもたくさん見てきたつもりだ。でも、これはその中のどれと比べても見劣りしない。いや、正直に言えば、これより上のものをすぐには思いつけなかった。
固有スキルで導入されたゲームが、これ?
さっきまでのがっかりした気持ちが、少しだけ別のものに置き換わり始めていた。
改めて、画面に映る地形を眺める。
細長い陸地が、弓なりに海の中へ延びている。大きな島がいくつか連なって、その周りに小さな島が散らばって――。
「……日本じゃん」
どこからどう見ても、日本だった。
現代の日本が舞台のゲームなんだろうか。そう思いながら地図を眺めていると、陸地のあちこちに小さなアイコンが点在していることに気づいた。洞窟の入口のような形をしたマークだ。都市部にはまとまって、山間部にはぽつぽつと散らばっている。
形からして、ダンジョンを示しているんだろう。
関東のあたりにあるアイコンの一つに、カーソルを合わせて選択してみる。
地図の上に、小さな情報ウィンドウが開いた。
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六本木地下ダンジョン
Cランク
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「え」
その名前を、俺は知っていた。
東京の都心に入口がある、日本でも指折りに有名なダンジョンだ。ニュースで何度も耳にしたし、ランクも俺の記憶にあるものと同じだった。地図上の場所も、確かにそのあたりだ。
まさかと思って、地図の北の端へ視点を動かす。青森のあたりにあるアイコンを選ぶと、恐山ダンジョン。今度は南へ飛んで、九州の真ん中は阿蘇火口ダンジョン。ほかにもいくつか選んでみた。知らない名前もあったが、知っている名前は全部、現実と同じ場所に、同じランクで表示されていた。
「これ、本物のダンジョンが入ってるのか?」
日本を舞台にしたゲームじゃない。
現実に存在するダンジョンを、このゲームの中で選べるということだ。
背筋が少しぞくっとした。
でも、怖いのとは少し違う。
もう一度、恐山ダンジョンの表示に目を戻す。名の知れた探索者たちが挑んでは、何度も引き返してきた高難度のダンジョンだ。一流のパーティーでさえ、奥へ進むのは簡単じゃないと聞く。
そして俺は、ついさっき覚醒したばかりのLv.1だ。現実の俺があそこへ行ったら、生きて帰れる気がしない。何年か経験を積んだところで、届くかどうか分からない場所だ。
でも。
このゲームの中なら、どうだろう。
スキルの説明には、ゲーム内でダンジョンを攻略することができる、とあった。もし、この地図に並んでいるダンジョンに、本当にゲームとして入れるのだとしたら。
現実では一生かかっても辿り着けないかもしれない場所に、俺が今から、自分の手で挑める。
もちろん、勝てるかどうかは別の話だ。この作り込みようなら、むしろとんでもなく難しいのかもしれない。
それでも、挑めるというだけで十分だった。
難しい相手に何度も負けて、そのたびに何が悪かったのかを考えて、また挑む。俺がずっと好きでやってきたのは、そういう遊び方だ。相手が本物のダンジョンなら、なおさら攻略しがいがある。
気づけば、マウスを握る手に力が入っていた。
「……これ、めちゃくちゃ面白そうじゃん!」
外れ固有かもしれないなんて考えていたのが、ずいぶん前のことみたいだった。現実の役に立つかどうかは、後で考えればいい。
今はただ、このゲームを遊んでみたい。
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