知らぬが仏
「ふむ……それは重畳、じゃな」
ミシュラン宰相が殺害されてから、一か月。
謁見の間で大臣達からの報告を受け、シャルル王は満足げに頷く。
なお、宰相の座は今、空席となっている。
これはシャルル王がミシュラン宰相を悼み、彼の功績を讃えるためだった。
ちなみに、王国から逃げ出したローランドについては、現在大病を患い臥せっていることにしている。
「おかげさまで、ミシュラン閣下の遺された新大陸の開発事業は、順調に進んでおります。このまま進めますと、五年以内には王国の植民地一帯が黄金色で埋め尽くされるかと」
本当は、新大陸の開発事業などとうに頓挫している。
にもかかわらずそう報告したのは、五年もすればさすがのシャルル王も崩御すると、そう見越してのもの。
つまり大臣達が選択したのは、彼が死を迎えるまでこの失態を秘匿し続けること。
「相分かった。では、引き続き進めるがよい」
「ははっ!」
報告を行った大臣が傅く。
これで一通りシャルル王への報告を終え、大臣達が安堵の表情を浮かべた……のだが。
「皆の者、朕から一つ提案したいことがある」
「提案……ですか?」
「うむ」
その一言で、大臣達が一斉に身構える。
まさかシャルル国王は、王国が金融恐慌に陥り借金塗れであることを把握してしまったのか、と。
彼等の不安は、杞憂に終わる……のだが。
「国家財政が安定した今こそ、イスタニアとの戦いに終止符を打つべきである」
「「「「「っ!?」」」」」
シャルル王の言葉に、この場にいる全員が声を失った。
既に財政は破綻寸前。ここで戦争を仕掛ければ、今度こそ王国は終わってしまう。
「お、お待ちください! 先の遠征で我が国は未だ疲弊しており、現状で戦は不可能です!」
「それに、まだミシュラン閣下が身まかられてから日も浅く、今はまだ喪に服すべきかと!」
大臣達は一斉にシャルル王に詰め寄り、必死に訴える。
もしここで遠征となれば、全てが露呈し彼等は責任を負わされてしまうのだから。
「む……じゃが」
「まずは国内の安定を図って、それからです!」
「それに、イスタニアからはまだ賠償金も受け取っておりません! 取るものを取って、弱ったところを攻めるべきです!」
「そうか……ならば、仕方ないのう……」
大臣達に翻意され、シャルル王は肩を落とす。
それと同時に、彼は違和感を覚えた。
これまで、シャルル王の言葉は絶対。臣下が反論するなどあり得ない。
だというのに、イスタニア王国への遠征について、明確に反対されたのだ。
(これも、ジュールが死んでしまったからなのかのう……)
大臣達を取りまとめていたのは、ミシュラン宰相。
彼がいなくなったことで、統制が取れなくなってしまったのかもしれない。
シャルル王は、胸を撫で下ろす大臣達を見つめ、一抹の不安を覚えた。
◇◆◇◆◇
「アンリが訪ねてきた、じゃと?」
自室に戻り、愛人のエミリーに慰めていてもらっていたシャルル王。
扉越しに告げる侍従長の言葉に、不機嫌そうに眉尻を上げる。
「はい。ローランド財務総監の件で、ご相談したいことがあると」
「ふむ……」
シャルル王自身が遠ざけてきたこともあるが、これまでアンリとは、公式の場以外で顔を合わせることは皆無に等しかった。
それが何故、わざわざ訪ねてきたというのか。
しかも、ローランドの件で。
「分かった。別室で待たせよ」
「かしこまりました」
シャルル王はエミリーの手を借り乱れていた衣服を整え、アンリの待つ部屋へと向かった。
「陛下、お忙しい中お時間を取らせてしまい、誠に申し訳ございません」
「挨拶はよい。それで、ローランドのことで話があるとのことだが」
立ち上がろうとしたアンリを手で制し、シャルル王は彼の正面の椅子に腰かけ尋ねる。
「はい。……ローランド卿が病に臥せ顔を見せなくなって、数か月が経ちます。そろそろ次の財務総監を選出すべきかと」
「それについては、朕も懸念しておった。新大陸の事業が順調とはいえ、不在のままというわけにはいかんからのう。じゃが」
シャルル王は一拍置き、アンリを見ると。
「それ以前に、宰相はどうするのじゃ。朕はジュール以上の才能ある者を知らぬ」
「陛下のおっしゃるとおりです。ミシュラン宰相閣下は、まさに時代の傑物。家臣の中に、代わりが務まる者などいないでしょう」
「ならば……」
「難しく考える必要はないかと。代わりがいないのであれば、無理に宰相を置く必要はありません。……そもそも、私は申し上げました。家臣の中にはいない、と」
「? どういう意味じゃ?」
「私の目の前に、ミシュラン閣下が足元にも及ばない英雄がおられます」
そこまで告げられて、ようやくシャルル王はその意図に気づく。
つまりアンリは、宰相の役割を王自身が担えばよいのだと持ち上げたのだ。
「私は常々、国家というものは意思決定の数が少ないほうがよいと考えておりました。何より……陛下のお言葉こそ、我々にとって絶対なのですから」
アンリの言葉に、シャルル王は雷に打たれた気分になる。
(そうだ。朕こそが、国家なのだ)
謁見の間での、大臣達の諫言を聞き入れるなど、最初からどうかしていた。
むしろ自分の提案を、どうして大臣ごときに否定されねばならないのか。
「アンリよ、よく気づかせてくれた」
「いえ……私は非才で、ご指示をいただかなければ何もできない身ですので」
そう言って、アンリは恐縮する。
彼のその姿を見てシャルル王は、『やはり自分の判断は間違っていなかった』と、改めて思った。
果たしてその『判断』とは、何を指しているのだろうか。
「お主の言うとおり、宰相は置かぬこととしよう。それで、ローランドのことじゃったな」
「はい。こちらは宰相とは違い、空いたままというわけにはまいりません。何せ、些末なことまで陛下に煩わせてしまうことになりますので」
「然り」
上機嫌のシャルル王は、得心して頷く。
今の彼ならば、どのような言葉でも聞き入れてくれるだろう。
そして。
「私の知り合いから教えてもらったのですが……是非とも推薦したい人物がございます」
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