皮算用
「……殿下、またですか」
酔い潰れたアンリを見下ろし、クロエはこめかみを押さえ、かぶりを振る。
最近ではミシュラン宰相や大臣達がすっかりローランドに傾倒し、定例の会議の場にすら呼ばれなくなったアンリ。
ますます暇を持て余すようになった彼は、うだつの上がらない貴族の次男坊や三男坊を集めては、宮殿のサロンで放蕩三昧に明け暮れていた。
以前であればそのような贅沢は許されなかったものの、最近の好景気により王国の財政は潤っている。
なので、ただでさえ影の薄い王太子がサロンで遊び惚けていようが、気に留める者はいなかった。
「あなたも殿下のこのお姿を見て、さすがに幻滅したのでは?」
「そうですね……否定はいたしません」
クロエに同意を求められ、アニエスは呆れ顔で頷く。
彼女がアンリの侍女となって既に半年が経過しているが、彼への評価は日に日に下がるばかり。
そろそろ潮時かと、そんなことを考えていた。
これ以上監視を行っても、無意味だと理解して。
「二人とも、そう目くじらを立てなくても……」
「誰のせいだと思っているんですか」
「う……っ」
クロエに睨まれ、アンリは思わず息を呑む。
その態度や言葉遣いは、本来なら不敬に当たるが、これが長年主従を続けてきた二人の関係であり、誰も咎めることはない。
それは、クロエの同僚であるアニエスも。
「とにかく、せめてこんな場所ではなく、寝室でお休みになられてください。他の者の目もありますので」
「それこそ今さらではないか。私のことなど誰も見てはいない……す、すまない」
より険しくなったクロエの視線に何も言えなくなり、アンリは頭を下げて自室に戻った。
「クロエ嬢……これ以上はもう、殿下の侍女を続けることができません」
「……そうですか。まあ、比較的長く保ったほうではないでしょうか」
怒りを滲ませ告げるアニエスに、クロエは冷淡に答えた。
どうやら彼女達の中で、同僚に対する思い入れは皆無のようだ。
「殿下にはわたしからお伝えしますので、すぐにでも実家へお帰りになられては」
「ええ、そうさせていただきます」
踵を返し、足早にこの場を去っていくアニエス。
そんな彼女の背中が見えなくなったのを確認し、クロエはアンリのいる寝室へと向かった。
これで監視者がいなくなったことを、報告するために。
◇◆◇◆◇
「俺の金を返せ!」
「こんなの、詐欺じゃねーか!」
王都ルーテシアの大通りにあるオルレイア王立銀行の前には、早朝から人で溢れ返っていた。
あれほど高騰し続けていた会社の株が、瞬く間に暴落してしまったのだ。
その原因は、新会社の開発事業を不審に思った投資家が次々と金や外貨に換え、国外へ持ち出したために、信用は大幅に下落したことが最大の理由。
その結果、株券を現金化しようと、王立銀行に大勢の人が殺到しているわけである。
だが、全ての株券と交換するだけの紙幣を、オルレイア王立銀行は保有していない。
それにより紙幣の価値と信用を一気に失ってしまい、金や外貨の交換が不可能となっていた。
つまり――株券も紙幣も、紙切れ同然と化してしまったのだ。
そして。
「どう収集つけるのだ! このままでは、王国は破綻してしまう!」
「既に周辺諸国は今回の事態に鑑み、我が国との取引を拒否すると通達してきたのだぞ!」
宮殿で緊急会議が開かれるも、先程から大臣達の怒号が飛び交うばかりで、一向に話がまとまる気配はない。
「そもそも、こんな怪しい男に王国の財政を任せるようなことをしたのが間違いなのだ!」
「ローレンスはもちろんのこと、宰相閣下はどのように責任を取るおつもりか!」
当然ながら矛先はローレンスと、彼を招聘したミシュラン宰相へと向けられる。
「こ、今回は予想以上に現金化を求める人が殺到してしまっただけで、次は万全を期して……」
「次などあるものか! ここまで信用を失えば、絵空事に過ぎない新大陸の開発事業など、誰も投資するはずがないだろう!」
ローレンスが言い訳をしようとするも、全て一蹴される。
一方で、ミシュラン宰相は腕組みをして目を瞑り、沈黙を保ったまま。
だが、内心では。
(おのれ……おのれ、おのれ、おのれええええ……っ!)
怒りに打ち震え、それを必死に耐えているに過ぎない。
ミシュラン宰相の失敗は、ローレンスを招聘しシャルル王に目通ししたことでも、そもそも彼の実力を見誤ったことでもない。
何より、アンリの甘言を受け入れてしまったことに他ならないのだ。
だが、そのことを咎めようにも、ローレンスの招聘に関しては全て自分の功績にしてしまった。『実はアンリの提案だった』と、今さら言えるはずもない。
対岸の火事とばかりに、部屋の片隅で傍観しているアンリを責められないのだ。
彼を糾弾すれば、それは宰相でありながら日陰者の王太子の口車に乗ってしまった無能だと、自ら証明することと同じなのだから。
このままでは、全責任を負わされるばかりか、シャルル王に見限られてしまう。
そう頭によぎったミシュラン宰相は、勢いよく立ち上がると。
「黙れいッッッ!」
「「「「「っ!?」」」」」
騒ぎ立てる大臣達を、一喝した。
「心配せずとも、失敗した場合のことも織り込み済みじゃ! そもそも今回の責任は、全てこのローランドにある! ならば、この者が全てを背負えばよいのじゃ!」
これもまた、アンリの提案によるもの。
失敗すれば、ブリント連合王国の予算をも上回るローランドの資産を、充てればよいのだと。
「貴様はブリント連合王国でも一、二を争うほどの商人、それなりの資産を蓄えておることは、最初から承知しておるわ」
「ひっ!?」
肩に手を置き、有無を言わさないとばかりにミシュラン宰相は詰め寄る。
ローランドは、軽く悲鳴を上げた。
ミシュラン宰相が恐ろしかったからではない。
何故なら。
「む……無理、です……」
「無理じゃと? この期に及んで、責任逃れを……っ!」
「無理なものは無理です! だって……わたくしにはもう、雀の涙ほどの財産しか残ってないのですから……!」
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