それは、誰の罪か
「では、ローランド……閣下は、正式に財務総監に任命されたわけですね」
「ああ」
シャルル王との謁見から三日。ローランドには無事伯爵位が叙爵され、財務総監の任命も正式に発令された。
前の財務総監だったデュバルは当然ながらこの決定に納得がいかず、ミシュラン宰相に猛抗議しようとしたそうだが、会うことすら叶わず、けんもほろろにされたとのこと。
「これで王国の財政が、少しでも改善されればいいが」
「……心にもないことを」
「? 何か言ったかな?」
「いいえ。それより例の侍女の件ですが、正式に配属になりましたのでお目通りを」
そう言ってクロエが手を叩いて合図すると、一人の侍女が入室した。
「本日からお世話になります、〝アニエス=メロー〟と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
新たな侍女アニエスが、深々とお辞儀をする。
王国においてメローの家名の貴族は、一人しかいない。
南部に肥沃な土地を持つ、メロー侯爵。彼女はその令嬢だろう。
美しい容姿に加え、その所作も完璧。
どうやらミシュラン宰相は、それなりの者をあてがったようだ。
「王太子のアンリだ。これからよろしく頼む」
そう言って、アンリは微笑む。
「おおまかな仕事に関しては、クロエに尋ねるといい。何せ彼女は、私のことについて私以上に詳しい」
「かしこまりました。よろしくお願いします、クロエ嬢」
言葉遣いは丁寧に感じられるが、クロエに対してそのような呼び方をした時点で、彼女のことを下と見ているのだろう。
確かにクロエは子爵家の令嬢。家格は下になるかもしれないが、少なくとも侍女としては先輩にあたる。
にもかかわらず、あえてそのように言ったのだ。
それは、侯爵家の令嬢であり身分が上であることへの自尊心からなのか、あるいは、また別の思惑……例えば、主導権を握ろうとしているのか。
いずれにせよ。
「……ええ、よろしくお願いします。アニエス」
クロエもまた、一歩も引くつもりはないようだ。
(うまくやってくれるといいが、な……)
そんな二人を見つめ、アンリは小さく息を吐いた。
◇◆◇◆◇
ローランドが財務総監に就いてまだ三か月しか経っていないにもかかわらず、オルレイア王国は未曽有の好景気を迎えていた。
彼の提案した財政再建策は、まさに画期的なものばかり。
これまでの金銀の価値を重視したいわゆる重金主義から、新たに紙幣制度を導入。その紙幣を王国のみが発行することで、市場の貨幣相場への介入を容易にした。
また、紙幣の流通を管理するために初の国立銀行を開設するとともに、紙幣価値を担保するための新規事業として、新大陸において新会社を設立。手つかずの土地の開発事業に着手した。
事業実施に必要な予算は、株式を発行したが、その株式は飛ぶように売れ、価格が高騰。天井知らずで上がり続け、株券と国債を等価交換した結果、王国の負債はなくなったのだ。
「いやはや、ローランド卿の見事な手腕には恐れ入るわい!」
「国王陛下から大役を任せていただいた以上、私も失敗するわけにはいきませんからな」
全ての大臣が参加する定例の会合が行われるサロンで、手放しで喜ぶミシュラン宰相に背中を叩かれ、ローランドは苦笑する。
だが、ローランドも今の立場に慣れたからなのか、あるいは事業を成功させた自信からか、以前のような卑屈さは見受けられなくなった。
「本当に素晴らしいですぞ。我々も開発事業には、一枚噛ませてもらっておりまして」
「おかげさまで、かなり儲けさせてもらいましてな」
他の大臣達も、手放しで誉めそやす。
実際、株券は発売されるなりすぐに売り切れてしまい、既に幾度となく追加で発行している状況。購入するための紙幣も追いつかず、嬉しい悲鳴を上げていた。
「ですが、ローランド卿を陛下にご紹介なさったミシュラン閣下は、我々よりもさらに利益を得ているのでしょう?」
「いやはや、羨ましい限りですな」
本当はローランドの登用を助言したのはアンリなのだが、全てミシュラン宰相の功績、ということになっている。
言うまでもなく、彼の手柄を横取りしたのだ。
それは何故か。ミシュラン宰相にとって、王太子の台頭を望んでいないからに他ならない。
いずれにせよ、これで派閥のメロー家から令嬢のアニエスを侍女として派遣したのも、アンリを警戒してのもので間違いないだろう。
「じゃが、今回のことで儂は、陛下の器の大きさを再認識させてもらったわい。何せローランド今日が極めて優れた人物とはいえ、こうもあっさりと爵位をお与えになり、国の財政をお任せになられたのじゃからな」
「閣下のおっしゃるとおりで」
サロンはミシュラン宰相をはじめ、大臣達や一躍救世主となったローランドの笑い声で包まれる。
ただそこにいるだけのアンリもまた、彼等を見つめ一人静かに薄く笑っている……のだが。
(ここにいる者の誰一人として、ローランドの罪が見えていない)
彼の考える、ローランドの罪。
それは、立ち上げた会社の経営状況がどうなのか、誰も分かっていないということ。
当然だ。何せ開発事業は、新大陸で行われているのだ。オルレイア王国からでは確認のしようがない。
その状況を把握できるのは、ローランドのみ。
(さて……このことに、いつ、誰が最初に気づくことができるのか)
アンリはこれから起こるであろう王国の未来を想像し、口の端を僅かに上げた。
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