提案
「ミシュラン宰相閣下、先程ぶりですね」
午後のミシュラン宰相との会合の場で、アンリは愛想笑いを浮かべる。
それが、面白くないのだろうか。
「ふん。そうですな」
敬語こそ忘れてはいないものの、不機嫌な様子を隠しもせず、ミシュラン宰相は鼻を鳴らした。
彼は以前から、シャルル王とは何もかもが違うアンリのことを、よく思っていない。
他に王子がいればよかったが、生憎この国にはアンリしかいない。
そのためミシュラン宰相は、アンリが王太子であることを渋々受け入れているに過ぎないのだ。
シャルル王のかつての妾だった平民の血を、半分受け継いでいる彼を。
「王国の慣例であるが故、月に一度会合の場を設けてこそおるが、儂には殿下と話すことなど何もないですな」
「そうでしょうか。少なくとも今日に限っては、あると思いますが」
「なんじゃと?」
アンリの言葉に、ミシュラン宰相は怪訝な表情を浮かべた。
「先程の会議、ミシュラン閣下はどう思われましたか?」
「どうとは?」
「もちろん、デュバル財務総監のことです」
午前の会議において、唯一人財政面での懸念を示し、より多くの賠償を求めるべきと主張したデュバル財務総監。
アンリは、あえてそのことを指摘する。
「正直申し上げますと、彼の言動にいささか不安を覚えています。今日のところはミシュラン閣下の執り成しによってよい方向に落ち着きましたが、今後も同様に反発することも考えられるのでは、と」
「……一理あるやもしれませんな」
シャルル王第一主義の彼にとって、気に入らないがアンリの話に耳を傾けざるを得ない。
何せこのままデュバルを放っておけば、いずれ王に不利益を与えることになってしまいかねないのだから。
「それで、殿下はどう考えておられるのじゃ?」
「私としては、彼には財務総監の職を辞していただき、陛下のお心を何よりも優先される、優秀な人材を登用するのがよいのではないか、と」
「ほう……」
アンリの言葉に興味を持ったようで、ミシュラン宰相が身を乗り出した。
「じゃが、かといって代わりになるような者などおるので?」
「おっしゃるとおり、王国内でデュバル財務総監以上の人材となると、そう易々とは見つからないでしょう」
「それでは話にならぬではないか」
やはりこの男はシャルル王とは違い、無能。
そんな声が聞こえてきそうなほど、ミシュラン宰相は蔑みの視線をアンリに向けた。
「ですが、他国に目を向ければまた話が変わってきます」
「っ!? まさか殿下は、我が国の財政を余所者に任せようとでも言うのではあるまいな!」
ミシュラン宰相が勢いよく立ち上がり、目を吊り上げて叫ぶ。
当然だ。何が悲しくて、栄光あるオルレイア王国の政治の中枢に、外敵を招き入れなければならないのか。
「……悔しいですが、王国の財政が厳しいことは事実。このままでは、陛下のお望みを叶えることはままなりません……っ」
目を伏せ、悲痛な表情でアンリは告げる。
余程力を込めたのか、握りしめた拳は血が滲んでいた。
「ですが、私が見出したその者であれば、今の状況を打破できるかもしれないのです」
顔を上げ、アンリは訴える。
その瞳に、僅かに涙を湛えて。
「ふう……それで、殿下のおっしゃるその者とは、誰、ですかの?」
深く息を吐き、再び椅子に腰を下ろすと、ミシュラン宰相は尋ねた。
怒りを覚えつつも、彼自身、厳しい財政の実情は承知しているのだ。聞く耳を持たないわけにはいかない。
「〝ブリント連合王国〟で貿易商を営んでいる、〝ジョナサン=ローランド〟という男がおります。何でも、連合王国の国家財政をも上回るほどの資産家だとか」
「っ!? まさか、平民を使おうというのか!?」
「はい。そのほうが、王国にとって都合がよいのです」
アンリは、ローランドという男を登用することの利点を、一つ一つ説明する。
まず、平民であり商人の彼は、ブリント連合王国に対する忠誠があまり高くないこと。これなら王国の財政を任せても、ブリントの連中に情報を売ったりする可能性は低い。
次に、一代で莫大な財産を築いたローランドは貿易商という職業柄、相場に明るく、資産運用に長けていること。
つまりオルレイア王国の持つなけなしの資産を、上手く運用して増やすことが期待できる。
何より。
「仮に失敗した場合は、その責任を全て彼に押しつけてしまえばよいのです。そして、王国に損害を与えた賠償という名目で財産を召し上げてしまえば……」
「……王国の腹は、少しも傷まんということか」
ここまでくれば、アンリの説明にミシュラン宰相はすっかり聞き入っていた。
だが、これで懸念の全てが払拭したわけではない。
「じゃが、そう上手くいくかの……そもそも、その男が我が国に力を貸す義理もない」
「そこは商売の販路がこの王国や王国の取引先など容易に拡大できることや、貴族位を与えてやればよいかと。平民であるからこそ、高貴な身分に憧れるものですから」
「な、なるほど……!」
これならば、確かに上手くいくかもしれない。
ミシュラン宰相は、喜色満面の笑みを浮かべた。
「いかがでしょうか。もしよろしければ、まずはミシュラン閣下にお目通しした後、陛下にお会いいただき、判断していただくというのは」
「そうですな! それがよろしいかと!」
アンリの提案は、ミシュラン宰相に全面的に受け入れられた。
あとは、実行に移すのみ。
「それにしてもアンリ殿下が、まさかこのような爪を隠し持っておられたとは、儂もすっかり騙されてしまいましたわい!」
「いえいえ、たまたま知り合いに恵まれただけです。非才の身であることには変わりありませんので」
豪快に笑い、手放しで褒めるミシュラン宰相。だがアンリは謙遜するばかり。
口ではそう言っているミシュランが、腹の中では彼を評価していないことなど、分かり切っていた。
ただ、彼の提案がミシュラン宰相にとって……いや、敬愛するシャルル王にとって、都合がよかっただけ。
「今日は誠に、有意義な会合であったわ!」
「そうですね。では、私はこれにて」
強く握手を交わし、アンリは部屋を後にする。
そんな彼の背中を。
「……王太子は、どうやってそんな都合の良い人材を見つけたのじゃろうか」
ミシュラン宰相は鋭い視線を向け、呟いた。
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