皇帝、愚かな親友を想う
「これで、全て終わりましたね」
絶望で彩られた死に化粧を施されたシャルル王の亡骸を見つめ続けるアンリに、一部始終を見守り続けていたクロエが、抑揚のない声で話しかけた。
「……いや、まだだ」
アンリは振り向かず、かぶりを振る。
全ての元凶だったシャルル王は、悪因悪果により報いを受けた。
ならば、もうそれでいいではないか。
そんな言葉が、クロエの喉まで出かかっては、思い留まることを繰り返す。
彼の中で終わっていない思いを尊重したい気持ちと、彼を縛り続ける『呪い』が解かれ救われてほしい思いとの、せめぎ合いで。
「誰の目にも分かるように、誰かがこの国を終わらせなければならないのだ。そして、それができるのは、最後の王族である、俺しかいない」
振り返り、彼はクロエに告げる。
それは、自分自身に言い聞かせているのか、それとも、ここまで付き合ってくれた彼女への礼儀として、なのか。
「……クロエ=フォンタニエ」
「はい」
「只今をもって、侍女の任を解く。すぐに宮殿から退去するように」
クロエの灰色の瞳を見つめ、アンリは静かに言い渡した。
「嫌です」
「嫌とかではない。これは命令……」
「わたしを侍女に命じたのは、殿下ではなくこの愚かな王です。解雇したいのであれば、この男を生き返らせるほかありません」
彼女の言っていることは、ただの言いがかりである。
そんな理屈が、まかり通るはずがない。
それは分かってはいるのだが、アンリは反論できずにいた。
クロエの想いを、理解しているが故に。
「……分かっているのか? 俺に残されているのは、破滅しかないのだぞ」
「大体、わたし以外に誰が殿下の面倒を見れるというのですか。殿下を一人にさせてしまったら、後片づけが大変なんですよ」
「め、面目ない……」
脅しをかけたはずなのに、気づけばアンリが謝罪する始末。
いつものやり取りと言えばそれまでだが、それでも、この十年で培った掛け合いに、彼は心地良さを感じた。
もちろんそれは、クロエ自身も。
「なので……このクロエ、最期の時まで殿下のお傍に」
胸に手を当て、深々とお辞儀するクロエ。
こうまでされては、アンリも彼女を突き放すことができなかった。
「ふう……分かった。なら、君は見届けてくれ。この国の……俺の、最期の時を」
「かしこまりました」
◇◆◇◆◇
「フリードリヒ陛下、もうまもなく国境を越えます」
「そうか」
オルレイア王国の首都ローレンスへ向け、街道を突き進む大規模の軍勢。
その中央を騎兵に守られて進む、巨大な馬車。
ハイリグス帝国書記長の〝テオドル=アルブレヒト〟の言葉に頷き、皇帝フリードリヒ=フォン=ハイリグスは豪奢な椅子にもたれ、窓の外を眺める。
「それにしても……あの男は、とうとうやり遂げたのだな」
「はい。恐ろしいまでの忍耐力と、すさまじい執念です」
今から二十年前、フリードリヒは『ハイリグス帝立学院』において、留学中だったアンリと出逢った。
癖のある長い前髪で顔が隠れており、何を考えているのか分からない、得体のしれない男。それが、最初に彼に抱いた印象だった。
ところが。
『はじめまして。俺の名はアンリ。この学院には三年もいるから、分からないことがあればいつでも頼ってくれ』
帝国内ではフリードリヒを恐れ、声をかける者などほとんどおらず、精々が幼い頃からの側近であったテオドルなど、ごく限られた者のみ。
にもかかわらず、アンリは物怖じすることなく、気さくに話しかけてきたのだ。
今から思えば、それはこの時のための布石であったのだろう。
思惑があり近づいてきたことは分かっていたが、フリードリヒは純粋にアンリに興味を持った。
たとえそうだったとしても、それでも、こうして彼に声をかける者などいないのだから。
それからというもの、公務など用事がある時以外は、いつも一緒に行動するようになっていた。
昼食を共にするのはもちろんのこと、ちょっとした隙間の時間でも、わざわざ彼の教室を尋ねたりするほどに。
何より、アンリと一緒に過ごすのは楽しかった。
彼は聡明で、一を尋ねれば十の答えが返ってくる。
その才能には、負けず嫌いのテオドルも 彼のことを認めざるを得なかったほどだ。
だからこそ、不思議でならなかった。
何故アンリは、留年などしてしまったのか。
フリードリヒとしては、そのおかげで彼と出逢うことができたのだからそれでよいのだが、やはり気になり、尋ねた。
すると。
『フリードリヒ殿下に、逢うために』
アンリは包み隠さず話してくれた。
シャルル王に殺害された二人の兄の遺言を果たすため、手の届かない異国の地で策を講じていることを。
フリードリヒもまた、アンリに目的があって近づいてきたことに、最初から気づいていたことを告げる。
それでもなお、彼と友誼を結びたいと思ったことも。
アンリは平伏し、何度も感謝した。
彼にとって恥も外聞も、些末なことでしかない。
大事なのは、二人の兄の願いを叶えることのみ。
アンリは言った。
『条件が全て揃ったら、力を貸してほしい』
その見返りとして、王国を差し出すことを付け加えて。
「ですが、まさか本当に国を売り渡すとは思いもよりませんでした」
「それだけ彼奴の想いが、この上なく強いということであろう」
しみじみと語るテオドルに、フリードリヒは告げる。
あのアンリをして、シャルル王を排除して王国を救うためには、その方法しか可能性を見出せなかったのだろう。
「……彼奴は、優しすぎるのだ」
「そう、でしょうね……」
フリードリヒを利用しようと画策しておきながら、迷惑をかけたくないという思いが透けて見える。
だが、だからこそ。
「アンリの想いを受け、余はここにいる。そして」
――あの愚かな親友を、必ず止めてみせる。
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