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絶対王政

「くれぐれも、昨日のことは他言無用で頼むぞ」


 部屋に戻るなり、アンリは無表情のクロエにそう念押しする。

 もちろん、シャルル王の愛妾(あいしょう)エミリーから、愛人契約を持ちかけられ、それをにべもなく断ったことについて。


 もしこのことが誰かに知られてしまえば、その時は全てが終わってしまう。


 断られた腹いせに、エミリーがあることないことをシャルル王に告げ口する可能性もなくはないが、それは極めて低いだろう。

 そのために、あえて釘を刺したのだから。


 王妃が亡くなった理由について『自分は全て知っている』のだと、暗に告げて。


「かしこまりました。……ですが、何度も申し上げておりますとおり、わたしはお二人の会話をお聞きしておりません」

「……そういうことにしておこうか」


 クロエの言葉は全く信用できないが、少なくとも誰かに話したりするようなことはないだろう。

 アンリはひとまず安堵(あんど)する。


「それより、この手紙を持って、ハイリグス帝国の友人に使者を出してくれ」

「かしこまりました」


 手紙を受け取り、クロエは一礼すると部屋を出て行った。


「ふう……本当は、口封じをするのが正解なのだろうが……」


 大きく息を吐き、アンリは天井を仰いだ。

 だが、彼がそんなことをするつもりはないことを、知っている。


 そう……アンリ=オーギュスト=ド=オルレイアは、非情になり切れない。

 本当に、甘いとしか言いようがない。


 そして、おもむろに懐に忍ばせてあった小さなブローチを取り出すと。


「あと少し……なんだ」


 それを握りしめ、小さく(つぶや)く。

 まるで、自分に言い聞かせるように。


「……本当に、不器用な御方ですね」


 クロエは、僅かに開いていた扉を、そっと閉じた。


     ◇◆◇◆◇


「やあ、待っていたよ」


 宮殿の玄関で、馬車から降りる男を、アンリは両手を広げて出迎える。

 彼の名は〝ジャック=ネスレ〟。友人から紹介されたという、ハイリグス帝国の商人だ。


初めまして(・・・・・)。アンリ殿下のため、また、ハイリグス帝国のために働けることを、光栄に存じます」

「おいおい……君はこれから、王国の財政を担うのだぞ? 祖国を愛する思いを否定するつもりはないが、とりあえずこの国のことに専念してくれ」

「もちろんです」


 ネスレの言葉に、即座に反応してたしなめるアンリ。

 だが当の本人は、分かったのか分かっていないのか、微笑みを浮かべるばかり。


 果たして、この男が王国の救世主となり得るのか。

 それとも、ローランド以上に王国を破滅へと導くのか。


 全ては、この後のシャルル王との謁見にかかっている。


「では、謁見の間へと向かおう。国王陛下も大臣達も、今か今かと待ち構えているよ」

「それは緊張しますね」


 ネスレはうそぶくが、とても緊張しているようには見えない。

 それどころか、むしろ楽しんでいるようだ。


 そして。


「『太陽王』陛下に拝謁し、恐悦至極に存じます」


 ネスレはシャルル王の前で(ひざまず)き、お決まりの社交辞令を述べる。


「国王シャルルである……それで、お主は平民であると聞いておるが……」

「左様です」

「にしては、あまり緊張しているようには見えぬな」


 シャルル王の指摘どおり、ネスレに緊張した様子はない。

 よほど肝が()わっているのか、神経が図太いのか、あるいは慣れて(・・・)いる(・・)のか。


「……まあよい。お主なら病に()せるローランドの代わりを担える人材と、アンリから聞いておる。ついては、お主を『財務長官』に任命する。見事王国の財政を支えてみせよ」

「ご期待に沿えるよう、非才の身ながら尽力いたします」

「うむ。その上で、じゃ」


 シャルル王は、視線をネスレから大臣達へと向けた。


「ローランド不在の財政についても、これで目途が立った。ならば、いよいよイスタニアへの遠征を再開する」

「っ!? 陛下、それは先日も申し上げたではありませんか!」

「そうです! まだ時期尚早……」

「黙れッッッ!」

「っ!?」


 シャルル王の言葉に一斉に異を唱えようとした大臣達だったが、一喝されて押し黙る。


「朕はオルレイアの王なるぞ! ならば、朕の(めい)は国家の総意と知れい!」

「「「「「…………………………」」」」」


 こうなっては、大臣達にシャルル王を止めることはできない。

 無能な日陰者の王太子の分際で、余計なことをしてくれる。彼等はアンリへと、怨嗟(えんさ)の視線を送った。


「ふうっ! ……ふうっ! …………ふう。ネスレよ、まずは王国の財政がどの程度あり、遠征にいくら回せるのか、早急にまとめて報告せよ」

「はっ」

「他の者達は、遠征の準備を進めるのだ! よいか!」

「「「「「は……ははっ!」」」」」


 謁見の間にいる者全てが、一斉に平伏す。

 これこそが王に向ける臣下の姿だと、シャルル王はようやく満足し、頷いた。


 一方で。


「…………………………」


 この場でアンリのみ、口の端を吊り上げる。

 オルレイア王国という太陽の沈みゆく時が、すぐそこまで迫っていることに、胸を躍らせて。

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