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英雄になれなかった騎士と名を忘れた少女〜片腕の勇者と黄昏の歌姫〜  作者: 大天使ミコエル


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9/10

⌘勇者編 5⌘ もしも君が

 ガキン!


 剣と剣が重なり合う音がする。訓練用の剣と言えども、その音は重い。


 勇者率いる軍は、総勢80名にも及ぶ。

 荒野の街オルテガのはずれに、大きなテントを10ほど立てていた。

 その中の一つは訓練に使うテントで、朝もなく夜もなく、いつでも剣と剣が叩き合う音が響いていた。


 魔王軍がいつ何処から攻めてくるかはわからない。

 軍は眠ることはなく、必ずいつでも活気に溢れていた。

 それでも、聖女のいないこの軍がいつまで持ち堪えるのか、騎士達はそんな事を思いついては、考えを言葉にしないよう、黙って腕を磨く日々が続いていた。


 勇者オルディオは、聖剣と呼ばれる剣の手入れを、その日も夕方に行っていた。

 テーブルの上には、次の手を考えるため、手で書かれた地図が広げてある。

 斥候を待たなければ正式な計画は立てられないにも関わらず、どう動けば人々を守れるのか、そればかりを考えて生きていた。


「勇者様」


 テントの外から声がかかる。

「どうした?」

「お客様です」

「客?」


 街の人間だろうか。街との交渉は、他の人間に任せてある。わざわざ勇者が出向くところではない。商人は来るかもしれないが、それも周りの人間が止めてくれるだろう。

 だったら、この砂嵐の中を走ってきた人間かもしれない。


「誰だ?」


「ミーリアさんです」


「ぶっはぁ!」


 あまりの予想外に、噴き出してしまう。


「何よ、汚いわね」

 カーテンの隙間から、ミーリアが覗き込んできた。

「……入っていいなんて言ってない」


「いい?」


「……いいよ」


 個人のテント。他には誰もいない。急用もない。

 ここまで来て断る理由など、オルディオには無いに等しかった。


「ふぅん」

 ミーリアの値踏みするような視線に気付き、自分を見回すと、上半身裸だった。

 見惚れるように頰を火照らせてはいるが、恥ずかしさは皆無のようだ。


 男の裸など見慣れているようで、その事実に少し胃が重くなる。


「鍛えてるんだ?」


「当たり前だろ」


 ミーリアがふっと笑う。

「そうよね」

 そんなちょっとした表情の変化に、こっちこそ見惚れてしまいそうだ。


「今日は、注文を取りに来たの」

「注文?」

「そ。ドニーがね、この間の酒樽の事もあったし、そろそろ何か酒とか食料が必要なんじゃないかって」


「ああ。要らないよ。酒も必要だが、飲み明かすわけにもいかないんだ。いつ誰にも襲われるかわからないから」


 そう言いながら、オルディオの個人テントの中を歩き回るミーリアの姿を目で追った。


 これほどまでにプライベートな空間に人間を入れるなど、自分でも信じられないと思いながら。

 ここには、聖剣がある。地図も開かれている。

 こいつが魔王軍だったら、どうするというのだろう。

 僕は、こいつを切るのだろうか。

 それとも。


 ミーリアの動き、一つ一つを注視するのは、こちらの軍に危険がないか見るためだ。

 それは、嘘ではない。

 きっと、嘘ではなかった。

ミーリアもあんまり素直じゃないのかな、と思います。

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