✠騎士編 5✠ 魔術覚醒
カイの目の前でルーナが杖を握る。
杖を握るだけでも杖に魔力が流れ、魔力のコントロールに効果的だと、カイは魔術道具屋の爺さんに聞いていた。
二人は、毎日のように空き地に来ていた。
そして、カイは毎日のように、ルーナに杖を握らせた。
これでルーナをどうしたいというものもなかった。
小さなルーナを見捨てていけず、こうしてまだこの街に留まっているけれど。
だからといって、連れて行く決心が出来るわけでも、杖を与えて旅立てるわけでもない。
もう、自己満足と言ってもよかった。
少しでも、力の使い方を覚えてもらい、少しでも、自由に生きられるように。
カイは、小さな空き地に座り込む。
ツンツンとした枯れ草がカイの脚に触れた。
魔術の杖を持つルーナを眺める。
この小さな陽もささない空き地で、ガリガリの身体をした小さな少女が、魔術の練習をしている。
真逆だ。
そんな風に思う。
昔、見せてもらった魔術は、もっと光が溢れていた。
明るい太陽の下。
真っ白に光る錫杖。
しなやかなローブ。
笑顔。
未来の希望。
こんなんじゃなかった。
目の前のルーナは、ボサボサになった汚れた髪で、むっと真剣な顔を崩すこともなく、じっと杖に集中していた。
食事処で働いているとじゃ思えない、洗っても白くはなりそうにない服。
奴隷の証である足と足を繋ぐ鎖。
こんなんじゃ……。
ルーナには、集中すればするほど、魔力が巡るのがわかった。
意識が研ぎ澄まされる。
すると、ルーナは、頭の中に何かが浮かぶのがわかった。
思いついたというのだろうか。それとも、誰かに教えられたのだろうか。
それは、言葉だった。
魔術とは、神から預かった不思議な力のことだ。
魔力を持たされて生まれたものだけが使える、不思議な力。
それは、加護を与えた神ごとに、魔力の属性が決まる。
ルーナは、頭に浮かんだ言葉を、捕まえるように言葉にする。
「女神イニシエ」
その名を聞いた時、カイがハッとした。
目を大きく開け、驚きの表情が隠せない。
女神イニシエ。
それは王都に巨大な聖堂を構える女神の名だった。
そして。
それはかつて、カイに魔術を見せたあの人が、加護を受けていた女神の名だった。
「嘘……だろう?同じだっていうのか…………」
カイの見開いた目が、苦痛に歪む。
自然と、涙が溢れた。
ルーナは、杖からの煌めきを逃さないよう集中する。
頭に浮かんだ言葉を、静かに口にした。
「寄る辺なき魂よ」
カイの心に、かつて見た、あの人の姿が思い浮かぶ。
同じ言葉を、言わないでくれ。
「呼びかけに応じ、光に帰りなさい」
俺の思い出を呼び起こさないでくれ。
「女神イニシエの」
俺の思い出を、汚さないでくれ。
「名の下に」
その瞬間、ほんの一瞬、世界から光が消えたようだった。
いや、消えたのではない。
ルーナが吸収したのだ。正確に言えば、ルーナの持つ宝玉が。
そしてその次の瞬間、ルーナが力を放出するように、世界を包み込む力がルーナから溢れ出た。
カイは息を呑んだ。
もう、ただそれを眺めることしか、この瞬間、カイが世界と繋がる方法は、残されていなかったのだ。
魔力を持っているのが発覚するのは50〜100人に1人ほど。魔力があれば勝手に発動することはありますが、使いこなすには自分で制御する必要があります。




