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英雄になれなかった騎士と名を忘れた少女〜片腕の勇者と黄昏の歌姫〜  作者: 大天使ミコエル


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10 何の魔術を使ってた?(3)

 偽の聖女は、一番前に立っていた。

 立ち姿は堂々としていた。

 けれど涙の後で、顔はひしゃげている。空洞のような目は、もう何も見えてはいないみたいだ。

 自暴自棄という言葉が一番ピッタリだ。


「……ないのよ」


 偽聖女が、呟く。


「もう、後がないのよ!」


 聖女が錫杖を振りかざすと、周りにいた魔術師達がなにやら呪文を唱え出す。

 その瞬間、周囲を取り囲んでいた水が、カイに襲いかかってきた。

「うわっ!!」


「カイ!!」


 ここは水の街ハル。

 水だけなら、そこかしこに存在している。

 小高い教会の建つ丘の上から湧き出る水が、溢れるように流れてきているのだから。


「……っ!」


 カイが、水に取り囲まれる。


 あれ?

 けれど、不思議だった。

 息が、苦しくない。


 確かにこのまま息をしないままでは死んでしまうだろう。

 けれど、水の中特有の水圧も息苦しさも、そこには存在しなかった。

 動ける……!


 道の上のカップに放り込まれたような水の中だった。

 けれどカイは、地を蹴り、水の中から顔を出す。

 そのまま、魔術師の集団の中に飛び込んでいった。


 ズザッ!


 それは、牽制の剣だった。

 魔術師達の呪文が崩れる。


「魔術だ!」

 カイが、ルーナに叫んだ。

「自分にも、魔術を!」


 ルーナが困惑する。

 自分にも、あの魔術を?


 けれど、戸惑っている場合ではない。


「女神イニシエ」


 錫杖を握る。

 自分に魔術なんて、出来るだろうか。


「留まりし力よ、照らされし地に降り、共に立ち上がりなさい。女神イニシエの名の下に」


 ルーナの身体に光がまとう。

 けれど、そこまでだった。

 カイに施した光ほど、強くはない。


 そこで、偽聖女が口の中で唱えていた呪文をルーナに発する。

 水は、空中で回り出すと、そのままルーナに突っ込んでいった。


「きゃあっ」


 ルーナが水に持ち上げられ、それでも水に抵抗できずに、ボチャン、と水の中に落ちる。


 思ったより、息苦しくはない。

 けれど、足を思ったように動かせないのは致命的だった。

 水流に飲み込まれ、手足をバタつかせる。


 そこで、偽聖女に飛びかかっていったのは、カイだった。


 偽聖女の腹を切り裂く。


 そこでカイは、相手が人間であることを意識した。

 魔物のような感触とは違う、相手は、自分達と同じ、生きている人間だ。


 けれどそうであっても、ルーナを見捨てるつもりはなかった。

 ルーナの命に代えられるものなどない。


 偽聖女のふらついた身体を、そのまま後ろに押し倒す。


 人間が、自分の力で、立つ気力を失っていく。


 けれどそれに気を取られている場合でもなく、カイはルーナの元へ駆け出した。

 ルーナに襲いかかっている水は、勢いを失ったものの、魔術師達の力で塊として形を保ったままだ。

 カイは勢いよくその水の塊の中に手を突っ込むと、ルーナを引っ張り出した。

偽の聖女さんは、力が強いのでまつりあげられたようですねぇ。

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