⌘勇者編 4⌘ 隣にいるのが日常になるのなら
「きゃっ」
それは相変わらず、ミーリアが働くドニーの店でのことだった。
まだ空は明るいというのに男どもは酒を持って騒ぎ、ミーリアにちょっかいをかけては店主であるドニーに怒られていた。
当のミーリアといえば、酒をくらって本日のドレスが台無しだ。
「つっめたぁい」
服どころか、ビショビショに濡れてしまった髪の先から水滴がしたたり落ち、酒の臭いをさせている。
それを見て苦笑したのは、店の隅で一人つまみをつついていたオルディオだった。
「酷い目にあったわ」
半泣きのミーリアがオルディオに近付いてくる。
大変な状況だろうにわざわざこちらに近付いてくるミーリアに高揚を覚えつつ、オルディオは苦笑した顔でからかうように首を傾げた。
「ここの歌姫は、濡れたようなツヤツヤな髪を持ってるみたいだな」
「綺麗でしょ」
うんざりした顔を振りまきながら、ミーリアがスカートを持ち上げる。
すっかり濡れてしまった服の裾から膝小僧が見え、オルディオが目を逸らした。
「しかし、それじゃ仕事にならないだろ?着替えてこいよ」
「そうしたいところだけど、服がないの」
「え?……いやいやいや。こんな事、よくある事だろ?」
「それはそうなんだけど、私服はみんな昨日洗濯に出しちゃったわ。ドレスは当日支給で、夜には返す」
オルディオが呆れた顔をしてみせると、ミーリアが、
「まさか今日こうなるとは思わなかったのよ」
と言い訳じみた言葉が付け足された。
「これでも勇者だから、困っている人間は見過ごせない。僕の服、貸そうか?」
「要らないわよ」
ミーリアが少しだけ笑う。
「仕方ないから買ってくるわ」
「その格好で?」
「ええ」
オルディオがまた首を傾げた。
「僕もついて行くよ」
「あら、さすがドニーの店の歌姫。護衛も超一流」
「だろ?世界で一番の剣士だよ」
そんなわけで、ビショビショで酒臭いミーリアと、勇者オルディオは、並んで荒野の街を歩くことになった。
荒野の街オルテガは、大きいなりに、まともな店は少ない。
商人にとって、砂嵐を耐えてたどり着くほどの旨みはなく、商人の馬車があまり近寄らないため、女性の服を売っている店も一つしかない。
扉を開けると、砂嵐などには負けないとでも言いたがっていそうな鐘が、ガランガランと音を鳴らした。
「ああら。……臭いと思ったら、歌姫じゃないの」
服屋のおかみが手をヒラヒラとさせ、酒の臭いを遠ざける仕草をした。
「服を買いに来てあげたのよ」
「今、あんたに合うサイズに服なんて、二着ほどしかないよ。それも町娘着」
おかみが町娘着と言うだけであって、どちらも、エプロンでも付けたらそのまま仕事に出られそうな、シャツとふんわりとしたスカートのセットだった。
「あー。なんでもいいわ」
そう言ったミーリアだったけれど、ふと思い立ち、オルディオを振り返った。
「あなたは?どっちがいいと思う?」
「僕?」
そこでオルディオは、赤いスカートの方を選んだ。
どうしても、初めて会った時、赤いドレスを着ていたのが印象的だった。
「こっち」
白いシャツに赤いスカート。オーソドックスながら、悪くない一品だ。
「じゃあ、こっち。着替えて行くわ」
「はいよ」
そこで、ミーリアがオルディオに向き直る。
「あっち向いてて。後ろ」
「え?」
理解できずにオルディオは、ミーリアの呆れるような瞳に向き合うことになった。
「着替えよ、着替え。この店には、お着替えルームなんていう気の利いたものなんかないんだから」
「あああああ」
オルディオが、すかさず後ろを向いたのと、ミーリアが自分のドレスのボタンを外し始めたのは同時だった。
「ごめん」
「いいわ」
オルディオは、ミーリアの声を背中越しに聞いた。
「気にしてないもの」
その声は、なぜだか少し、楽しそうに聞こえた。
数刻後、濡れて身体に張り付いてくるドレスを着替えたミーリアと、勇者オルディオが、また並んでドニーの店に向かうことになった。
ミーリアのイメージとは、随分とかけ離れた外見。
普通の生活をして暮らしていても、おかしくない姿だった。
まるで、これまでの出来事なんてなかったんじゃないかと思えるほど。
「本当に、町娘みたいだ」
オルディオがそんなことを呟くと、ミーリアがからかう瞳をおるディオに寄せた。
「それって、どういう意味?」
「ああ、いや」
一瞬だけ言いづらそうにすると、オルディオが観念したように言った。
「かわいいって言ったんだ」
ほんわかじれ甘回ですね!かわいい二人!




