✠騎士編 30✠ 新しい旅路を
消せない焚き火が、ルーナの前で燃えている。
そばで、カイがうずくまって眠っていた。
年齢にしては、無垢な顔で眠っている。なんだか、大きな犬のようだ。
綺麗に編まれた菫色の髪を触ってみる。
同じ女神の加護を受け、同じ髪色をしたカイがかつて愛した人……。
そんな人がいたんだ。
ぶわっと涙が溢れる。
カイが眠っているのをいいことに、その涙は流れるままにした。
私のことを、気に入ってくれたのかと、少しだけそう思ってしまった。
優しい人なんだと、そう思ってしまった。
けど、これのせいだったんだ。
菫色の髪。女神の加護。
そこまで同じなら、何か縁のある人間だと思われていてもおかしくはない。
親戚だとか、生まれ変わりだとか。
きっと何の関係もない事を知ったら、カイだって困ってしまうに違いない。
私は、捨てられてしまうのだろうか。
ルーナは、じっと、自分の記憶に集中した。
というのも、ルーナにはまともな記憶がなかったからだ。
もっともっと小さい頃から、奴隷として生きてきた。
生きてきた、はずだ。
とはいえ、同じ毎日ばかりが続く中でどこかへ消え去ってしまったのか、あの店で働く以前の記憶はない。
子供すぎて、覚えていられなかったのかもしれない。
気づけば身体に傷を負わせながら、怒鳴られ仕事をこなす毎日の中にいた。
だから、ルーナには、実際にその聖女と関わりがあったのかなかったのか、同じ女神の加護持ちとして、会ったことくらいはあったのかどうかすら、記憶になかったのだ。
一瞬。
一瞬でもいい。
聖女の姿が記憶の中にあったなら。
けれど、考えても考えても、薄暗いあの店のこと以外は、頭に浮かぶように現れたあの呪文のことしか記憶はないようだった。
頭の中にあるのは、大きな真っ白い台の上に乗った、大きな本だ。
大きな本には、イラストのような色とりどりの装飾と、一言一句綺麗に整えられた呪文、それにつけられた物語のようなものが載っている。
頭の中で、その本がパラパラと捲られる。
魔術を使うときには、その頭の中に存在する本の文字を読むだけでよかった。
ふと思う。
これも、女神イニシエのカゴというものなのだろうか。
その本から顔を上げたとき、どんな世界がひろがっているのか、ルーナは知っているような気がした。
具体的に何がそこにあるのか、思い浮かべられる事なんてないけれど。
女神イニシエがそこにいるのだろうか、それとも、本がある場所が広がっているのだろうか。
どちらにしろ、ルーナに出来ることといえば、その本を頼りに魔術を頑張ることだけだ。
決意を新たにし、手元の錫杖を握った。
私の新しい相棒になった錫杖さん、私と一緒に、がんばろうね。
騎士編もここで一区切り。次回から改めて、物語を始めたいと思います!




