⌘勇者編 30⌘ 最後に見えた君の姿を
ボトリ。
オルディオの腕が、地面に落ちる。
「嘘……」
ミーリアは、今目の前であったことは、なんなのかと考える。
だって、こんなの嘘だから。
あり得ないから。
だって、オルディオが、魔物になんか負けるはずないから。
「オルディ……」
ミーリアは目を見開く。
オルディオの腕から、血が流れる。
「いや…………」
どうしよう。どうしよう。
オルディオは、気を失っているのか、力無く下を向いたままだ。
「いやぁ!!!!嫌よオルディオ!!」
暴れたミーリアの手に、硬いものが触れた。
鞄の中に入っているナイフだ。
ミーリアは慌ててそれを取り出し、魔物に捕まっている髪を切り落とした。
ばさり、と残った金色の髪が首筋を撫でる。
けれどその瞬間、魔物の力が揺らいだ。
「オルディオ……!」
ミーリアが、一瞬だけ解放された。
ドロドロとした魔物のヴェールから飛び出し、オルディオに駆け寄る。
オルディオを抱き留めると、身体がぬめりと血の感触がした。
咄嗟にオルディオの傷口を抑える。
引きずるように歩くと、オルディオの足がなんとか歩く。
「オルディオ、こっちよ」
ゆっくりだけれど、二人が前に歩いた。
魔物は、足が遅いのか、その場でグニグニと動き回り、こちらを追ってくる様子はない。
ミーリアは、オルディオを引きずるようにして、自分の身体を引きずるようにして、なんとか小さな岩陰までたどり着いたのだった。
どうにかしなきゃ。
鞄を漁り、気に入っていた赤いドレスを取り出す。
ドレスでオルディオの傷口を抑えると、きつくグルグルと巻きつけた。
赤いドレスが、更に赤く染まっていく。
止まって止まって止まって止まって。
お願い、止まって。
けれど、そのうちに、グチャリ、と何かが動くような音がした。
先ほどの魔物に違いなかった。
息を殺す。
必死に抑える手の中で、ドレスが鮮血に染まっていく。
大きな岩陰の左右から、魔物達が飛び出してきたのは、その瞬間だった。
「…………!」
地面に横になっているオルディオの足が、魔物に掴まれる。
ミーリアの短くなった髪に、また魔物の指のようなものが掴んだ。
魔物はミーリアの自由を奪うと、勇者の身体をボールのように蹴り上げる。
「……ぐっ」
オルディオの、小さな呻き声が聞こえた。
いや、声と言っていいのだろうか。衝撃が、口からはみ出したような音。
「いやっぁ……!!」
ミーリアが泣き叫ぶ。
「やめて。お願い、やめて」
けれど無情にも、引き剥がされるように、ミーリアの身体が後ろへ引きずられていく。
消えゆく意識の中で、オルディオはミーリアの悲鳴を聞いた。
薄らいだ景色の中で、ミーリアの姿を認めた。
泣いている。
腕を伸ばしたいのに、力は入りそうになかった。
ミーリア。
こんなことになるのなら、君を愛するんじゃなかった。
この世界のどこかで、歌ってくれていた君を。
ごめん。
僕は、なんという罪を犯してしまったのか。
出会わなければよかった。
愛さなければよかった。
でも僕はきっと、一目見てしまったなら、いつだってどんなときだって、君を愛するしかなかったんだろう。
ごめん、ミーリア。
ごめん。
勇者編はここで終わりです。物語は、カイとルーナの二人旅へ。




