✠騎士編 29✠ 町を訪れた聖女(10)
「また会いましょう、カイ」
「ああ。必ず、師匠について行くよ」
「王都で待ってるわ」
二人は顔を見合わせた。
空が良く晴れた朝で、どこか遠くで大きな鳥が鳴いていた。
握手をしようと手を伸ばす。
カイは、聖女の手を取る。
その柔らかな手が愛しくなり、指の間に自分の指を絡めた。
「しばらくお別れね」
聖女の強い瞳がカイを見た。
「ああ。でもまた必ず会える」
「ええ」
聖女が笑う。
優しくて、明るくて、無邪気な笑顔で。
そしてそれが、カイにとって、最後に見た聖女の笑顔になった。
それは、小さな魔物だった。
虫のような小さな魔物は、大量に集まり、ドス黒い霧のようになって、聖女一行を襲った。
聖女の魔術も、周りの魔術師達も、それだけではどうにもならないものだった。
聖女の姿を最後に見たものは、こう伝えた。
聖女は覚悟を決めたような瞳を見せ、そして目を閉じ、抵抗もなく黒い霧の中に包まれていったと。
黒い霧は三日三晩続いた。
三日目の夜、魔王がその地に降り立つと、聖女らしき塊をその手で潰してしまった。
遺体は残らなかった。
正確に言えば、それぞれの人間の残骸は残った。
聖女一行の中の誰かのかけら。
そこに散らばるかけらたちを集め、人間は葬儀を執り行った。
聖女のかけらは、ただ、皆が憧れた菫色の髪のみだった。
バサバサに切り取られたそれは、丁寧に遺体として棺に入れられ、歴代聖女の列に並べられた。
カイがそのことを知ったのは、実に1ヶ月も後のことだった。
「え……?」
まだ血のこびりついた大地を眺め、カイはオルディオとともに、その場に立ち尽くした。
教会から来たという役人達の話を繋ぎ合わせることでやっと、聖女が魔王に殺されたこと、聖女の葬儀はすでに執り行われたことがわかった。
「なんで……そんな…………」
膝から折れたカイは、そこにうずくまり、ただひたすらに泣いた。
何時間、何日そうしていたかわからない。
ただ、地面が黒く、空が黒く、その混沌の中で、揺蕩うようになるまで泣き続けたのを覚えている。
そして世界は、聖女を失った。
魔物を感知するという能力者。
稀にしか現れない強力な魔術師。
地を清浄化する魔術。
魔を退けるのは、いつだって聖女と勇者の力があったからだと言い伝えられている。
けれど、この代で、勇者を得た世界は、世界にたった一人だった聖女を失った。
人々は絶望し、その気持ちをそのまま勇者へ向けた。
それはカイであっても同じことだった。
それが絶望の行進になるとわからなかったわけではない。
けれど、カイは王都で改めて騎士に任命され、勇者軍について行くことになった。
オルディオならば、魔王を倒すと、そう信じた。
過去話はここまで。
現代のカイとルーナの話に戻ります。




