⌘勇者編 29⌘ 伸ばした先に
怖気付いている場合ではなかった。
ミーリアに出来ることと言えば、オルディオを探すことだけだった。
オルディオと合流しよう。そうすれば、何とかなるはずだ。
キャンプ地から離れよう。
ジリジリと後退り、また街の中心部へ走り出そうとした。
その時だ。
青白い光が、チラチラと離れた場所から見えた。
いる。
オルディオがいる。
あれはほら、オルディオの抜剣詠唱の光だもの。
そちらの方に駆け出す。
「オルディオ……!」
遠く物陰から立ち上がったのは、やはりオルディオだ。
「ミーリア!」
その距離を、一歩でも近づこうとした。
それぞれが一歩、お互いに近づいた。
けれど、空が黒いモヤに覆われたのは、その瞬間だった。
ミーリアに覆い被さるように、ミーリアの背後から、黒い大きなヴェールのようなものが蠢く。
ミーリアがそれに気づきもしないまま、その黒い大きな、魔物の群れでできたヴェールに飲み込まれる。
「ミーリア!!」
オルディオが地を蹴った。
青白い光が、線を描いた。
「オルディオ!」
その時にはもう、ミーリアの首筋に、腹に、脚に、足首に、ただ顔のみがある黒い魔物の腕のようなものが取り付いていた。
ミーリアの髪の一本一本が、魔物の指のようなものに掴まれる。
ミーリアの首筋を、引き裂くように黒いものが巻き付いたところで、オルディオが止まった。
あと、ほんの2メートルほどの距離。
手を伸ばしたら、届きそうなその距離。
お互いに、お互いの顔が見えた。
ミーリアの身体が、引き裂かれるように、ゆっくりと後ろへ引かれる。
息が止まりそうな緊張の中で、ミーリアが徐々に、後ろへ後退る。
「放せ」
けれど、オルディオには、何もできなかった。
黒い魔物の大きな腕のようなものが、オルディオの身体を押しつぶしはじめても。
「あ、あたしは、あたしのことはいいから、オルディオを放して」
ミーリアの声が震えていた。
このままどうなってしまうのかは、首筋に差し込まれた黒い手のようなものが、髪を掴む指のようなものが物語っていた。
あたしはここで死んでしまうのだろう。
けど、この世界のためにも、この世界に生きる人々のためにも、あたしのためにも、その人を傷つけないで。
勇者から、希望という名を奪わないで。
それは、私の希望でもあるから。
けれど、ミーリアの願いなど、魔物の気にするところではなかった。
ガラン、と大きな音を立て、聖剣が勇者の手から落ちた。
「やめて」
ミーリアが、うめくように呟く。
頭上から押しつぶされていくオルディオは、もう抵抗する気力を失っていた。
「……ミーリアは助けてくれ」
そんな願いなど、魔物は聞き入れることはないと、オルディオは知っていた。
けれど、言わないわけにはいかなかった。
目の前でミーリアの首が折れるところを見るよりは。
オルディオが、黒い魔物の群れの中から、右腕を伸ばした。
「やめて」
ミーリアの瞳から、涙がこぼれた。
その歪んだ視界の中、ミーリアに伸ばされた右腕と、その上にのしかかる黒い魔物が見えた。
「やめて!!」
その瞬間だった。
黒く細い魔物の腕が、力強くオルディオの右腕に叩きつけられた。
そしてその勇者の右腕は、まるで斧でも叩きつけられたように、あっさりと骨ごと、勇者の身体から切り落とされたのだ。
次回で勇者編を終わりにしたいと思います!




