⌘勇者編 28⌘ 幸せのあとには
ドニーの店の前まで、オルディオがミーリアを送って行った。
今までの関係のどこが変わったかと問われれば、何も言葉にできないというのが正直なところで、けれど何も変わっていないわけではなかった。
愛しいなんていう、この人生で一度も使いそうになかった言葉を心に思い浮かべながらも、気持ちを抑えて一歩離れる。
「また、すぐに迎えに来る」
「ええ」
掴んだ手が、少しずつ離れていく。
指先が、離された時、オルディオが少しだけ笑った。
ミーリアは眩しそうにその顔を見て、ただ、小さく頷いた。
オルディオの姿が、遠く小さくなっていく。
「必ずそこへいくから。待ってて」
独り言のように呟いて、ミーリアはすぐに、荷造りを始めた。
小さなカバンに、申し訳程度の着替え。調理用の小型のナイフ。リンゴが二つ。
今まで貯めていたお金を、ベッドの下から取り出す。
「あまり荷物は持てないわね」
部屋を見渡し、それまでの生活に、心の中で「さよなら」を言った。
初めてのお給料で買ったドレスも、チェストの上の小さな肖像画も、これで見納めだ。
「ごめんね、ドニー」
小さく呟いて、窓の外を見た。
オルディオは、いつ頃ここへ来るだろう。
いつもの街。
荒野の街オルテガ。
この景色も見納めだ。
いつもヨタヨタと歩くおじいちゃん。お店に来てくれるといつもたくさん飲んでくれるけど、今日はやめた方がよさそう。
最近見かけないと思った奥さん。気付けば小さな赤ちゃんを抱っこしている。そういうことだったのか。
すると、ミーリアの視界の端に、黒いモヤが入ってきた。
違う。モヤじゃない。
それは、荒野の街オルテガに向かう、大量の魔物たちの姿だ。
「何……あれ?」
ミーリアは口をつぐむ。
オルディオは、気づいているだろうか。
勇者だから大丈夫だろう。ここまで、やってきたのだ。
けれど、もし、知らなかったら?
あたしだけが気づいていることだとしたら?
ゾッとして、ミーリアは裏口から店の外に出た。
慌てて駆け出す。
勇者軍のキャンプ地へ。
けれど、魔物たちの方が、数倍も速く動いた。
地面の下を縫って、その黒い姿がミーリアの目の前に現れる。
溶けるような身体をつぎはぎながらなんとか保っているその魔物たちの姿。
「きゃあ……!」
慌てて、元来た方へ走っていく。
奇跡的にも、足はもつれることもなく、ミーリアを遠くへ運んでくれた。
藪の中に隠れるように座り込む。
脚に、小さな引っ掻き傷ができるのを無視する。
どうにかして、キャンプ地へ行かないと。
息を整える。
遠くから、風にのって金属音が聞こえる。ああ、誰か戦っている。
意を決して、立ち上がる。
けれど、そこでミーリアが見たものは、黒い大量の何かに襲われる、キャンプ地の姿だった。
勇者編あと2話で終わりになるかな。




