✠騎士編 27✠ 町を訪れた聖女(8)
青白く光っているフォークを避けて、聖女がオルディオに手を伸ばした。
そして、その手を取る。
「女神イニシエ」
そう聖女が女神の名を呼んだ時、もうオルディオは、抗えないことを知る。
「形なき盟約よ、言葉を手繰り、この手に示しなさい」
呪文が唱えられた時、勇者は自分の名が呼ばれたことを知る。
「女神イニシエの名の下に」
そして聖女と勇者の命は呼応するように、淡い光を発した。
その瞬間だけ、聖女が見えると言った勇者だけが纏える空気を、カイも見ることができた。
その光は、全てを捉え、離さない光。
魔王でさえもそれは例外ではない。
必ず魔王を光の下に晒し出す光。
けれどそれは、逆もしかり。
その瞬間、勇者の名が世に示され、勇者は魔王の力によって、闇の中に引き摺り込まれることが約束されたのである。
「…………」
聖女が、まっすぐにオルディオを見る。
その力強い眼差しから逃れることはできないと、オルディオも悟った。
「オルディオ」
今まで、どこの誰であっても聞いたことのない真剣な声だった。
それは、この世界の未来を憂う声だ。
「私は知りました。現代の勇者の名を。勇者オルディオ」
それが、オルディオがこの世界で最も多く呼ばれたその名で初めて呼ばれた瞬間だった。
「本当に……オルディオが勇者なのか……」
カイが目を見張る。
けれど、それが現実なのだと受け入れられるとは限らない。
オルディオが立ち上がった瞬間、木製の椅子はそのまま倒れ、ゴトン、と重い音を立てた。
「僕は信じない」
喉から絞り出された声だった。
それは、本当に信じていない声ではない。
ただ、目の前を現実を受け入れてる時間が必要なだけだ。
そもそも聖女もわかっていた。
勇者として突然動けるわけがない。
勇者になってしまった者にも、生活があり、生まれ故郷がある。
一人で歩かなくてはならない道に、心の準備もさせずに放り出すつもりもなかった。
けれど、これだけは言っておかなくては。
「勇者オルディオ。必ず、魔王を倒してください。私達は、王都の教会で待っています。あなたのことを。いつまでも」
立ち上がったまま部屋を出ていくことも出来なくなったオルディオよりも先に、部屋を出て行ったのは聖女だった。
カイがその後ろ姿を追いかける。
部屋の中には、立ち尽くしたまま、どこに行けばいいのかわからずにいるオルディオだけが一人取り残された。いつもと同じ部屋。
窓からはいつもと同じ光が差し、いつもと同じ影を作る。
けれど、もう、この瞬間、オルディオの全てが変わってしまった。
「僕が、勇者……?嘘だろ……」
勇者になった瞬間人生全部掴まれるって怖いなー……。




