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英雄になれなかった騎士と名を忘れた少女〜片腕の勇者と黄昏の歌姫〜  作者: 大天使ミコエル


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✠騎士編 26✠ 町を訪れた聖女(7)

 パイはサクサクだった。硬すぎず、それでいて柔らかすぎることもない。

 そして、甘すぎないリンゴがその香りを伴って、口一杯に広がるのだ。


「お、おいしいわ」


 思わず、聖女の口から声が漏れる。


 そのアップルパイのそばに置かれている素朴な紅茶がまた、香りで鼻をくすぐる。


 ほわほわとした、幸せなひと時だった。


 聖女が顔を挙げると、ふと、カイと目が合った。


「…………」


 明るい窓の前に座って、アップルパイをつつきながら、なんだかほっこりとしたひと時を過ごしていることに気がつく。

 けど、お互いこんな時に話すことなんてないから、何も言わず、また、アップルパイをつつきだす。


 カイも、なんとなく顔を逸らした。逸らしたあとで、アップルパイを口へ運んだ。




 そして、二人が、これは勇者を探すためのミッションだということを忘れて、幸せそうな笑顔でアップルパイを口に放り込んだ時だった。


「何やら美味しそうな香りがするな」


 と、オルディオがキッチンの入り口で、かっこいいポーズを取った。


 カイと聖女が、ふっとそちらを見て、怪訝な顔で沈黙した挙句、突然本日の目的を思い出したように、

「あ!」

「きゃっ」

 と二人で小さく悲鳴を上げた。


「あ」


 オルディオが、『会っちまった』とでも言うように聖女の顔を見る。

「珍しいお客さんがいるな」

「聖女様だよ。この町に来てるのは知ってるだろ?友達になったんだ」

「友達だからここで二人でお茶してるのか?」

「ああ。すごく美味しいよ。オルディオの分もあるんだ」


「…………」


 オルディオが、目をつむり、困ったように眉根を寄せる。

「うっうーん」

 と唸っているところを見ると、アップルパイを食べようかどうしようか悩んでいるのだろう。

 悩んでいる隙に、カイがすっかりオルディオの席を整えてしまう。

 一際大きく切り取った一切れのアップルパイ。温かな湯気がたちのぼる紅茶の入ったマグカップ。


 オルディオが、悩ましい顔をしたまま、食卓の席に収まる。


「話があるんだ」


 不意に言ったカイの言葉に、オルディオが顔を上げた。


「どうした?」


「俺たちのことなんだ」


「お前たちの?」


「ああ」


 言いながら、カイが聖女に目配せする。

 聖女が慎重に頷き、オルディオの方へ両手を伸ばした。


「実は私たち……」


 言いながら、聖女はオルディオの手を取ろうとする。


 ハッとしたオルディオは、フォークを構えた。


「過去より受け継がれし宿縁、──抜剣」


 抜剣詠唱。

 フォークに力が宿る。


 かといって、攻撃してきたわけでもない聖女にフォークを向けるわけにもいかないことくらい、オルディオにもよくわかっていた。

勇者オルディオの過去話でもあるわけで。

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