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英雄になれなかった騎士と名を忘れた少女〜片腕の勇者と黄昏の歌姫〜  作者: 大天使ミコエル


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5/11

⌘勇者編 3⌘ 二人で歩けば

 ミーリアは、大きな樽の前で途方に暮れていた。

「もうどうしろっていうのよこれ」


「どうしたんだ?」

 そこへひょっこり顔を出したのは、他でもないオルディオだ。


「ちょっ、びっくりするじゃない」

 ミーリアの不満げな声に、オルディオがなんでもない顔をする。

「店の裏からそんなでかい独り言が聞こえる方がびっくりだよ」


 そんな返事に、ミーリアがあからさまに不満げな顔を作った。

「これ。この樽。あなたのキャンプから注文が入ったのよ。みんな出払ってて、あたしが持っていかなきゃなんだけど」

 うずくまればミーリアが入れそうなサイズの、酒がいっぱい入った樽を、ミーリアの細腕で運ぶのは無理があった。


「ああ。うちのか。じゃあ僕が持ってくよ」


「持っていくったってあなただって……」


 その言葉のあとは、『そんな細い腕のくせに』だった。そう言うつもりだった。


 なぜなら、オルディオは頑丈そうには見えない体型をしていたからだ。

 もちろん身体は鍛えているだろう。

 けれどどう見てもミーリアと年齢だって5つも違わないだろうその青年は、ミーリアの知る冒険者達と比べれば、小柄だと言ってもよかった。


 だから驚いたのだ。

 オルディオが、その樽を軽々と持ち上げてしまったことに。


 びっくりした……。けど、この人こそが、女神の加護を持って生まれた“勇者”なのよね。


 ミーリアは、肩に樽を担ぎ、キャンプへ戻ろうとするオルディオを追いかけた。

「あ、あたしも行くわ。責任者だし」




 結果、二人は荒野の街のはずれ、勇者の軍がキャンプを張っているその場所まで二人で歩いて行くことになった。


 あれ?


 ミーリアは思う。


 荒野の街は、街の中でも他人を観察する視線が多い。けれど、その時はいつも以上にそんな刺々しい視線が多い、気がする。


 どうして、と思ったところで、隣の男を見る。


 そうだ、勇者が樽持って歩いてたら、みんな見るか。


 そう思うと、ついソワソワとしてしまう。

 ヒョコヒョコと足が動く。

 周りの視線を気にしてしまう。


「あ、あなたって、」

 沈黙した空気に耐えられず、ミーリアがついオルディオに声をかけた。

「力持ちなのね」


 すると、キョトン、とした顔がミーリアの方を向いた。

「そりゃあ、勇者だからな」


 こともなげに言う。


「勇者って、みんなそうなの?つまり、何もしなくてもそんなに力持ち?あたし、勇者って初めて見たから」


「それはそうだ。勇者はここ数十年で僕一人だから。僕に会ったことがあることになってしまう。もしくは、」

 オルディオが真剣に何か考え、ミーリアをじっと眺めた。

 ミーリアは、その視線に一瞬だけれど、ドギマギした。

「君が、100歳のお婆さんか」


 少しだけ、ほんの少しだけロマンチックなものを期待したあたしってば……。


 自分に呆れながらも、不満な顔を作ってみせた。

「もう!そんなわけないじゃない!!」


 それは、他愛のない雑談だった。取り止めのない日常だった。


 けれど、二人の間に流れる空気は、それだけでは収まりきらないものだった。

 視線が合い、逸らすそのちょっとした仕草も、それぞれが意味のあるものだった。


 そして、それを感じ取るのは、この世の中、人間ばかりではない。


 勇者と歌姫が、そんな空気に浸りながら街を歩くのを、じっと見ている視線が一つ。


 背中に生えた黒い翼をピクリと動かす、それは魔物だった。


 勇者と歌姫の、そのどちらも、つけられていることなど、気付くことも出来ないまま。

 魔物はただひたすら、じっと二人を見つめるのだった。

不穏な感じで続く!

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