✠騎士編 2✠ 王の御触れ
ゴトリ。
ルーナは、黙ったままテーブルに木製の大ジョッキを置いた。
男達の喧騒の中、存在に気付かれないよう静かに歩き、テーブルに注文の品を置いていく。それが、奴隷であるルーナの仕事だった。
所狭しと木製の丸テーブルと椅子が置かれた小さな店の店内。
店の中は薄暗く、天井の隅など、誰も見たことがない。
黄金の都アウレリア。
大きな都だからこそ、この街には陰が多い。
街の裏側にも大きな黒い街がある。そこでは、人身売買、奴隷商人、宝石売り、骨董品屋など、暗い商売をしている人間がそれぞれの店を出している。
この店も、そんな黒い街の一角にあった。
お客はガラの悪い冒険者ばかり。
大きな声を上げ酒を酌み交わしながら、それぞれ、お互いの腹に秘めた情報を掴もうと探り合っている。
そんな店の片隅で、ルーナはふと、こんな声を耳にした。
「……勇者が……」
ドキリとする。
あの、カイと名乗ったお兄さんは、勇者を探していると言っていた。何かの役に立つかもしれないと、耳をそばだてる。
カイにまた会える保証なんてないのに。
そして、そこでルーナが聞いたのは、信じられないような話だった。
「あの片腕の勇者、死んだんだってよ」
「あの、昔、魔王を倒すとかって息巻いてたやつか?」
「それがよ。随分前から行方不明らしいんだが」
「そりゃあ、あれだろ。詩人がよく歌ってるやつだろ」
「それがよ。とうとう、王が片腕の勇者を見つけたらしいんだわ。死体でよ」
こんな話……、カイに聞かせられない。
ルーナが口をキュッと結ぶ。
その時だった。
ギーゴ。なんていう巨人の歯軋りのような音を立てながら、店の扉が開いた。
ルーナが、目を見張る。
そこに立っていたのは、カイだった。
カイは店をキョロキョロと見渡すと、空いた席にドサリと座る。
こんな話、聞かせるわけにはいかない。
注文を取るフリをしながらカイに近付く。
けれど、その話を聞かせないようにするのに、ルーナは少し遅かった。
「おい、兄ちゃん。お前、王都の騎士様かい?」
「ああ。そうだな」
ルーナは、カイを店の外に連れ出そうと、思わずカイの袖に縋りついた。
これ以上誰とも、会話をしないように。
けれど、カイに話しかけた男は、こう口にしたのだ。
「とうとう王様が、勇者死亡の御触れを出したそうだが、葬式はいつだって言ったかな」
カイの目が見開かれる。
「……残念だけど、俺はその話については詳しく知らないんだ」
そう言ったカイが、掴まれた腕に視線を落とした。
ルーナを認めると、そのまま何の反応もせずに、男と会話を続けた。
「そうか。御触れは出たばっかだって言ってたからな。勇者が死んだら、魔王退治は一体どうするんだろうなぁ」
「そうだな。勇者が……生きていてくれたらよかったけどな」
そこで初めて、袖から手を離せなくなったルーナに、カイが笑いかけた。
その日の夕方、カイとルーナは、また井戸のそばに腰を下ろしていた。
何も言い出すことができないルーナに、カイが言葉をかけた。
「俺の事、心配してくれたんだな」
ルーナが、ただコクリと頷く。
「何となくわかってたよ、こんな日が来る事は」
ルーナが見上げたカイは、なんだか泣きそうな顔をしていた。
「何年も前に行方不明になった勇者を、当時は誰もが探したんだ。王は、多額の報奨金を用意した。けどさ、王は最近言うようになったんだよ。『もう、葬式をしてやろう』って。そう言った途端、誰もが捜索をやめた」
カイは、吐き捨てるように言う。
「死を認めるという事は、もう報奨金を払わないという事だ。知ってる中でも俺一人だよ。それでも探し続けようっていうやつはさ」
「カイは、探し続けるんですね」
「ああ」
ルーナの方を向いた、カイは、苦しそうな顔をしていた。ずっとずっと、きっと苦しい気持ちでいたのだろう。
「俺は、勇者オルディオの弟子なんだ。見捨てるわけにはいかない」
ルーナの前で、カイがくしゃっと潰れるように頭を垂れた。
「まず、王が本当に勇者の死を認めたのか、確認する必要があるな」
さて、カイは旅立ってしまうのでしょうか?




