⌘勇者編 2⌘ 視線の先に
勇者オルディオが、ドニーの店の常連になるまでそれほど時間はかからなかった。
ガツン!
という音ともに、オルディオの目の前に木製の大ジョッキが置かれる。
「おうおう怖いなぁ。机が抉れそうだよ、お嬢さん」
勇者が視線を上に上げると、スタイルのいい身体を包む赤いドレスが目に入る。胸元が大きく開いているため、白い肌がよく見えた。
更に視線を上げると、見えるのは金髪美少女の勝気な瞳だ。
「魔王を倒す旅の途中なんじゃなかったの」
「そうだよ」
事もなげに言う。
その視線は、大ジョッキの中の酒に注がれていた。
戦えなくなると困るので、それほど飲めもしないくせに。この騒がしさを求めてここまで足を運んでしまう。
「街の至る所に80人の仲間達がいる。十分に休息を取ったら、すぐにこの街を出て、北へ向かう」
「そう……」
ミーリアの言葉には、寂しさが滲んでいた。
人と人が仲良くなるのに、時間が大切ではないときもあるものだ。それどころか、言葉が必要ないときすらも。
ただ、視線が合い、惹かれてしまえば、それで十分だった。
けれど、お互い、そんな気持ちを口にするつもりはない。
ただ、視線だけが、その気配を捉えようと必死になる。それだけだ。
オルディオは、ミーリアから視線を逸らすと、大ジョッキをクイっと煽った。
テーブルに置くと、ガンッと音がした。
酒の匂いと、男達の喧騒。
「キャッ」
その時、ミーリアの小さな悲鳴が聞こえた。
オルディオが視線を上げた先、オルディオよりも一回り大きな男が、ミーリアに手を伸ばし、ニヤニヤと口元を緩めていた。
「アイツっ」
思わず立ち上がる。
けれどそこで、オルディオは目を疑った。
男の手がミーリアの腰に触れているというのに、ミーリアはあろうことか、その腕の中に入り込み、男の頬の手を当てる。
一瞬、そんな関係の男なのかと思うが、違う。
「あら、イケナイお客さん。あたしは高いのよ」
頭がカッとした。
立ち上がったその足で、ズカズカと狭苦しいテーブルの隙間を歩いて行く。
勇者なだけあって、動けば注目を浴びる。
けれど、そんな張り付くような興味ばかりの視線に構ってやるほど余裕もなかった。
ミーリアに手を伸ばしている男に向かって言い放つ。
「剣を抜いてもいいか」
呆然とする男の顔を確認し、そしてもう一度。
「剣を抜いてもいいか」
左腰の剣に、右手をかけた。
「い、いい訳ないだろっ」
男が、何もやっていないと目で訴えかけた。
その男を一瞥することでビビらせ、踵を返すその勢いで、オルディオはミーリアの腕を取る。
「ちょ、ちょっとあなた……」
そんなミーリアの声も気にかけることなく、ズカズカと店を出て行く。
店中の視線と、
「ひゅおおおお」
なんていう囃し立てる声を背中に受けて。
店の裏手から、ズンズンと砂嵐が吹き荒ぶ地面を踏み締める。
遠く、街のはずれが見えたところで、オルディオはやっと止まった。
「なっ、何すんのっ」
困惑した抵抗で、ミーリアはオルディオの手を振り払う。
オルディオの視線は真っ直ぐだった。
「身体は大切にした方がいい」
「え?」
その真っ直ぐな瞳を受け、ミーリアはオルディオが言わんとしていることがやっとわかった。
「あんなの、よくある事だってば。あたしが何年この店で看板娘やってると思ってるのよ」
「そんなの関係ない」
ミーリアは、その視線に負けそうになる心を奮い立たたせた。
「あたしっ、仕事中だったんだけど!」
なんとかそれだけを言い放つと、困惑の視線を地面へと向ける。見たくもない地面ばかりの視界になった。
「やめた方がいい」
「それはちょっと……聞き入れられないけど。考えとく」
つまらなそうにそう呟く。
オルディオが、無言で店へ歩き出す。
その背中を、ミーリアの視線が追った。
「でも、ありがと!」
声をかけると、オルディオがその重い色の髪を風になびかせながら振り向く。
その姿を見て、ミーリアは何故か泣きそうになった。
これだけ大事にされる事なんて、なかったからかもしれない。
緩く笑うオルディオの顔を、ミーリアは焼き付けるように眺めた。
「こんな事して!あなただって、迷惑客の一人なんだからね!!」
──オルディオ。あなたは笑っていた。
こんな風に二人で居られる未来を作るんだって、そう誓ったあたしは、なんて子供だったんだろう。
泣いたって泣いたって、あなたの苦しい顔を、あたしには、消す事なんて出来ないの。
勇者パーティーというより、軍です。でも、魔王軍と戦おうと思ったら少ないくらいなんですよ。これでも。




