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英雄になれなかった騎士と名を忘れた少女〜片腕の勇者と黄昏の歌姫〜  作者: 大天使ミコエル


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✠騎士編 1✠ 奴隷の少女

 騎士はその音で、顔をあげた。


 目に入ったのは、ボサボサの菫色の髪をした、小さな少女だった。

 足には鉄の輪がはめられ、そこから伸びる鉄の鎖がレンガの上を這い、ジャラリジャラリと音を立てたのだ。


 それは他でもない、その少女が、奴隷だという証拠だった。


 この国で、こんな姿を見ることは珍しくはない。

 もちろんこの国でも、他国同様、人身売買や奴隷制度は認められていない。

 けれど、こんな大きな街の路地裏では、そんな奴隷が働いてるいるのを、誰もが見なかったことにする。


 奴隷の少女は、擦り切れた手で、必死になって井戸の底から水桶を引き上げようと一人で苦戦している。

 薄暗い路地裏で、裸足の足を引きずって。

 騎士は、その姿のあまりの痛々しさに眉をひそめた。


「お嬢さん」


 ガバッと女の子が顔をあげる。


 目が合った瞬間、何故だか、息が止まりそうになった。

 泣きそうになる。

 そんな、不思議な色を讃えた瞳だった。

 まるで、この世に一つしかない宝石のように。


 けれどそれが怯えた顔には違いなかった。まるで、様子を窺う小動物だ。


「大丈夫。俺は……悪いお兄さんじゃないよ」

 笑って見せる。

 けれど、騎士は他人に笑顔を見せるのは苦手だった。

 他人に笑顔を見せるのは、もう何年も前から抵抗があった。

 それはあまりにも引きつった笑顔だった。けれど、少女の瞳には、どうにか“笑顔”だということが伝わる。そんな笑顔。


「ぁ……ぅ……」


 小さな少女が、口をパクパクとする。

 喋れないのか?

 そんな考えが頭をよぎったところで、


「あの……私……」


 と、小さな声が騎士の耳に届いた。


 それは、普段喋ることを許されない者の反応だった。


「……奴隷として、売られたのか?」


 その問いかけが、少女の瞳を潤ませる。

 コクリ、とただ頷く。


 子供を拐って売ってしまう集団もいると聞く。親に売られてしまう家もあるという。

 そんな世界で、その問いかけはあまりにも酷だった。


 俺なら、切れる。


 太い鎖を見て、騎士はそう思う。

 その存在を確かめるように、左腰にぶら下げた剣の柄を撫でる。


「俺が……逃がしてやろうか?」


 たまには、人助けもいいんじゃないかと騎士は思う。

 何より、勇者なら必ずやる。困っている人間を見捨てたりしない。そう思えたから。


 けれど、俯いた女の子は、フルフルと首を横に振った。


「行く場所も、ない、ので」


 逃がしたところで、帰る家もないのであれば、この冒険者や盗賊が闊歩するこの世界で生きて行くことは不可能だろう。だからと言って、飯代を出してまでその存在に対して責任を負うことは、誰にだって出来ることじゃない。

 だから、この世界の人間は、奴隷に見て見ぬフリをしながら生きているのだ。

 それはこの騎士だって同じ事だ。

 見知らぬ少女をこの旅に連れて行くなんて、そんな馬鹿なことは出来ない。


「そうか。そう、だな」


 そんな言葉を返すしか出来ない。


 けれどそのまま別れることは、騎士に出来ることではなかった。


「じゃあさ。もし時間があるなら、ちょっと暇つぶしに、俺の話を聞かないか?」

 その瞬間、奴隷の少女の瞳が、微かに照らす薄い明かりの中で、キラリと光った。

「俺が、仕事も手伝う」


 少女が、おずおずと口を開く。

「……いいの?」

「ああ。もちろん」


 路地裏のレンガの上に、二人は並んで座った。

 騎士は、その一つにまとめた長い髪を左の肩に垂らした。


「俺はカイ・ノクティス。お前は?」


「私は……、ルーナ。ルーナ・セレナリア」


「そうか、じゃあ、ルーナは勇者を知っているか?」


 ルーナは、フルフルと首を振る。


「俺はさ、勇者を探す旅に出ているんだ。行方不明の勇者を」


 ルーナは口を開かなかった。

 ただ、真剣な顔つきで、じっとカイのことを見ていた。


「きっと何処かで生きてるって、信じて、一人で歩いてるんだ」

2話ですが、騎士編1話、ということで、今回はこの二軸構成でいきたいと思います。交互です。次回は、勇者編!

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