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英雄になれなかった騎士と名を忘れた少女〜片腕の勇者と黄昏の歌姫〜  作者: 大天使ミコエル


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✠騎士編 19✠ 記憶の中の人(2)

 落ち着かない。

 ざわつく空気。揺れる炎。

 私とは思えないサラサラの髪。

 触ったこともないような真っ白な服。


 正面のカイは、静かに器に入ったスープを飲んでいる。

 私は、温かな湯気越しに、カイの俯く顔を眺めた。


 外の世界に連れ出してくれた、この強い男の人の顔を。


 ……私は、少しはこの人の隣に立つことが出来るだろうか。

 少しは、あの瞳の中に収まることができるだろうか。




 そんなことを思うルーナの前で、カイはつとルーナの方をじっと眺める。


 少し、焦る。

 どれだけきれいになったって、まだそんな視線に耐えられるルーナではないから。


 戸惑っていると、カイは自嘲するような笑みを浮かべたあと、


「昔、一緒にいた人を思い出してさ」


 なんて、遠い景色を眺めながら言う。


「……一緒にいた人、ですか?」


「ああ。その人は、お前と同じ髪の色をしてた。同じ女神の加護を持っていたんだ」


 その言い方に、ルーナはドキリとした。

 なんだろう、その目は。

 ただ、懐かしいわけでも、ただ、何かを重ねているわけでもない。


 強い瞳だった。


 気持ちが見えてしまいそうだ。


 それは、ルーナが見てはいけない気持ちだと、直感でわかった。


「そう、なんですね」


 少しだけ、声が震える。


「聖女と呼ばれていた」


「聖女」


 聖女。

 この世界では女神イニシエの加護を持つ乙女を、“聖女”と呼んでいる。

 それは、その性質にある。

 性質は聖。

 土地や人を浄化し、白き存在へ近付ける。

 そして何よりその感覚が研ぎ澄まされる時、世界で一人しかいない勇者という存在を、見つけ出すことが出来るからだ。


 けれど、たった一人存在した聖女は、数年前、勇者が見つけ出される時に、魔王にも見つかり、殺されてしまったとルーナは知っていた。


 それが……カイが一緒にいた人?


 私よりもずっと……、ずっとずっとすごい人。


「俺は、聖女に会ったことがあるんだ。少しだけ年上で、柔らかな空気で、包み込んでくれる人だよ」


 そのカイの声を聞くたびに、胸が痛い。


 その声は、死んでしまった人を懐かしむ声だ。


「俺は小さな町で勇者オルディオの弟子だったんだけどさ、その時、勇者を見つけに来た人なんだ」


 そしてその声は、誰かを愛しく思う声だ。


「俺はさ、その人に会って、恋に落ちたんだ」


 ああ…………。


「丘の上を手を繋いで歩いてさ。なんていうか、あったかい時間だった」


 胸が痛い。


 少しだけ。


 そう、まだ少しだけ。


 目の前のカイが、ルーナのことを見る。


 この瞳は、ルーナを見ているわけではない。

 その向こう側に、もう手に入ることのない誰かを見ている。




 そうなんだ。


 そうだったんだ。


 でも大丈夫。


 まだ、私とカイさんは、出会ったばっかり。


 まだ、こんな小さな気持ちはなかった事にできるから。


 見なかったことにして、仕舞い込んでしまう事ができるから。

聖女様はどんな人だったんでしょうね。

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